59話:ケリフの悩み〈1〉
カイジを見てたら集中できませんでした。
ルーファ誘拐事件翌日、アイネス先生から昨夜のことが話された。
簡単に説明するといってもあの貴族一家はカエラが教えてくれた通り、
貴族位の剥奪と牢屋行、あとは国への賠償金とルーファや今まで誘拐、拷問してきた人たちへの賠償金。父親は死ぬまで労働として駆り出され、息子は数か月の牢屋生活だ。
将来この国での職業はないと思った方がいいだろう。
ただ、金クラスの中でもかなり優秀だったようで他の国に行けば雇ってもらえるところがあるかもしれないが。
もちろん学園からは退学の処分が出された。
このくらいで済んでいるのは奇跡と言ってもいい。
あんなにひどいことをしたのだ。
この事件が起きてもどこかで何らかの力が働いているのか。
しかし地下にいた人たちは俺の回復魔法が効いたおかげでこれからも支障なく暮らせるらしい。本当によかった。
そしてルーファ。
ショックは大きかっただろうに、
今日もいつもと変わりなく席で本を読んでいたのは少々驚いた。
強い子なんだなと思ったり、もしくはもう一人のルーファが支えてくれているおかげか。
それでも一つ変わったことがあるとすれば休み時間やご飯時は自分からも話しかけるようになったり、素っ気ない返事ではなく笑顔で応えるようになったのは大きな一歩と言えよう。それでもあまり多くの人に押しかけられるのは苦手らしく、
わたわたしている姿は微笑ましいもんだった。
そうそう。
筆記試験の日もそうだったが、ルーファは自分でお弁当を作ってきているそうだ。
それを見つけたメルビーは獲物を見つけたライオンのように襲い掛かっていたのには困ったものだ。
家庭的なことは基本一人でこなしてきた成果だと苦笑いで教えてくれた。
リスタも話せるのが嬉しかったのか、俺の部屋まで来て嬉嬉として迫ってきた。
明日は一緒に出掛けるそうだ。
初めは心配したが、クラスの女子全員でいくそうで、
それなら俺も安心できる。
ルーファ一人だとまたどこかの輩に連れ去られそうではらはらものだ。
「アーグー。俺はどうすればいいんだ」
リスタが帰った後、剣で素振りでもしようかと中庭で振っていた時、
ケリフが俺を訪ねてきた。
俺のもとに来るや否やいきなりそんなことを言われたものだから何事かと思い、
いつものケリフとは一変、本当に悩んでいるようなので近くのベンチで話を聞いてみることにした。
「どうしたんだ。そんな顔して。きもいぞ」
「おい!人がこんなにも悩んでいるというのにお前は薄情な奴だな」
「で、そんな顔して何に悩んでいるんだ?」
「お前…もういいや。あのな、俺」
ゴク。喉が鳴る。
俺、で止められると何か大きなことでも言うのかと期待してしまうのは世の常だろう。
俺の額に一筋汗が流れる。
「好きになった女がいるんだ」
「…あっそ」
俺は素振りを再開した。
額に流れていた汗はさっき素振りをした時に掻いたものだろう。
うん、きっとそうに違いない。
「な、何してんだよ!」
何だこんなこともわからないのか?
「これは素振りと言ってだな、俺の剣のぎじゅ」
「そういうことは言ってねぇ!」
俺はまたも剣の動きを中断した。
「じゃあなんだよ」
こいつが女の子に惚れるなんて日常茶飯事じゃないか?
会ったときから可愛い可愛い言ってはうちのリスタにも迫りやがって。
その筋肉はなんなんだ。見せ筋ならぬ惚れ筋だってか?
かあーーー!
俺は生涯こくられたことはおろか友達すら一人だったんだぞ馬鹿野郎。
「だから、その、な?」
ケリフは少しだけ顔を赤らめながら頬をかく。
いや、男の赤面顔ほど需要のない物はねぇ。
そんなしおらしくするなよ。うっかり吐き気がする」
「人がせっかく悩みを相談しようってのになんなんだよ!
うっかり吐くな!俺の恋愛は汚物に汚されていい物じゃねえんだよお!」
おっと、声に漏れていたのか。
それでもこんなに真剣なのか。少しふざけすぎたか?
