65話:微笑みとラビステ
もう一月も終わりですねぇ。
早いものです。
「ルーファは甘い物が好きなのか?」
午後のひと時、食堂に併設されているカフェには女子生徒で賑わっていた。
カルムをたしなむ生徒、本を読む生徒、そして友達と話す生徒。
庭の花壇が一番よく見える窓際のカウンター、
赤髪の少女と茶髪の少女が「饅頭と茶」という本を二人で眺めあっている。
「そうですね、母が甘いもの好きで私もそれに似たんだと思います。
美味しいですからね。甘いもの」
「そうなのか、我は甘いものは苦手だな」
「えー、あんなに美味しいのにですか?」
「はじめは良いのだがな、食べてると口の中がこう、うわぁってなるからな」
「うわぁ、ですか。ちょっとよく分かりませんけど、残った感じが嫌なら美味しい食べ方教えましょうか?」
「ほう、それはぜひ教えてもらいたいものだ。いいのか?ルーファ」
「はいっ!ソラさんと一度でいいから一緒に甘味巡りをしたかったんです!」
「我もルーファと出かけたいと思ってたところだ。
まだこの国のこともよく分からんしな。
それなら…今日は大丈夫か?」
「はい、大丈夫ですよ。では、行きますか!」
「じゃあこのカップ片付けてくるから少し待っててくれ」
「あ、お願いします」
ソラきっと今、見えない尻尾をブンブンと振っていることだろう。
なにせ生まれて初めて友達と遊びに行くのだ。
胸の高鳴りが抑えられない。
『楽しみだなぁ』
二人の口からは同じ言葉がこぼれた。
それは互いの耳には届かなかったけれど、心で思ってることは同じだ。
「ヘンク様、今日は一緒に居られるのですね!嬉しいです…」
ヘンクの部屋では二人の男女が肩を寄せ合っていた。
「私の部屋だからと言ってあまり近寄らないでくれよ。私たちはまだ12なのだぞ」
「そんなこと言ってますけど、顔赤いですよ。ふふ、赤くなるヘンク様も素敵です」
「はぁ、私は紅茶を入れてくる。レースも同じものでいいか?」
「はい。ヘンク様と同じもの、でお願いします」
「分かった」
2人掛けのソファがキシと沈み、ヘンクはキッチンへと歩いて行った。
「困るんだよな、ああいうの」
静かな声でそうつぶやいたヘンクの顔はどうしようもなく幸せそうだった。
王族の自分が歩けば周りは媚を売り、頭を下げる。
それが嫌でたまらなかった。
いつしか人と話すことすら嫌になってしまった。
離したところで相手が見えているのは私に生まれてからまとわりついている権力だ。
私と仲良くすれば、とりあえずアピールしとけば、そんな相手の顔はいつもおなじものだった。
そんな閉じてしまった私の心の扉の錆びを溶かしてくれたのは紛れもない、彼女だ。
「レース、入った…あれ、レースどこに行った?」
自室に戻ってもソファにはレースの姿がなかった。
一旦紅茶を机の上に置き、頭をかくヘンク。
「どこに行ったのだ…。部屋を出る音はしなかったが」
紅茶を置いた横には彼女がいつも持ち歩いているっポーチが置いてある。
この中には女の子の道具が入っているとか。
私は見たことがないが。
…これはもしかしたらレースの物ではないかもしれないな。
中に名前が書いてあるかもしれない。
これは確認だ。
レースの好きな物が知れたらいいななんて。
「私は何を考えているのだ!これは彼女の物で間違えないだろ。
私が見間違えるはずがない。
それにこの部屋には彼女以外上げたことがないぞ!」
ふー。
取り乱すヘンクだった。
結局、レースはどこに行ったのか。
再び頭をかくヘンク。
金色の髪が毛並みに沿ってさらりと流れる。
「んーん。すー、ヘン…ク」
「レース?」
ベッドの方から息する音が聞こえる。
「レース…」
枕に顔をうずめ、いつもの凛とした表情を崩し、
決して自分の信頼している人間以外には見せないあどけなさの残る顔をしていた。
「疲れていたのか、それなら自分の部屋で寝てればよかっただろうに。
わざわざここに来る必要なんてないのにな」
その髪を撫でるように、そっと手をかざした。
「ふぁあ」
「まあ、私はレースといたいがな」
手を離すとソファに戻り、紅茶を飲み始めた。
そこからはベッドで寝ている彼女の様子は見えないわけで。
(咄嗟に寝たふりしましたけどヘンク様の手の感触が…。
ふぁあ…一緒にいたいなんて、もう嬉しいです!
