79話:合宿〈11〉
目を開けるとスフィアが目の前で微笑んでいた。
「あっ…起きたんだぁ」
「うん、おはよ」
どうやらあの後ここで寝てしまったらしい。
背中にはスフィアが掛けてくれた毛布があり、私の体温で温まってるから随分前に起きたのかな。
それにしても昨日の疲れも取れて魔力も完全に回復しているなんて不思議だ。
あれだけ消費したのなら8割くらいしか回復してないと思ったんだけど…。
「そうだスフィア」
「ん、どうしたの?」
「起きたとき苦しくなかった?」
「苦しくなんてなかったよ、むしろすがすがしいくらい」
「そっか」
昨夜の空気はなんだったんだろう。
もしかしたらアーグがスフィアのために何かしてくれたのかも知れないね。
私は毛布をスフィアにかけ、コップに水を注いでスフィアに渡した。
あのダンジョンで倒れてから何も口にしていないスフィアはすぐにそれを飲み干し、私はもう一度コップ一杯の水を注いだ。
治ったとはいえ、起きたばっかりのスフィアはゆっくりと立ち上がり、シャワーを浴びてくるねと言って歩き出した。
私もその後について行った。
「カエラ、私が倒れた後ってどんな特訓したの?」
髪を洗っていると隣で同じようにしているスフィアがそんなことを聞いてきた。
そうだな、と昨日のことを思い返しながらスフィアに伝えていくと苦笑いをこぼし、辛そうだねとこぼした。
「今日はもっと辛いってハルマ先生言ってたから頑張らなきゃね」
「そうだね」
ちょうど二人とも一緒に頭を洗い終わり、次は体を洗い始めた。
「そうだ、アーグと何かあった?」
ギクリとする。
昨夜のあの頃まだスフィアは寝ていたはずだ。
平然を装い、何もと答える。
ふーんとつまらなそうな返事を返されたがしょうがない。
あんなデリケートな話を気軽に漏らしていいもんじゃない。
たとえスフィア相手でもそれは変わらない。
体を洗い終え、湯につかる。
こんな朝早い時間でも暖かい湯を堪能できるのはうらやましい。
ぜひサマの学園にも作ってもらいたい。
今度アイネス先生に頼んでみようかな…。
そんなことをスフィアと話していると、ガラリと扉が開いた。
「あれ、こんな時間に入るなんて珍しいね。スフィアはもう大丈夫?」
「もう大丈夫だよ、アリス。アリスがお風呂ってことはルカもいるのかな?」
「うん今頃あっちにいると思う」
「二人はやっぱり双子だね」
「双子だよ」
そう言って体を洗い始めた。
こうしてしっかり見ると腰のくびれがとてもきれいなフォルムを描いているのが分かる。
そしてお尻と胸は控えめだが引き締まった体に相まって目を奪われてしまう。
そうしているうちに体を洗い終わってしまった。
「ん、どうしたの?」
「い、いやなんでもないよ」
「うん、そうなんでもない」
「そっか、じゃあお邪魔させてもらうよ」
不思議そうに私たちを見つめ、指先からゆっくりと入った。
するとまたも扉が開けられた。
今度はシュルガトさんだ。
いつも寝ている印象がある彼女がこんな時間にどうしたんだろうと思う。
他の二人も同じようで顔をあわせて、首を傾げた。
シュルガトさんは椅子に座るとシャワーを出し始め、打たれるままになった。
「…あれ、なにしてんだろ」
「汗を流してるんじゃない?」
「なんかああしてみるとシュルガトって子供みたいだね。昨日は先生側に着くからなんだと思ったよ。シュルガトっていつもあんな感じなの?」
「うーん、そうだね。授業にでることがそもそも珍しいかな」
「そうそう、それかアーグの背中で寝てるよね」
アリスの質問に対し私とスフィアが答えると三人でくすりと笑った。
「それにしても長いね」
「そうだねぇ」
シュルガトがシャワーに打たれ続け3分は経った。
その間彼女はピクリともせずお湯を浴び続けていた。
「あ、動いた」
シュルガトさんは真っすぐと私の方へと向かってきて、こう言った。
「洗って、もらえる?」
「え?」
私は思わず聞き返してしまった。
二人もきょとんとした顔でいる。
「頭、洗って」
「頭を洗ってほしいの?」
そういうとシュルガトさんは小さくうなずきまた椅子に戻った。
私もお湯から上がり、手にシャンプーを乗せた。
「じゃあいくよ」
しゃこしゃこと泡立ててきたところで私はシュルガトさんに一つ質問した。
「どうして自分で洗わないの?」
言い終わってからきつくいってしまったかと後悔したが、そんなのも気にしてないようにシュルガトさんは返した。