いやしかしこいつのことだからいいか。
そう思い、もう一度ベンチに腰掛け次はしっかりと話に耳を傾けた。
ケリフは「お前ちゃんと聞くよな?」と嫌な顔しながら聞いてきたから、
「は?いやなの?素振りするけど?」って言ったらバカみたいな筋肉で肩を掴まれ、
な?みたいな顔をされた。
「んっんん!それで、俺の思い人って言うのはだな。エ」
「エルカさんだろ?」
「うん。私もそう思うよ」
ケリフが言う一言前、俺は分かり切っていたことを口に出す。
それにいつからいたのか、後ろからも同意見の声が聞こえる。
「な、何で知ってやがる…。まさかっ!」
「あーあー、違うから。お前分かりやすいから」
「だよね。流石に気づいている人の方が多いんじゃないかな」
思い当たる節はいくつかある。
いや、ありすぎてわかりやすいのか。
こういう奴だと思っていたが、ここまで相談してくるってことはかなり本気なのかもしれない。
「そうか…。そんなことよりヘンクはいつからそこに!」
俺たちの座っているベンチに肘を乗せるようにして耳を傾けているヘンク。
遅れて反応するようにケリフがヘンクへと向き直る。
ヘンクは面白そうな話があるなといった顔でにこにこしているのが少しだけむかつくがこいつもこういう奴だ。
この数か月、一緒に過ごしてきたが自分のことは話さないくせに他人の事情にはすぐ首を突っ込んでくる。
到底王家の人間には見えない。
いたずら好きの男の子のようだ。
「まあいい。そうだ、お前らの言う通り俺はエ、エ、エルっ、エルカさんがす、す、好きなんだよ!」
ついには顔が見えなくなるほど下を向き、耳が真っ赤になるほど恥ずかしいようだ。
その様子にヘンクが笑いをこらえている。
「俺はどうすればいいんだ!」
「あああ言っちまったぁ」と小さく叫ぶケリフについに耐えきれなくなったのか、
腹を抱えながらヘンクが地団駄を踏んでいる。
横を通りすぎる女の子も隣の子とひそひそ話をしている。
「はぁ、笑った笑った。それでケリフ君。君はエルカ君のどこが気にいたのかな?」
「俺は…エルカさんの、すべてに惚れた」
一瞬言いよどんだケリフだったが、
赤い顔はそのまま、だがその顔には男が浮かんでいた。
「そうか、全てか」
「あぁ、俺はエルカさんの優しさ、容姿、剣技、努力、他にもたっくさんの姿を見てきた。
その全てに惚れたんだ」
ただ、堂々とその心は間違ってないと確信している顔をしている。
それは声からもわかる。
芯があった。
決して一時の心の揺れではないだろう。
生半可な気持ちでこんなに真剣な顔をする人はいない。
「手ごたえはあるのか?」
俺は真剣なケリフの意思を汲み、いつもふざけているこいつのことを応援したくなった。
例え叶うことがなくても、想いを伝えずに終わることの苦しさは…俺が一番分かっている。
恋心は当たってなんぼだ。
俺は一生、いや俺の場合は二生なのか。
これまでで一度だって色恋ごとには関わってこなかった。
「分からない…。エルカさんと二人で出かけたことはあるが。俺は今まで本気で人にこう…こういう感情を持ったことがなくてな、分からないんだ」
今度は眉間にしわを寄せ、頭を掻いている。
俺もこれには困ったものだ。
確かに協力したいのは山々だ。
ただ、俺もケリフと同じ、女心という物が分からない。
「そうか、すまないが俺も分からない」
「お前の周りには女の子がたくさんいるだろ!なんでだよぉ!」
泣きついてくるケリフを離しながら、
「どうするか…でもお前と二人で出かけてもいいってことくらいにはお前を信頼してるってことだろ?それなら少なくても嫌われてはいないよな」
ふーむと唸る。
それもエルカさんの優しさなのかもしれない。
あぁ、考えれば考えるほど混乱してくる。
そこへ、一隻の助け舟が流れてきた。
「それなら私によい考えがある」
なんと60話目。




