73話:合宿〈5〉
最近このあとどうしようって悩んでます。
あれから三日が過ぎ、今回の合宿の目的地であるタレスト王国に着いた。
これは来る途中にカエラから聞いた話だが、
どうやらカエラとこの国の王子は昔に一度ひと悶着あったらしい。
タレスト王国はランド王国の東に位置し、しかも海に面していて魚料理が有名だそう。
元日本人の俺からしたら刺身と醤油、ご飯で丼ぶりといきたいところだ。
そしてこの国のもう一つの特徴が暑いというところだ。
夏季休暇前のこの季節とはいえとても長袖ではいられない。
腕をまくる。
すると、こちらを見ていたスフィアが手を伸ばし、露出した腕をその白い手で触りだした。
「何してんの?」
「今までちゃんと見たことがなかったけど、アーグって意外と筋肉あるんだね。ね、カエラ?」
「え、うんっ!」
突然人の筋肉について聞かれたカエラは驚いたのか、ヘッドバンクかと思うほど頭を前後に振っている。
「おいスフィア、それを言うなら俺も結構あると思うんだが」
外を眺めて暇をつぶしていたケリフもここぞとばかりに会話に混ざってくる。
そして自分の腕を曲げ、隆起した筋肉を見せてくる。
俺に対抗しているつもりか?
まぁ男として分からんでもないが。
あるよな、夏のプールの授業で終わった後の着替えで無駄にずっと上裸でいる奴。
「あんたのは意外性がないの。確かに筋肉すごいとは思うけどアーグみたいに普段とのギャップがあると女の子はときめくの」
スフィアの言葉はケリフに大ダメージだ。
「筋肉…意外性…エルカさぁん」とつぶやいているのが聞こえる。
ふ、勝ったな。
俺が妙な優越感に浸っていると、膝の上からもつぶやきが聞こえる。
「私の…おかげ」
「そうだな。シルのおかげだ」
あれからシルはいつも通りになった。
いつもと少し違うとすれば「ん」とか「うぅ」とか言わなくなったことか。
ランド王国からこちらに来る際、リスタがこっちの馬車に乗りたいと言っていたので今は俺の隣で「あついぃ…」と倒れている。
俺はその暑さに加えてシルが膝の上に乗っている、本当に暑い。
「リスタ、風魔法で涼しくしてくれ」
「かぜ?…そっか!今やりますね!」
馬車内が気持ちのいい風で満たされる。
それに冷たい…?
「スフィアか」
冷たいと思ったのはスフィアの水しぶきだ。
細かくミストにして服が濡れない程度にくれているからちょうどよく気持ちがいい。
そうこうしているうちにランド王国同様タレスト王国の城に入った。
白を基調とした城、か。
「アーグ、今絶対つまらないこと考えてますよね」
「リスタ、そういうのは心の中にしまっておいてくれ」
客室で待っていた俺たちの前に現れたのはタレスト王国の王、ガジル王とその息子レイ、そしてファセット。
ファセットは俺たちのお世話になるタレスト学園の一年生の女子代表だそうだ。
男子は言うまでもない。
さて、何を言われるのやらと思っていると、
「おぉカエラ君にヘンク君。随分と大きくなったな」
「ガジルさん、お久しぶりです」
「ガジル王、お久しぶりでございます」
二人が前に出てお辞儀をした。
俺たちも慌てて二人に倣う。
ガジル王は髭を生やし、筋肉を隆起させ、流石海の男と言ったら喜びそうな感じの人だ。
それにどこか親近感を覚えるのは俺の親父のせいだろう。
「アイネス先生も久しぶりだな。少し老けたんじゃないか?」
「そうですね、まぁあなたほどじゃありませんけどね」
「がっはっは!言うじゃねえか、それにサマの生徒諸君、初めましてだな」
ガジル王は一人一人と握手していき、最後に俺の前に立った。
「君は…」
「アーグ=バーラットです」
「バーラットというと、あのリックとフィルの息子か!しかし、あいつに娘なんていたか…」
「その息子であってます。こっちの三人は…」
言いよどんだ。
家族と直ぐに言えればよかったが、この人は俺の家族構成を知っている。
ここで王様に嘘をついたら不敬罪とか言われそうと頭の中で思ってしまったのだ。
「ガジル王、その子たちは紛れもない家族ですよ」
「そうか、がっはっは!家族ならそう言えばいいんだよ。男なら権力に立ち向かえアーグ君」
俺の頭の中を読んでのことなのか、なかなか無茶なことを言うなぁこの人。
「さて、俺はこの後仕事に行かなくてはいけないからあとのことはこの二人に聞いてくれ。では、諸君よく学んで帰ってくれ」
それから俺たちは一度城を離れ、タレスト学園にやってきた。
海の近くにあるのでもちろん寮からも教室からも海が見放題だ。
皆初めて見る海に興奮している。
しかし、それを遮るようにレイが口を開く。
