64話:洗濯とブラッシング
つ・い・に!
アクセス数が10,000人を突破しました!
ありがとうございます。
「俺はこの手を洗わないっ!」
「汚ねえよ。そういってる間にもお前の手には菌が増えてくんだぞ」
エルカさんの手を握れたとケリフが喜んでいた。
まるでアイドルと握手した後みたいにはしゃいでいる。
これで本当に手を洗わない人って何人いるんだろ。
「菌?よく分からんが俺は今後この手を洗わないと決めたんだ。
それにエルカさんの手が汚いはずはない。男ケリフに二言はないっ」
「あーそうか。段々とお前の手は臭くなっていき誰からも近づかれなくなる。
あぁ、でも魔物も臭いで逃げてくかもな。お前は人間兵器になれるぞおめでとう」
「そ、それは本当か…。俺今すぐ洗ってくる!」
「それなら、おーい三人。こっちに来てくれ」
少し遠くで雑談していた三人を手を振りながら呼んだ。
するとリスタがすぐに気づいてくれてとことこと走ってきた。
「どうしたんですか?」
「ケリフを洗ってくれないか?」
「え」
ケリフは驚き、顔を赤くした。
「俺…エ、エルカさん一筋だから…そういうのはちょっと」
「違えよ。まあ良い。こいつの煩悩ごと洗い流してくれ」
「お安い御用だよ」
スフィアがケリフの言葉を聞き、額に青筋を立てた。
その声には怒りがこもってるのか、目も若干ひくついている。
ケリフは顔を真っ青にし、その足を寮へと向ける。
「お、俺自分で洗うからいいよ。うん。三人には手を煩わせるわけにはいかないしね。そうしよう」
「ケリフくーん。逃がさないよ」
「ひぃっ!」
しかし、足の向いた先にはいつの間にかカエラが立っている。
「アーグぅ…助けてくれ」
ケリフは俺に懇願するような目で訴えてくる。
しかし俺の家族と友達で邪な想像した報いはその身でたっぷりと受けてもらおう。
俺はにかっと笑い、親指を立てた。
「それじゃあアーグ。やってもいい?」
「あぁ頼む」
ケリフはもうあきらめたのか、座禅を組み始めた。
リスタの掛け声とともに洗濯開始だ。
まず、スフィアがケリフの全身に水をかける。
ただし威力は滝壺よりも強い。
ゴゴゴと聞こえてくる。
遠くに離れていても水しぶきで涼しいと感じるくらいだ。
「あうあうぁあ!痛ええええ!」
そしてスフィアは最後の一発とばかりにビンタした。
「私たちをあなたの妄想で汚さないでください。このクズ」
言葉には棘どころか包丁が生えている。
男にクズは耐え難いものがある。
「次は私たちの番だね」
「やりましょうカエラ!」
ケリフは既にスフィアの一撃で疲弊しきっている。
しかしそんな待ったを気にすることなく、魔法を発動する。
カエラの火とリスタの風で熱風の完成だ。
そして火の暑さはここにいる俺でも一瞬で汗をかくほどだ。
風は台風にも匹敵する。
唇がビロンと裏返り、髪が生え際から飛んでいきそうだ。
正直見てて面白い。
と同時に彼女達を怒らせるのはやはりやめようと思った。
「アッツ!」
ゴロンと草の上をのたうちまわるケリフは少し焦げたか?
しょうがない。
こうなったのも俺が原因だ。
後片付けくらいはしようか。
「[回復]」
緑色の光が包み込んでケリフはようやくまともに話せるようになった。
「アーグ。お前何してくれてんだ」
「あはは、面白かったぞお前の顔」
「あはは、じゃねえよ!おかげで俺の体はボロボロだったんだぞ!」
「まあいいじゃねえか。俺が治してやったんだし」
「もとはと言えばお前が悪い」
「そうか。でもすっきりしただろ?」
「ん?」
ケリフは今まで彼女達の攻撃の余韻に浸っていたのか、自分が本当は何をされたのか忘れているようだ。
「おっ、本当だ。体がさっぱりした気分だ」
スフィアの生成する水には不思議な効果がある。
汚れを分解してくれるし、飲めば世界中のどんな水よりもうまい。
俺は勝手に聖水なんて呼んでるけどスフィアは大したことないよって言ってくる。
それもまたスフィアのいいところだ。
最近は怖い性格を見せることがあるけど、
根は臆病で、とてもやさしい子だ。
「まあいつもはもっと優しく気持ちよくやってくれるんだがな」
「俺の頭が勝手に想像しちまうんだ。思春期男子の悩みだ」
「普通は口にはしない。それをするってことはお前の頭が鶏並みと言うことだ。
チキンヘッドだな。人間兵器からチキンに進化だおめでとう」
「お前さっきからひどいな」
「明日は休日だし、久しぶりに三人でクエストでも受けに行かないか?」
放課後の寮、俺の部屋には家族四人で集まっていた。
最近はクラスの皆で一緒に行動する事が多かったので集まることがすくなったから新鮮だ。
「いいよー!私も最近一人で狩りしてるから寂しくて」
「メルビーったら、放課後になったらすぐにいなくなっちゃうから声かける時間もないよ」
「俺もこうしてメルビーと昼間以外で話すのは久しぶりだな」
リスタとメルビーは俺の部屋のシャワーで汗を流したばかりなので、
髪が湿り気を帯びている。
6日に一度の休日では朝から狩りに行っているようで、
起きたら既にいないなんてことが多かった。
それもあって俺はリスタと休日にクエストをこなし貯金を貯めている。
その分メルビーのお陰でメルビー定食を無料に食べることが出来て食費は浮いているが、やはりこの三人で行動したいものだ。
「でもそろそろ学食のおばちゃんから食材がたまりすぎて困ってるって言われちゃったから、今度からは少しづつやるかな。
それに収納袋の容量もギリギリだったからね」
「俺たちも食べてるのに溜まりすぎって…。メルビー、あんまり頑張りすぎて体壊すなよ?」
最近は思う存分食べることが出来ているのでメルビーの体も成長してきてはいるが、俺からすればまだまだ子供だ。
その華奢な体を見て俺は少し彼女のことが心配でたまらなくなった。
そう、頭を撫でてしまったのも必然だ。
「ふぁあ…。どうしたの?アーグ、急に頭なんか撫でて」
「なんとなくだよ。そうだ、リスタあれ取ってくれ」
「はいはい。これですね」
「ん。さんきゅ」
俺が受け取ったのはこの世界ではまだ作られていないもの。
女性には必須のヘアブラシだ。
俺は男だから分からないが、髪は女の命というだろう?
