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78話:合宿〈10〉

春休みが延びました!

「カエラ…カエラ。俺は…」


カエラからの抵抗はない。

俺が今何をしてもこの時間だ。人に見られる心配はほとんどない。

だから、


「アーグ…どうして、泣いてるの…?」


俺は弱気になる。

泣いてしまう。

そうだ、吐き出してしまおう。そうすれば俺は楽になるはずだ。


「俺は、強くなったのか?」


カエラになら、全て話せる気がする。

彼女なら受け止めてくれる。


「俺はこの人生を強くなることを第一に費やしてきた。だけど分かるんだ。俺がどれだけ努力を重ねたところで天才の中に入ればただの凡人に成り下がる。俺は生まれたその瞬間から鍛錬をしてきたのにだぞ。俺は必至に頑張ってきた。でも敵わないんだよ。たかが数年程度じゃ、敵わないんだ。結局は俺の自己満足で、大切な人のためにとか言って、それは俺の枷を外したいからなんじゃないかって。俺はアーグだ。アーグ=バーラットだ!決して他人じゃない。だけどこの胸の奥に刻まれてるんだよ。どうしたらいいか、分からないんだ」


時々考えてしまう。

春日葉一の記憶を持ったアーグ=バーラットである俺が、春日葉一では決してないということ。

転生、そう呼ばれるそれを俺は勘違いしていた。

春日葉一の人生の延長だと思っていたそれは、アーグ=バーラットの人生の開始だった。

でも死ぬ直前の願いは俺の胸に刻まれ、俺をいつまでも引っ張り続ける。

リスタやメルビー、シル、そういった大切な人を守りたいと俺も思う。

だけど限界なんだよ。

強くなりたい気持ちと、もう無理なんじゃないかという諦め。

だって彼女達は強い。これから鍛錬を重ねていけば俺を超えていくだろう。

そうなった彼女達に俺が必要とは思えない。

カエラに吐き出したところでどうにかなる問題じゃないというのは分かっている。

だけど、なぜか今日は自分に素直になりたい。そう心から思ってる。

多分、この悩みは解決しないだろう。

一生俺は強くなるために努力を続ける。


そんな俺を、カエラは優しく抱きしめた。

俺は暖かくて、拒めなかった。



アーグに押し倒された。

客観的に見たらアーグはすぐに牢屋行きになるだろう。

でも私は拒めなかった。

だって、アーグが苦しんでいるから。泣いているから。

邪な気持ちとか、煩悩とか、そんなんじゃなくて。

ただ心の底から辛いという気持ちが溢れてる。

それからアーグの言葉を聞いた。

アーグの涙が私の頬に落ちた。

こういう時、小説の主人公ならどんな言葉をかけるのだろう。

「大丈夫。アーグは頑張ったよ」

「そうだね、でも私からしたらアーグは強いよ」

どれも違う。

アーグの気持ちは分からないけど、私がこの場でどんな言葉を掛けられても納得しないし救われない。そう思う。

だから私はアーグを抱きしめた。

これは“逃げ”かもしれない。いや、そうだ。これは逃げだ。

私は理解してるとアーグに思ってほしくて、こうしてるんだ。

でも実際は理解していない。アーグがどれほど苦しくて、どれほどの悩みを抱えているかなんて理解できない。

でもアーグはあの星空の下、私にこう言ってくれた。

「誰かの考えなんて分かるもんじゃない。

考えを口にしたって相手が理解してくれるかも分からない

でもいいんだよ。悩んで、考えて、対立したって。

俺はカエラともっと近づきたいし、もっと理解したい」

その言葉は今でもここに、この胸に刻まれている。

アーグの頭を自分の胸に当て、頭を優しく撫でる。


「大丈夫大丈夫。私はそばにいるから」


結局、そんな言葉しか出てこない。

この行為がアーグの悩みをどれだけ解消するだろうか。

私には分からないけど、でも少しでも助けになれればいいと思う。



あれから何分が経っただろう。

俺は情けなくカエラの胸の中で泣いてしまった。

その間カエラがずっと頭を撫で続けてくれて、とても暖かく、俺の悩までも溶かしてくれそうな気がした。