「サマからはるばるよく来てくれた。これから一週間ともに過ごすことになるが、部屋はそちらで分かれてくれ。今日は学園の案内があるから一時間後ここを真っすぐ進んだところにある中央広場に集まってくれ。では」
俺たちは案内された寮の一室に荷物を下ろしてきた。
途中タレストの生徒に囲まれることがあったが、彼らは皆社交的でとてもやさしく俺たちを迎え入れてくれた。
集合場所の中央広場では生徒が食事をとっており、
俺が「キタっ」と叫んでしまったのは彼女たちが刺身丼を口にしていたからだ。
「ねえねえ、君たちってサマの生徒さん?」
その刺身丼を食べていた生徒が俺たちに近づいてきた。
二人組の男女で顔立ちがよく似ている。
「どうも初めまして。サマから来ましたアーグと言います」
「どうもー。僕たちは見ての通りここの生徒ね。よかったら話でもしない?」
集合の時間にはまだまだ余裕はあるしこの国のこととか…魚介料理とかについて聞けるかもしれないってことでこの二人と話すことにした。
「へー、じゃあ君たちはサマの中で一番強いの?」
「そうだな...入試の成績ならそうなるな」
開始早々二人が聞いてきたのはそんなことだった。
「こらアリス、そういうことはあまり聞かないの」
「んー、ルカがそう言うならもう聞かない」
「アリスとルカか」
「うん、そっか、ほらアリスがあんなこと聞くから自己紹介が遅れちゃったじゃん」
「えー、私のせいなの?ルカ。えーと、ごめんね。私は一年白金のアリス」
「同じく一年白金のルカ。僕たちは双子だから間違えないでね」
身長も恰好も顔の形も、髪型が同じだったら見間違えるほどに似ている。
それからヘンクとケリフも自己紹介をし、俺はやっと聞きたかったことをアリスとルカに聞いた。
「それってここの食堂で食べられるか?」
アリスの食べている刺身丼を指しながら。
アリスはルカと顔を見合わせたかと思ったら急に笑い始めた。
「あはは!だからさっき叫んでたんだね。うん、ここの食堂に行けばいつでも食べられるし、もしよかったら私たちが海で釣ってきてもいいよ」
海は目の前だしね。とアリスは言う。
確かに俺は釣りをしたことがないし、メルビーとリスタにも刺身のうまさを分かってもらいたい。特にメルビーならなおのこと。
あいつらには普段からお世話になっているからな。
「せっかくここまで来たからな。そうだ、ヘンクたちもどうだ?」
「そうだな、海なんて来たことなかったしやってみるか!」
「皆がやるなら私もやってみようかな」
「今日は学園の案内だっけ?それが終わったら暇だよね。じゃあその時に白金の寮まで来て」
その後アリスとルカは海の話やタレストの話などを聞かせてくれた。二人とも生まれも育ちもこの国なので色々詳しい話を知っていて俺も有益な情報を手に入れることが出来た。
一つ、海に住んでいると言われる人魚に会うと幸せになると言われている。
もう一つ、海の中に迷宮があるらしい。
だがそれは都市伝説のようなものであるかどうかは謎らしい。
まああったとしても俺には行けなそうだな。
そんなことを考えていると女子も準備が終わったらしく、ちょうどよく時間も来た。
と思ったら、カエラとレイが何か言い争っている。
「あの時レイってばこう言ったんだよ「わざわざ足を運んでやったのだ。そういうことだから私の許嫁になれ」って。ぷー!あなた何様ですかって言ってやりたかったわ」
「うるせーよ。あの時の俺は周りとの差がつけたかったんだ。だから決してお前が好きであんなことを言ったわけではない。己惚れるなよ」
「あなただって自意識過剰なんじゃないですか?声かければ誰でも振り向くと思ったら大間違いですよ」
「ああもう!あの頃はそういう時期だったんだよ今はもう成長したからそんなことはない。ましてやお前なんかに…なぁ?」
「言ってなさいよ。私だってあなたなんかに、実力も私の方が上だと思うしね。ふふ」
「ほら、レイそんなことはもうやめて。案内が終わんなくなるでしょ」
「そうだな、今回は許してやるか」
「はぁ?今回はってあなたと話したのなんか今日で二回目でしょ。記憶力ないんですか?」
「んだとてめえ!」
「はいはい。二人ともやめてください」
いつもとは違って激しく怒っているように見えるが時折笑顔も見える。
久しぶりの友人が嬉しいのだろう。
その後は主にファセットさんが学園の案内をしてくれた。
サマと違うところと言えば至る所に噴水があることと、学園内にプールがあること。
そしてファセットさんは巨乳ということか。
読んでくださりありがとうございます。




