76話:合宿〈8〉
ダンジョン回です。
合宿三日目、タレスト学園にある闘技場に集められた。
教師はアイネス先生とタレスト白金の教師であり、Sランク冒険者でもあるハルマ先生だ。
アイネス先生は魔法のエキスパート、対するハルマ先生は体術や剣技のエキスパートで、この二人は幼馴染らしい。
「今日からは本格的に同じクラスとして10日間ほど過ごしてもらう。差し当たって今日の授業はお互いの自己紹介…は昨日お前らでやったんだっけか?それじゃあ三人六組になってくれ。できれば混合するように頼む。それとシュルガト君はどなたかな?」
「…ん」
シルは一人だけ呼ばれ、ハルマ先生の横に着いた。
シルは特別枠としてサマの白金にいるから人数合わせの時はこうして先生側に着くのだ。
多分アイネス先生が実力を見抜いているか、彼女の本当の姿を知っているのかどちらかだろう。
でもレイはそれに納得がいかないみたいだ。
「どうしてそいつは特別扱いなんだ?」
自分の力を信じ、自信を持っているからこそ自分がそういう立場にいない事が悔しいのかもしれない。
俺にも分かる。
でも彼女は別だ。
長年の魔の森での生活、それが彼女の力を底上げしているのだろう。
今の俺では彼女と対等に渡り歩くなんてまずできない。
その力を知らないレイなら納得の反応だが、それはしょうがないってものだ。
この合宿の最終日、サマとタレストの白金の対決が行われる。
そこで否が応でも彼女の力を知ることになるだろう。
「それは聞くまでもないだろ?」
吐き捨てるように言った。
まるで興味がないかのように、いや、実際興味がないのだろう。
目もむけずに手もとにある資料か何かに目を通している。
「くっ…!」
何かを言っても何も変わらない状況が分かっている、だからレイは唇をかみこらえる。
俺たちは三人組になった。
俺、スフィア、ヴェノムの三人だ。
俺がシルが寝そうになっているのをはらはらと見ていたらいつの間にか決まっていたのだ。
「決まったな。これがこの合宿中の班だ。これからはその三人で行動してもらう」
今日の活動は三人一組での戦闘訓練。
味方、敵の動きを正確に見て状況を判断することが大事になってくる。
場所はタレスト王国のすぐ近くにあるダンジョン。
その最下層のボスを倒し、魔石を回収することがミッションである。
それほど難しくはないそうだが、班で協力しないと中々厄介な罠もあるとか。
だがその前に一つやることがある。
俺たちが闘技場に集められたのは事前に味方の戦闘スタイルを見ることだ。
そこからどう相手を攻略するか、作戦を立てる時間を与えられた。
俺とヴェノムは前線で敵に直接攻撃、スフィアが後ろからサポートプラス大ダメージを狙う。
流石にナイフや剣で攻撃するよりも魔法で攻撃した方が強い、そういうことが多いからだ。
それから俺たちはお互いの戦術を確認し、ダンジョンへと移動した。
ダンジョンボスは倒すと次の発生までにラグがあるようで、くじ引きで決めた順でいくことになった。
俺たちは最後6番目。
毎回アイネス先生、ハルマ先生のどちらか、それにシルも一緒について行っている。
念のための保険だ。
シルは帰ってくるごとにどんどんつかれた顔をしていっているが今日くらいは頑張ってもらおう。
このダンジョンは初心者から中級者といったレベルのダンジョンなので、すでにマップも作られているほどに有名だ。
皆15分ほどで帰ってくるくらいの短さで、待っている間にはアイネス先生の中継魔法によって映し出された各班の映像を見ていたのですぐに俺たちの番が来た。
「それじゃあ行こうか」
中は少し湿度が高くジメジメとした空間で、出てくる敵の水魔法も地上で放たれる魔法の数段威力が高かったが、その点スフィアも同じで威力が高くなっていたのでさくさくと倒すことが出来た。
ヴェノムの身体能力はものすごく、敵の攻撃をすれすれでかわし、素早く敵の前まで言ったかと思ったら自前の毒が塗られたナイフで刺す。
傷が浅くても体内に入った毒がすぐに周り、数秒後には魔石を残し結晶となって消える。
俺は相変わらず[身体強化]のみを使い殴り殺しているから手がすでに敵の血でぐちょぐちょだ。
たまに[斬撃]を使ったりしていたが、シルがスキルに頼るとあまり自分のためにならないということで自粛している。
ボスがいる部屋があと少しというところでスフィアがふと口を開いた。
「ん、こっちじゃないの?」
マップにはスフィアが指した先は行き止まりと書いてある。
「そっちには何もないぞ?ボスの部屋はこっちだ」
俺の言葉にスフィアがさらに首をかしげる。
「え、でもこっちから水の…水の感じがする」
「水の感じなんてさっきからしてるぞ?ここは湿気が多いからな」
「アーグ君、スフィアさんが言っているのは水系統の魔力ではないですか?
