71話:合宿〈3〉
シュルガトの過去。
ランド王国で俺たちを待っていたのは多くの拍手と喝さいだった。
流石世界一と称されるだけはある。
拍手に包まれるというのは中々恥ずかしかったが、手を振り返していると途中からなつかしさと嬉しさからか楽しくなってきた。
途中途中宿のスリエさんにナスカ、娼館のカリエスさんの顔も見かけることができ、
そんなこともあり、俺たちの馬車は城に案内された。
城の客室に集められた俺たちは一時休憩と、これからについて話し合った。
と言ってもやることは限られている。
明日の昼にはここを出なくてはいけないから今日の夜までと、明日の出発までの自由時間が俺たちに与えられている時間だ。
カエラとスフィア、ヘンクは城に残り、ルーファとソラ、エルカさんそれにケリフは初めてきた国と言うことで観光、俺を含めた残りはギルドに向かった。
ギルドに向かう途中、俺は長年お世話になったスリエさんの宿に立ち寄った。
「いらっしゃ…お兄ちゃん!それにリス姉さんにメル姉さん!お久しぶりです!
…えーと、シルさん…ですか?」
「久しぶり、シルは初めましてだな」
「シュルガト…」
宿で出迎えてくれたのはこの宿の看板娘ことナスカ、
少し見なかっただけのはずだが身長が伸びた気がする。
シルは森に棲んでいたからナスカとは面識がない。
だけど俺がよく話しの話題に彼女のことを出すのを覚えていたのだろう。
ナスカは記憶力が良いのかもしれない。
一度見たお客の名前と顔は覚えているってスリエさんが自慢してたからな。
ちなみにシルは今も仮面をしているから若干ナスカが怯えている。
「あら、アーグ達来てくれたのかい。お昼でも食べていくか?」
「お昼!」
「メルビー、さっき食べたばかりだろ?それに今はギルドに用があるのでまた今度にさせていただきます」
「そうかい、ナスカも寂しがっているからたまに顔を見してくれよ」
「はい。長期休暇はこっちに来れると思いますので、その時は泊まらせてもらいます」
スリエさんが許可してくれたので、ギルドに行く前に少しだけナスカとの再会を喜んだ。
シルには怯えていたけど、仮面の中を見たいとナスカが懇願したのでシルがしぶしぶ了承し、シルの素顔をみたナスカが「かわいい…」とつぶやいた。
幼い顔立ちをしているシルにどこか親近感が湧いたのかその後はナスカもいつも通りの看板娘のような元気な笑顔を見せてくれた。
リスタやメルビーが学校の授業で習った魔法などを見せ、ナスカがそれに目を輝かせる。
俺はそれを見ているだけでとても幸せな気分になれる。
おっといけない、いつの間にか時間が刻一刻と過ぎている。
「リスタ、メルビーそろそろ行くぞ」
「もうそんな時間ですか。それではナスカ、また今度会いましょう」
「ナスカ、はいこれ。サマ王国のお土産、これスライムなんだけどすっごい美味しいの!」
「わあ、ありがとうございます!…でも、またしばらく会えないなんて…」
ものすごく寂しい顔をしている。
こういうことをされると俺も行きたくなくなるんだよな。
まあこれも見越してあれを作ったんだけど。
「俺からもプレゼント」
手渡したのはここに来る途中にも使っていた携帯だ。
しかもこれは特別性。
リスタ達が使っていたのはせいぜい100mが限界といったところだが、
これはバジリスクの魔石をギルドやアイネス先生に提出する前に少しだけ砕いていたものを使用している。
魔石は元の魔物が強ければ強いほど魔力の保有量が大きくなる。
俺の携帯がどうしてつながるのか、
それは魔力を一本の線にしてそこへ声を乗せているのだ。
まあ長い説明はいいだろう。
つまりこれがあれば俺が遠くにいてもナスカの携帯と俺の携帯はつながっているということだ。
「ほんとだ!お兄ちゃんの声が聞こえる!」
そんなわけで、俺たちはナスカと別れ、ギルドに向かった。
この時の俺たちはまさかあんな事があるなんて思っていなかった。
ギルドに着くや否や、周りの冒険者が一気に俺たちを囲んだ。
その顔ぶれは俺たちがこの国でお世話になった先輩冒険者たちが多くいる。
懐かしむこともいいと思うが今は先に終わらせなければいけない事があるからそれが終わったらと言うことで一旦離れてもらった。
俺じゃなくリスタとメルビーだけが囲まれていたのは多分俺と話すのが恥ずかしいからだろう。はっはっは。ぐすん。
「アーグ君。久しぶりね」
はっ!
