72話:合宿〈4〉
お久しぶりですね。
随分と間が空いてしまいごめんなさい。
村に残されたのは兵士と神父の焼死体、壊れた家屋、その他にはなにも残されていなかった。
とてもシュルガト一人で生きていけるとは思えない。
そして村を離れる決心をしたシュルガトだったが、
魔人の国で自分のような魔人が生きていけるとも思わなかった。
白い翼の意味を知ったシュルガトは国にはいかず、
村の近くの森に身を隠した。
それから5年、シュルガトは弱い魔物を狩ってはそれを食い、
その日暮らしをしていた。
そんなある日、その日も魔物を狩れず三日何も食べていないという状況で人間の奴隷商人にあってしまった。
シュルガトには体力も気力も残っていない、簡単に捕まってしまった。
奴隷商人は言う、
白い翼を持った魔人は珍しい。
高く売れるだろうと。
人間の世界での魔人の認識は現在と変わらない。
黒い翼を持ち、人間よりも身体能力が高い。
ただ、白い翼の魔人の存在は知られていなかった。
だから商人はこう思ったのだ。
「これは魔人として弱いから白い翼なのだろう」
——本当にそうだろうか。
商人に連れられある国に向かった。
その国では毎日他種族をいたぶり、挙句の果てには殺すこともしばしば。
そんな見世物が行われていた。
その国が作る兵の副隊長を務めている男、
彼は隊長にこんな話をされた。
「今日新たに奴隷が入荷したそうだ。
わしももう年だ。そろそろ隊長も引退しようと思っている。
そこで来週行われる見世物に出場してくれたら隊長の座を譲ろうと思う。
どうだ、やれるか?」
男は悩んだ。
この男には愛する人がいる。
しかしその女性は王のいる城におり、いや捕らえられていると言ってもいいかもしれない。
なぜそんなことになっているのか。
それは男が奴隷を傷つけることが出来ないからだ。
でも男が隊長になれたら愛する人は自分の元に帰ってくる。
悩んだ。
この機会を逃せば隊長になる日がいつになるかは分からない。
その結果、
「分かりました。やらせていただきます」
彼はそれを引き受けることにしたのだ。
「うむ、それでこそ次期隊長だ。“ジャック”」
そして一週間後、その日がやってきた。
歓声の中リングに上がったジャックが見たのはまだまだ幼い魔人の子。
なぜこんなにも幼い子をいたぶらなければいけないのか。
やがて周りは静まり、王が一言こう告げる。
「それを殺せ」
——ドクン
心臓が口から出そうなほど、吐き気がする。
ジャックは決して殺すとは思っていなかった。
最低限の力で痛めつけ、それで気絶させれば終わりになると思っていた。
そんな浅はかな考えは王には通用しなかった。
なぜなら、
「うそ、だろ」
ジャックの愛する人が、王の横にいる。
その目には涙が浮かび、その首にはナイフが当てられている。
王は笑っていた、殺さなければ分かっているよな?そう、伝えているように。
普段のジャックの行いを王が知らないはずなかったのだ。
奴隷を逃がしていること。奴隷に食事を与え、いつも優しく接していること。
だから殺せと、ジャックのその手で殺せと。
逃げられない。
唇から血が出るほど噛んだ。
それでも自分の愛する人は泣いている。
もう後には退けない。
やるしか、ないのか。
小さな魔人に目を向け、大剣に手をかける。
出来るなら痛みもなく死なせたい。
周りからは殴れ蹴れと野次が飛んでくるが、王は殺せと言ったのだ。
「うああああああああ!」
叫びながら大剣を振り落とす。
どう、なった。
なぜか手に人を切った感触がない。
恐る恐る目を開く。
そこには純白の一枚の翼が落ちていた。
だが魔人の姿がない。
逃げたのか…いや、使役の指輪のせいで逃げられるはずがない。
すると、背後から声が聞こえた。
「いやー間に合わなかったか。嬢ちゃん、ごめんな」
一人の男が魔人の子を抱えている。
はっと思い、王の方を向く。
愛する人は何か障壁のようなものに囲まれ、その周りにいた兵士や王は皆眠っているではないか。
「兄ちゃん。行くぞ」
ジャックは男に言われるまま後をついて行った。
「そう、これが俺とリック、フィルの出会いだ」
「へー、じゃあさっきシュルガトが暴れたのって」
「そうだ、俺があの子の翼を切り落としたからだろう」
「シュルとはそれから会ってなかったんですか」
「あぁ、あの後俺は国を出たがそれからあの子とは会っていない。
俺があの子に会う資格なんてないと思ったんだ。
だからリックの住んでいる村の近くであるこの国に引っ越してきたんだ。