ほら、魔力って人によって適正があるでしょ?
魔物にもそういう概念があるんですよ」
「そうなのか、でもそっちは何もないって書いてあるしな…。魔物でもいるんじゃないか?」
「え…でもなんか、水が呼んでるような気がするの」
妙に諦めが悪い。
後ろから見ていたハルマ先生も不思議に思ったのかこっちに来た。
「お前ら何してんだ?マップは渡しただろ」
「いやでもこっちに何かあるかなと」
俺はスフィアを信じることにした。
彼女が嘘をついているとは全く思えない。
それに行き止まりだったら戻ればいいのだ。
だが俺がそう言うとハルマ先生は眉をひそめた。
「それはお前の考えか?アーグ」
「いえ、私の考えです」
俺が何かを言う前にスフィアが答えた。
俺の考えじゃないとわかるとハルマ先生は何かを考える素振りを見せ、
「スフィア、お前がそう思ったなら行くぞ」
俺の時と随分態度が違う気がしたが、アイネス先生に何か言われていたそうだ。
スフィアがもし変なことを言ったら信じて、と。
だが道を進むとやはりそこは行き止まりだった。
「何もなかったな」
「そうですね。スフィアさんに聞こえたものは何だったんでしょうか」
私には何も聞こえませんでしたが。そう付け足した。
決して嫌味で言ったわけではない。
俺たちが元来た道を帰ろうとしてもスフィアはついてこなかった。
「待って。ここに何か書いてある」
慌てて戻るとスフィアが壁の一点を指さしていた。
そこには確かに小さいが何か書いてある。
だが読めない。
「何が書いてあるんでしょうか…」
ハルマ先生を含め俺たち4人、頭を悩ませるが解は出ない。
しかし一人、静かに声に解を出した。
「水の精霊」
シルがそうはっきりと言ったのだ。
水の精霊、それは世界における水の関連する事象全てを統べる一種の神のようなもので、この水の精霊の力を分けてもらえるかどうかでその人に水系統の魔法が使えるかどうか決まるのだ。
でもそうなってくるとスフィアの水しか使えないという問題も解決できるだろう。
水の精霊以外が彼女に力を与えなかった。
それが原因と言えるのだから。
だがそんなことはない。
誰しも各事象を引き起こす精霊が人に力を与えないということがない。
それがどれだけ与えるかと言うのが問題で、少なからず与えられるのだ。
だがスフィアにはそれが全くない。
とまあ、スフィアのことはこれくらいで置いておこう。
「シル、水の精霊って書いてあるのか?」
「うん」
「そうか、だとしたらなんだって話だな」
水の精霊と書いてあるというのが分かってもそれが何なのだって感じだ。
それに今気づいたことだが俺のスキル[異世界言語理解]っていうのは人間とかエルフとか、セルドローフ共通の言語を理解するってことなのかもしれない。
「でもこの奥から水が読んでる気がする」
スフィアはその文字の先、壁を指さしている。
「もしかしたらここに魔力を注いだら何か起こるのかもしれませんね」
ヴェノムがそっと、思いついたようにそういった。
それならと思い、俺が文字に手をかざし魔力を注ぐ。
が、壁はうんともすんともならない。
その後ヴェノム、ハルマ先生、シルが魔力を注ぐがやはり何もならない。
「そりゃそうですよね。何か聞こえたのはスフィアさんなんですから私たちではどうこうなりませんよ」
「はじめからそう言えよ」
俺もうすうすそう思ってたけど。
そもそもここに呼ばれたとするのはスフィアだ。
何も聞こえなかった普通の俺たちでは何か起きるということはないだろう。
「あはは…それじゃあいきます」
さらりと指を伸ばす。
スフィアの指から青く淡い光が現れ、文字を包み込む。
岩に黒で書かれていた文字がだんだんと青く輝き、俺たちの目をくらませた。
「…っ!」
光が収まると、俺はゆっくりと目を開けた。
そこには先ほどと変わらない壁があった。
「…ない、だと」
明るさで目が慣れていないから壁に見えたが、そこには先ほどあったはずの壁がない。
奥に広がる闇が何かを引き込むような感じがした。
「うぅ…」
「スフィア大丈夫か!」
スフィアが頭を抱えてうずくまっている。
「ご、めん。魔力が…」
顔が青白くなり、それで気を失った。
魔力欠乏の典型的なパターンだ。
俺も昔はよくあった。
今日、この先に進むのは難しいだろう。
ハルマ先生もその判断を下し、俺たちはスフィアを連れてダンジョンを後にした。
あの後、アイネス先生に持たされていたカメラをダンジョンに置いておいたが壁は閉ざされてしまっていた。
有名な著者ってどうやってネタを考えてるんでしょうね。
本当に尊敬します。