初めはシルに全て吐き出そうとしたのはカエラのことをどこかまだ信じ切れていなかったのかもしれない。

そんな自分が悔しい。俺の周りにはこんなに大切な人がいるのに、カエラを頼れなかった俺が。

あれだけメルビーとリスタに言われたのにな。


「カエラ、ありがとう。もう大丈夫だ」


「……うん」


まだ体の熱は残っているが、さっきよりは落ち着いた。

眩暈もしないし、これなら一人で帰れるだろう。

まあ、こんな心境じゃ気持ちよく寝ることはできないと思うけど。

俺はカエラにもう一度お礼を言い、部屋へと帰っていった。



アーグが去っていくその背中を眺め、私は息を暗闇に吐き出した。

その姿が見えなくなった頃、自然とこんな言葉がこぼれた。


「解決した、なんて言えないよね」


保健室に入るとスフィアが静かに寝息をあげており、まるでどこかの国のお姫様のように美しい。

部屋の中は月の光で満たされていて静かに波打つ音が聞こえてくる。

ふと窓の外に目をやった。


「…きれい、だな」


あぁ、昔お兄ちゃんと星を見に行ったことがあったっけ。

あの時は流れ星にお願いしようとしたけど景色に圧倒されて願えなかったな。

あの時の私は何を星に願おうとしたのか、いや願ってなんていなかった。

すると、月から海に落ちるように一滴の流れ星が見えた。

私は今度こそ言えるように、胸の前で手を合わせ、声に出す。

今も昔も変わらずに想い続けていることを。


「お兄ちゃん、大好きだよ」


きらりと星が輝き、平行線の彼方に消えていった。



「あぁ、シル、おはよう」


俺が浜辺でトレーニングをしていると眠そうに目をこすりながら現れた。

浜辺でこんなことをしているのは足場が悪く、足に負担がかかるからだ。


「おはよ」


体にため込んでいた魔素を吐き出すと体がふっと軽くなる。

シルは俺が作ったジャージの腕をまくり、俺の前に立った。

いつでもこいと言う合図だ。

初めは何もせず、走りだす。

足元の砂が掘られ走りずらいが、それはトレーニングで多少慣れたつもりだ。

この点はシルに差をつけられる。

まずは罠も何もない拳を突き出す。

それを軽く顔を横にずらすだけで避けられ、勢いをそのままに背負い投げの形で投げられるが頭上に来たところで反対の手でシルの腕を掴み、俺も同じ形で飛ばそうとする。

だがまるで動かない。大きな岩を持っているかのような感覚で、俺は背中を蹴られた。


「がっ…!」


数メートル吹き飛ばされ、顔を上げると目の前にシルがいた。

そして顔面を容赦なく殴られる。

だが俺も負けていない。

手を伸ばし隙になった腹を[身体強化]で力を増強した足で蹴る。

ただ足には何かを蹴った感触はない。

その代わり、俺の体が宙を舞っていた。

[身体強化改]、体に魔素を吸収させ、その場を全力で離れる。

バンッ!!と爆発音がしたかと思うと、砂が俺目掛けて飛んできた。


「まじ…かよっ!」


一瞬のうちに迫ってきた砂を、空気を殴り吹き飛ばす。

視界が開けるが向こうにシルがいない。


「空きすぎ」


後ろから小さく聞こえ、頭を殴られる。

リスタの[エアレイヤー]同様、空気の層を後頭部に作り、威力を弱めるがシルのそれは層を破壊し俺はまた吹き飛ばされた。



「はぁはぁ、今日はこの辺にしてくれ。これ以上は今日の授業に障りそうだ…ん?」


さっきまで疲れていた気がする体はまだまだ元気だった。


「なんで疲れてないんだ?」


「それは昨日飲ませた薬のお陰ですよ」


「ヴェノムか、おはよう」


「おはようアーグ君、それで体に何か異常はないかな?」


「ないよ、大丈夫。それよりこんな早くにどうしたんだ?」


「それは君にも言いたいけど、この時間の浜辺は好きでね昨日も一昨日も君たちを見かけたんだけど忙しそうだったからね」


その後、俺はシャワーを浴びて闘技場へと向かった。

スフィアはカエラと話しており、元気を取り戻したようだ。

さて、今日もハルマ先生の特訓に耐えようか。


読んでくださりありがとうございます。

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