俺はあの子を殺そうとしたんだ。だから俺はあの子に殺されていいと思っている」
「そう、なんですか」
「あぁ、俺の愛するラビルテは俺がいなくても十分やっていけるしな」
「え、ジャックさんの愛する人ってラビルテさんだったんですか!?」
「だから王様に捕らえられていたんですか」
「そういうことだ」
その時、扉が開きアーグとシュルガトが入ってきた。
目はうっすらと赤くなっている。
仮面は外していた。
この時は外して彼と向かい合いたいとシュルガトが思ったのだ。
彼女が部屋に入ると静けさが波紋のように広がり、ジャックは決意したようにシュルガトに近づいた。
「俺は、君を殺そうとした。たとえ俺の愛する人を守るためだったとは言え許されることではない。こんなことで許されるとは思っていない、だけど、俺には他に何をしたらいいのか分からないんだ。俺が君にしたように、この命を」
「やめて」
シュルガトの前で床に頭をつけ、妻であるラビルテも同じように歯を食いしばっている。
そんな彼らの行動を止めるのはシュルガトただ一人だった。
アーグも、リスタもメルビーも彼らの話を聞いて自分に止める資格があるのか、どうすればいいのか、この状況になったとき人は皆そうなるだろう。
ここで話を割って止めたとしてもそれは解決にはならない。
「でも俺はっ!」
「私は、私はそんなこと望んでいない」
ジャックの声を一蹴した。
「好きな人と見知らぬ魔人、どっちを取るかなんてわかり切ったことだから。
ただ私があなたにしてほしいのは今の私を見ること」
「君を、見る?」
シュルガトはアーグの服を離し、一歩前に出た。
そして胸の前に手を置き、背中に純白の片翼を可視化させた。
「私はあなたにこの翼を切られてから一度もあなたのことを忘れた日はなかった。
恨んだし、殺したいとも思った。
でも、あなたを殺したとき、残された人がどう感じるかなんて私が一番よく知ってる。
さっきあなたが私を見たとき、あなたはこう言った“殺してくれ”って。
その時思ったの、あぁ、あなたも苦しんでたんだなって。
こんな“負の連鎖”に終わりなんてない。
その鎖を誰かが切らなきゃ永遠に続いて、許しあわなきゃ苦しみ続ける。
感情だから、止めなきゃって思っても中々分かり合えるものじゃない。
でも止めなきゃって互いが相手を想ってる。
それが鎖を切る鍵なんだ。
私の両親が言ってた。
「あなたは多くの魔人に恐れられている。
翼が白いというその事実だけであなたを怖がる。
もしかしたらあなたが怖いから殺しに来るかもしれない、
恨まれて、憎まれて、でもあなたは知ってるはず。
互いが許しあって、相手を想い、分かり合えるってことを。
だからこれからあなたが会う人が例えあなたのことを嫌いになって、恐れてもあなたはその人のことを恨まないで、許してあげて」。
さっきも言ったけど私はあなたのことを恨んだし殺したいと思った。
そんな簡単に他人を許せるはずがない。
でも…頑張ってみようかなって、思う。
あなたのことを知っていき、あなたも私のことを知っていって、許しあうことが出来たら良いなって、今は思う。
だから最初に、あなたのことを苦しめてる原因を取り除きたい」
シュルガトは翼を広げ、アーグがシュルガトの頭に手を乗せる。
こうしてアーグがシュルガトの頭の中をトレースして翼の形を知る。
アーグは知っているものしか治せない。
だからこうしてシュルガトの頭の中で思いだしてもらうことでそれを補うのだ。
魔力が流れる感覚。
体の構成には魔力が使われている。
そこへアーグが回復魔法を掛け、形を形成していくのだ。
「アーグ、お願い」
「任せとけ。[回復]」
シュルガトの背中から段々と緑色した光が集まり、純白の翼が作られていく。
そして、片翼しかなかったシュルガトの翼は元の翼に戻った。
「これであなたの心にあった枷は取れたはず」
「…でも、本当に良いのか?」
ジャックはどうしても自分のした行いが許せないようだ。
シュルガトが受けた悲しみ、痛み、それへこんなものではなかったはず。
そう、思っているのだろう。
でもシュルガトは微笑み、そしてこう言った。
「私が“許した”の。だから、良い。これからもよろしく」
それを最後にシュルガトは仮面をつけ、アーグの背中に乗ったかと思うと寝てしまった。
その後はアーグがジャックに手紙を渡し今日白金クラスが止まる宿に帰っていった。
心なしかジャックとラビルテの顔には笑顔が浮かんでいた気がした。
読んでくださりありがとうございます。