そんな中、唯一話しかけてくれた人、しかも美人なお姉さんはこれまたお世話になっていたラビルテさんはいつも通り黒い耳がモフモフで、赤い目が情熱的だった。
「お久しぶりです。今日はジャックさんに用があってきました」
「じゃあ案内するからついてきてね」
そんな急に来ても大丈夫なのか。
「うん、あの人の仕事を私がこなしてるから。暇なんだよ」
「へー、あの、ナチュラルに思考読まないでください」
でもそこじゃない。
俺が今一番言いたいのは、
「シル、体調でも悪いのか?」
背中にいるシルがいつもより強くしがみついていること。
そして小刻みに震えていること。
特にギルドに入ってからそうだ。
「ん…」
そして、歩いていたはずのラビルテさんの足も止まる。
「どうか、しました?」
「い、いや気のせいだから。多分、人違い…かもしれない」
いつもとは違い口ごもるラビルテさん。
その視線がシルの仮面に向かっていたのも何か…。
コンコン。
「入りますよ」
「どうぞ」
扉を開けてくれたラビルテさんを横に、俺が足を踏みいれる。
「おお!アーグか、ひさっ…」
俺の背中がふっと軽くなる。
そして、俺の目に映ったのはジャックさんを片手で持ち上げるシルの姿だった。
「シル!」
俺が名前を呼んでもシルは振り返らない。
辺りの空気の魔素が濃くなり、息が苦しくなる。
シルが集めているのだ。
俺は駆け、シルを引き離しにかかる。
が、とてつもない力でジャックさんを掴んでいて離れない。
「がっ…お前、シュルガト、なのか」
ジャックさんはそう言うと、抵抗していたはずの手を緩め、こう言った。
「すまなかった。“殺してくれ”」
「シル!」
耳元で叫び、抱きしめる。
段々とその力は弱まり、俺に寄りかかった。
「外に、連れてって」
いつものぶっきらぼうな声ではなく、泣きそうで、震えている声でそう言われた。
俺はそうするしかなかった。
シルを外に連れ出し、人気の少ない場所に連れてきた。
今のシルは弱々しく、とても人前に出れる状態ではないのだ。
積み重なった木箱に腰を据え、シルが肩に頭を乗せる。
そこからぽつぽつと話し始めた。
そう、彼女の過去の話。
そこは魔人が暮らす国、だけど少し田舎にある小さな村。
その日、ある夫婦の間に子供ができた。
そして数か月後、生まれたその子を祝福する人は少なかった。
なぜならその子の翼が真っ白だったから。
忌み子。
そんなことをいう人もいた。
魔人の特徴は人よりもはるかに高い身体能力、そして真っ黒な翼。
真っ白な翼は特殊で、人々の恐怖の対象になっていた。
だが夫婦は違った。
その子が生まれてきたことを心から喜び、周りが何と言おうと愛した。
いつしか村人もすくすくと育っていくその子を許し、また夫婦同様に愛したのだ。
ある日、その子が5歳になった頃。
村には神父と兵士が50人訪れた。
神父は言う。
その子を殺せ。
神の理に背いたその子を殺せと。
だが村人もそして夫婦もそれを拒んだ。
当然、それを神父たちが聞き入れるわけがなかった。
対抗した村人を殺し、その子の目の前で親をも殺した。
自分の問いかけに反応しない両親に叫ぶ。
親が抱きしめてくれた力はやがて無力となり、力なく崩れ落ちた。
それと同時に彼女の中の何かも崩れた。
背中の白い翼が羽ばたき、羽が舞い散る。
空からは雷が鳴り響き、羽目掛けて落ちる。
何百とある羽に落ちた雷を避けきれる兵士はいるはずもなく、
皆焦げて死んでいった。
最後まで残っていた兵士は神のためと言い、
その子に呪いをかけた。
これ以上成長しないように、これ以上強くならないように。
雷に打たれ、死んだ。
その子は村の人、一人一人に墓を作り、埋葬した。
そしてその全てに自らの羽を一緒に埋め、終わると三日三晩泣き続けた。
人が怖い。
そう思ったのはその頃からかもしれない。
その子の名は、“シュルガト”。
過去編まだ続きます。




