66話:コルの村〈1〉
明日からまた学校ですか。
シルに聞いてみたが今回はいかないそうだ。
三人で楽しめと言っていたので俺たちのことを考えてくれたのだろう。
持ち物は食料や着替え等等全て収納袋に入れたので両手は空いている。
こういうところで魔法がある世界は楽だなと改めて思った。
クエストの内容があまり詳しく書かれていなかったので、
一応何かあったときの為にアイネス先生には伝えておいた。
もしかしたら人の命にかかわることかもしれないと念を押され、
一日くらいだったら欠席してもいいよともいわれた。
その代わり、今度働いてもらうけどなんて聞こえた気がするけど聞こえないふりをしよう。
「持ち物はいいな?」
門を集合場所にしたが、この前のように事件が起こっているなんて事はなかった。
起きてもあの二人なら対処できそうだ。そう思うほど逞しく成長した。
彼女達の強さを俺は知っている。
だから嫉妬し、喜び、俺も努力した。
ここまでこれたのは彼女達のお陰だ。
「うん」
「食堂のおばさん達に保存食いっぱいもらったから大丈夫だよ!」
「よし、それじゃあ行こうか」
このクエストで向かう村の名は“コルの村”という。
サマ王国の近くにある村だが、
規模はかなり小さく、羊毛が有名だそうだ。
だがコルの村で生産されている羊の毛は貴族や王族達がこぞって愛用するほどのもので、
他の場所では作れないことからも需要がかなり高い。
そこの羊が居なくなる。
これはかなりの問題だ。
貴族や王族がたくさん買うのでそれによって生計を立てている商人も少なくはない。
そして俺も一度だけその毛を用いた服を手にしたことがあるが、
その一度だけで病みつきになるほどの代物だった。
これが世の中から無くなってしまうのは惜しいことをした、ではすまされないだろう。
悔やんでも悔やみきれない。
ではなぜ誰もこのクエストをやろうとはしないのか。
それは報酬に出されている金額だろう。
コルの村はその規模は小さいが、
その羊毛業で稼いでいるはずだ。
それなのに報酬が雀の涙ほど。
誰かが冗談でやったのか、それとも罠か。
真実だとは思わなかったのだろう。
「えーと、コルの村ってどこ?」
「南の方だな。魔の森を通ると近道になるが、どうする?」
魔の森、サマ王国の南にある森だ。
まだ奥までは解明されていないという。
コルの村は森のすぐ横に位置し、
サマ王国からは森を突っ切ると一番近い。
「うーん、森の奥には行かないから近道してもいいんじゃない?」
「私は上から行くし、二人に任せるよ」
「それなら通っていくか」
馬車で二時間ほどかかると言われているが、
俺たちならもっと早く着くだろう。
だが今回はメルビーに挑戦されている。
スキルは使用しない、正真正銘肉体的な走りをしなくてはならない。
「じゃあ私はもう上に行くからね。何かあったら言って、そんな大声上げなくても聞こえるからね」
リスタを緑色の光が包むと、体が宙に上がっていき既に森の木は越えている。
あそこなら何かの攻撃を受けることは少ないだろう。
「じゃあ俺たちも行くか」
「負けないから」
目を細め威嚇してくるメルビー。
俺も鼻を鳴らし目の前の森に足を向ける。
『勝つっ!』
「はぁ、はぁ、勝ったぞ」
「うそぉ、はぁ、何でよぉ!」
結果、俺は勝った。
だがそれは圧勝とまでいかず、
あと少しでも道が悪かったら負けていたかもしれない僅差だった。
でも勝ちは勝ちだ。
「二人ともお疲れ様」
上から下りてくるリスタは涼しそうな顔をしている。
「はい、これ」
収納袋から出したのは少し冷えたタオルだ。
本気で走ったから汗で服が濡れている。
冷えたタオルが体の熱を吸い取ってくれて気持ちいい。
メルビーは相当疲れているのか芝生の上で仰向けになって寝ている。
リスタが渡してくれたタオルもお腹の上に乗っかっている始末だ。
「メルビーお疲れ様」
「アーグ…速い」
声と目線はこちらを向いているが体は息で上下しているだけだ。
「あとちょっとで負けてたよ。
あれだけシルに鍛えてもらったのにな、帰ったらまた鍛え直してもらうしかないな。」
俺はその火照ったからだをタオルで拭いてやる。
「あ、ありがと。はぁ、昔は私の方が速かったのに。
いつの間にかこんなに成長して、いいなぁ。
私ももっと速くなりたいな」
「メルビーは少し無駄な動きが多いんじゃないか?」
「無駄な動き?」
「そうだ。体の動かし方にまだ雑さが残ってる。
俺もちゃんとしたことは言えないけど、狼人族はその素早さと力が武器だろ?