「自分でやると洗った感じがしない」
そっか、と一瞬思ったが直ぐにもう一つ質問した。
「いつもはどうしてるの?」
少しの沈黙を挟んだあと、シュルガトさんは言ってくれた。
「アーグが洗ってくれてる。合宿中はカエラに頼めって言われた」
「えっ!アーグが?」
「うん」
まさかアーグが洗っているとは思わなかった…。
「まさか体も?」
「そこまでは、頼めない」
「…そっか、そうだよね!」
「背中だけ」
「背中は洗ってもらってるの!」
とんでもないことを聞かされたが、私は一応シュルガトさんを頭からつま先まで洗った。
これ以上聞くとまた変なことを知りそうだからその後は静かに洗ったけど。
「スフィア元気になったか」
「そうですね。それよりアーグ君。昨日はどうでしたか?」
元気そうなスフィアを遠目に、ヴェノムと話している。
「どうでしたかって、なんのことだ?」
「元気薬のことだよ。ちょっとは素直になったかな?」
素直…。一つだけ思い当たる節がある。
それを思い返すとすごく顔が熱くなってくる。
ヴェノムは見る間ににやにやした顔になり、どんな内容かと目で訴えてきてる。
「絶対に言わないからな」
「まあそう言いますよね。いいです。そこまで追求するつもりはありません」
「ったく。あまり俺を実験にしないでくれ」
ヴェノムは肩をすくめ、ほどほどにしますと微笑んだ。
それからその日はアイネス先生による魔法の授業、次の日はハルマ先生の授業と交互にやっていき、最終日となった。
最終日は各班ごとの勝ち上がり形式で対決することになり、シード枠としてシルが入った。
俺たちがそれそれ全力を持って相手と対決するとなると相手にケガを負わせる危険があり、そこでタレスト学園の研究機関に配属されているアオという女性の魔法士が作るゴーレムを相手にし、時間で対決するそうだ。
それで最後まで、つまり決勝戦まで残った2チームは対人戦となる。
なぜ、と思うがこれには理由がある。
治癒魔法の応用である結界があるのだが、その結界を使えるのがアオさんと同じ研究機関に所属するマーナさんだけで、あまり長い時間使えないからだ。
そしてその結界の中で致命傷の傷を受けようとすると、体にダメージは行かず、気絶するという形になる。
だから最終決戦である決勝戦だけ対人戦を行えるのだ。
俺のチームは第2試合で相手はソラ、メルビー、サモリ班だ。
前半はソラでゴーレムの型は人型、数は3。
かなりスピードにたけているようでゴーレムの命と言える魔力の塊の魔力石が小さく動く。
正直言ってかなり厄介な敵だ。
始まる前、ソラ達が俺達のもとに集まってきた。
「我は負けないからな」
「望むところだ」
ソラに乗じるようにメルビーも拳を握る。
「前の私より強くなったんだからね!」
「ああ、ちゃんと見てるからな」
二人の後ろにいたサモリもほんわかとした表情で細剣を空に掲げた。
「二人とも頑張るねー。まあ私も負けないけど」
「それじゃあ俺達も準備をしようか」
しばらくして闘技場の中心にゴーレムとソラ班が集まった。
アオさんの合図でゴーレムが動き出す。
開始だ。
1人1対のゴーレムを相手にする作戦で、それぞれ右左真ん中と別れて走り出す。
「はっ!」
ほんの数秒でメルビーがゴーレムの目の前に立ち、魔石めがけて殴りかかる。
[身体強化]によって強化された拳はゴーレムの体に大きな穴をあけるが、
「えっ!」
魔力石は動き、当たらない。
そしてゴーレムも反撃とばかりに殴りかかる。
しかしメルビーにそんなものは通用しない。
この数日、ハルマ先生に教えてもらった対人戦の特訓で攻撃の返し方を教わったからだ。
それを実践に生かし、もう使ってる。
飲み込みが早くて俺も嬉しくなってくる。
今はそんなことを言ってられないな。
ゴーレムのバランスを崩したメルビーはもう一度魔石目掛けて拳を下ろし、魔力石を砕いた。
「よしっ」
そしてソラも得意のスキルによってあっという間に魔石を割り、サモリも風の速さで細剣を振り回したかと思うと既に魔石は粉々になっていた。
「そこまでっ!時間は24秒」
俺はため息を吐く。
それはスフィアとヴェノムも同じようで、肩を落としている。
「早いな…」
「そうだね」
「これは、私たちも頑張んなきゃ初戦敗退になりますね」
俺達は深呼吸をし、中へと降りて行った。
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