だから多分必須だ。
これを作ろうと思ったのはカエラが髪が絡まるとか言ってたからプレゼントしようと思ったのだ。
カエラにプレゼントするなら白金の女性皆に作ろうと思ったが、
メルビーだけは渡せずにいた。
その分時間はあったので改良に改良を重ねて良いものができたと思う。
ヘアブラシのブラシの部分は毛玉蛙という魔物から取った毛は使っている。
リスタとクエストを探しているときにたまたま見つけたもので、
素早さとその跳躍力からクエスト難度はBとされており、受ける人も少ない。
面白そうだなと思い受けてみることにした。
素早さは毎朝シルと鍛えているから自信があった。
それにリスタもついていれば風でアシストしてもらえるだろう。
毛玉蛙の毛はしなやかで、しかし硬く、ヘアブラシにするにはこれ以上ないと思えるほどの素材だった。
そんなこともあり、クラスの女性陣には喜ばれたものだ。
そして最後の一人、メルビーは紺色のショートヘア。
俺がベッドに腰かけ、頭の位置がちょうど俺の膝のあたりになったところでブラシを入れる。
隣からはリスタが風を起こし、髪を乾かせながらのブラッシングだ。
「やっぱりメルビーの髪はきれいだな」
流れるブラシに引っかかる感覚が全くしない。
シャワーを浴びたばかりというのもあるかもしれないが、
やはり俺はきれいだと思う。
「そうかなぁ」
「そうだよ。メルビーは昔から髪きれいだもんね」
「そういうリスタこそ色がきれいだし、長くて大人っぽい。いいなぁ…ひゃんっ!」
「どうした!痛かったか!」
俺はあわてて手を引っ込める。
メルビーが頭を手で押さえたから何事かとリスタも心配顔だ。
「いや…あの、耳が」
「耳?」
耳と言っているがメルビーは頭の少し上の空を撫でているだけだ。
「耳は敏感なの…」
「敏感…あっ」
俺はそこでようやく思い出した。
メルビーは手首に飾っていたブレスレットを外した。
「すっかり忘れてたな」
「そうですね。私も忘れてました。えへへ、じゃあ外しますね」
メルビーに続くようにリスタもネックレスを外す。
俺は一応この部屋の半径100mを[索敵]で確認したが、
ルーファとソラがどこかに行っている以外人の様子は確認できなかったので二人の姿が見られることはないだろう。
シルは二人に初めて会ったときにはもう気づいていたので見られても今まで誰にも話さなかったことからも分かるが、問題はないだろう。
俺は彼女を信頼している。
「じゃあ見えるようになったし再開するか」
久しぶりに見た彼女達の本当の姿は懐かしくもあり、安心するような心地になった。
初めて会ったあの日。
あんなにも怯え切っていた彼女達はこんなにもきれいに、
そして逞しく成長したのだ。
俺にとってそれが何よりも嬉しかった。
「アーグ、耳は気を付けてね、んんっ!だから…敏感なんだってぇえ!」
「変な声出さないでくれよ。あと動かないで、ブラシできないよ」
「ふぅー!」
後ろに寄りかかり、上目遣いで睨んでくる。
顔を赤らめ、耳がぴょこぴょこする姿は何とも愛らしい。
「できた」
「おぉ、さらさらしてる!」
ブラッシング中は終始「あっ」とか「んんぅ…」とか言いながら睨んでいたが、
終わると自分の髪を撫で、
「すごいよ!ありがとうアーグ!またやってね」
そう抱き着いてくる。
が、その間にリスタが入り込む。
「ふごっ!」
「それじゃあ次は私の番ですね。アーグ、お願いします」
そういって自分のブラシを俺に預け、俺の股の間に入りながら体重を乗せてくる。
「リスタっ!もう、いつもアーグと居るのになんで私に譲ってくれないの!」
「それはだってメルビー食い意地がすごいからでしょ。自業自得だよ」
「じゃあ私今日はアーグと寝る!」
「えっ、そ、それじゃあ私も一緒に」
「だめ」
『え?』
二人の声が重なる。
だめと言ったのは俺の後ろで寝っ転がっているシルだ。
「いーや。シュルガトが何と言おうと今日は一緒に寝る」
「私もこれだけは譲れませんね。それにシュルはいつもアーグにくっついてるじゃないですか!」
「ち」
『舌打ちするな!』
今日の俺の部屋はいつにも増して賑やかだ。
それが俺の胸の奥をあっためて、気持ちよかった。
今後も精進していきますので、何卒よろしくお願い致します。