好き、大好きです。ヘンク様)
顔を紅潮したレースはまた、枕に顔をうずめるのだった。
(あぁー、ヘンク様の匂い…。全身包まれてるみたい)
「すー」
「これは…美味しいな」
遥か東にあると言われる国の甘味がそろっているこの周辺はルーファにとっては宝の山のような場所だった。
「ですよね!そこで緑茶をグイっと!」
「んぐ、あつっ!…ふー、んぐ。すっきり…美味しいぞ!」
「私も甘味マイスタとして一度はこの三色団子なるものを食べてみたかったんですよね」
「甘味マイスタ…甘マスだな。それにしてもこの団子は我でも問題なく食べられる」
「んー!美味しいですね!」
団子屋の前に設置されている椅子で三色団子を頬張る二人。
妖艶な赤い髪にプルリとした艶やかな唇。
明るい茶色の髪に巫女服。
通行人は老若男女だれでも彼女達を二度は見ている。
そして彼女達が食べている三色の団子は二人の声もあってかゴクリとのどを鳴らす材料になる。
「俺に一本くれ!」
「俺には二本だ!」
「私も二本!」
俺も、私もと次々に団子屋に押し寄せる。
団子屋の主人は一体何事かと目を皿にしている。
「随分と賑わってきましたね」
「そうだな。よしっ、食べ終わったし次に行くか!」
「はいっ!」
それが自分たちの影響とはつゆほども考えず、
そそくさと店を後にするのだった。
「今日も賑わってるな」
ギルドについた三人はいつも通り人の波をかき分けながら掲示板を眺める。
すると、後ろから声をかけられた。
「アーグ君、かな?」
「そうですけ…」
「あー!やっぱり、それにリスタちゃんにメルビーちゃんも久しぶり!」
「もしかして、ラビストさんですか?」
リスタが言うその名前は俺の良く知る人だった。
それに忘れるわけない。
俺たちがランド王国にいる間、
受付としていつも相手をしてもらっていた。
真っ白な肌にモフモフの耳は今も健在だ。
「どうしたんですか、こんなところまで」
「アーグ君に会いたくて、来ちゃった!」
てへっ、と笑い、真っ赤な目が俺を打ち抜く。
一瞬だけ鼓動が早くなるのが分かる。
「はいはい。冗談ですよね」
「うふふ、どうだろうね。でも少し会わないうちにこんなに大きくなちゃって。
学園ではモテモテかな?」
この人と会うのは一年と少しぶりだ。
こっちに来る前の一年ほど前、
ラビストさんは仕事で他の国に行っていたそう。
「そんなことないです。平々凡々普通の暮らしですよ」
「そうかな?まあいいか。私はたまにランド王国以外に仕事でお助けに入ることがあるのよ。新人さんの育成とか、人員不足の一時補給とかにね。今はサマ王国の新人があまり仕事がちゃんとしてないからって頼まれちゃって」
「そうなの!じゃあまだここにいるの?」
メルビーは久しぶりに会えた喜びからか目がきらきらしている。
リスタも嬉しそうだ。
「うん。多分数か月だけど、よろしくね」
「はい。よろしくお願いします」
去り際、ラビストさんとリスタが小さい声でなにか話していたが内容は分からなかった。
多分久しぶりにあったから世間話とか近況報告とかその辺だろう。
「ん…これは」
「どうしたのアーグ。何かいいクエストでも見つけた?」
俺は一つの張り紙に目を引き寄せられた。
そこにはこう書いてあった。
〈村の人と羊がいなくなっています。
どなたでも構いません。助けてください〉
短い文章だが、どこか焦りが見える。
最近張り出された紙だが、報酬は少なくだれもそのクエストをやろうとしない。
それに何が起きているか分からない。
そんなハイリスクロウリターンなクエストを受けようと思う人はいないだろう。
「ラビステさん、これについて詳しく教えてもらえますか?」
どこか胸騒ぎがする。
放っておくなと本能が言っている気がする。
「それね、昨日若い女の人が張りに来たやつだよ。なんかかなり急いでいるみたいではってすぐに帰っちゃたから情報は聞けてないの。でもその村はここから馬車で2時間くらいの所だから調べようと思えばできるんだけどね。なにせ報酬が報酬だけにギルドも動くわけにはいかないみたい。私も個人で行くわけにはいかないし」
「そうですか…」
女性が焦りながら張りに来た。
そして報酬は少なく、情報も乏しい。
どうするか。
「そんなに気になるなら受けてみる?」
考えに耽っているとリスタが肩を叩いて現実に引き戻してくれた。
少し心配そうに俺を伺うリスタの表情に俺はまたやったか、と思い、
「ありがと。明日はアイネス先生の事情かなんかでまた休みがあるし、
これはいかないと胸のつかえがとれない気がするから、
二人が良ければ受けたいな」
「良いに決まってるじゃないですか!」
「良いよ。何なら今日から行く?」
「二人ならそう言ってくれると思ったよ。
そうだな、まだ昼前だから少し様子だけ見に行くか」
「そうしましょう!私と一緒ならひとっ飛びですからね」
「それはうれしいけど多分シルも行くだろうから俺は走っていくよ。
リスタの負担が増えるのは良くないからな」
「それなら私も走っていく。アーグはスキルに頼ってばかりだから私が負けるわけない!」
「おっ、言ったなメルビー。俺がシルに鍛えられたこの脚力を見せてやるよ」
「ふふ、私は二人について行ける気がしないので上からついて行きます。
それじゃあラビステさん。このクエストお願いします」
火花を散らすアーグ達を横に、クエストは受理された。
「知ってるだろうけど、一週間以内に完了できなかったら罰金があるから気を付けてね。それにこのクエストには分からないところがいっぱいあるから、危険だったらすぐに逃げること!いいね?」
「分かりました」
俺たちはギルドを後にした。
読んでくださりありがとうございます。