それにメルビーは女の子だ。体のやわらかさも視野に入れればさらに早くなると思うぞ」
「そんなに見てたの?」
「まあな。本気で走ってるのにメルビーが並走してくるから[気配察知]で見てたんだよ」
「それにそんな使い方があるんだ。でもそっか、うん分かった!私もっと頑張るね!」
「次は俺に勝てるといいな。そうだ、今度の長期休暇で二人の村に帰るか。
俺も親父達に顔出しておきたいし、二人とも会いたいだろうしな」
「私も会いたいです」
「その時は父さんと戦いたいな」
「そうだな。よし、村に行くか」
森を抜けたら村は目と鼻の先だ。
「おじゃましまーす」
ようこそコルの村、そう書かれた看板をくぐり、
中へ入っていくが羊どころか人がいる様子もない。
「アーグ…なんか怖いです」
リスタが服の袖をつかんできた。
村と言うのに何の音も聞こえない。
するのは風の音くらいか。
家にも人がいる印象は受けない。
「大丈夫。そうだな、一番大きいあの家に行ってみるか」
「ごめんください」
村の村長の家だろう家に来てみた。
ここに来るまでもやはり人の気配はなかった。
しばらくしても出てくる様子がなかったので、
引き返そうとしたとき、中から声が聞こえてきた。
「どなたでしょうか」
震えたか細い声だった。
女性の物だろうその声からは疲れたような、そんな気がした。
「あ、私たちギルドの張り紙を見て来たんですけど!」
メルビーが大きな声で言った。
それが女の子の声だったことに安心したのか、
それともギルドから来たというところに安心したのかは分からないが、
扉をゆっくりとあけ、顔をのぞかせてくれた。
まだ20にもいってないだろう若い女性だった。
「どうぞ、お入りください」
「お邪魔します」
俺が先陣を切って入っていった。
俺たちの姿を見て驚いた表情をしていたが、
急かすように中に入れてくれた。
なにかを恐れているかのような。
中はとてもきれいで、
生活感があり、とても人っ気がないようには見えない。
あとに続くように奥へと入っていくと、
窓を閉め切り、外が全く見えない部屋へと入った。
「こちらに」
すすめられるままソファへと腰を下ろした。
部屋の隅には老若男女数十人が身を寄せ合って震えている。
俺たちの座っているソファの正面にはもう一つソファがあり、
そこには先ほどここまで案内してくれた女性が座っている。
「それで、このクエストはどのような物なのでしょうか」
それからぽつぽつと話し始めた。
ある日、いつものように羊たちの世話をしていると羊の数が微妙に減ったような気がした。
その日は気のせいかと思い、世話を再開した。
何しろ数えられる程ではないのだ。
次の日、昨日よりも減っている気がした。
今度は気のせいではない。
周りの村人に聞いても同じように減った気がしたと言っている。
これは何かあるのではないか、そう村人の間で話し合い、
夜に監視する人をつけようと決まった。
次の日、監視していたはずの人がいなくなった。
大騒ぎになったが、羊の数がまた減っていることから今日もつけようということになった。
次の日、またいなくなった。
会議の中で一人の村人が夜中に奇妙な音を聞いたと言った。
べちゃ、べちゃと。
その日は誰も監視に行かなかった。
そして羊の数だけが減っていき、今ではもう数えられる程しかいないという。
「私、どうすればいいのか分からなくて」
泣き出す女性に周りの村人が声をかけて励ましている。
俺たちも今事がかなり大きいのではと気づき始めた。
「すいません。自己紹介が遅れました。
私、コル村の村長の娘、ベラと申します」
俺たちも自己紹介をした。
「では今日の夜、俺たちが監視しましょう」
妥当な決断だろう。
正体が分からないと何が原因か分からない。
「でも…」
人がいなくなる。
それが怖いのだろう。
自分が助けを出したばっかりにまたいなくなるのでは。
「大丈夫です。必ず解決しますから」
読んでくださりありがとうございます。




