58話:ルーファの悩み〈4〉
学校が始まり一週間。
授業が眠くて大変です。
解散した後、俺はルーファの部屋を訪れていた。
寝ているかと思ったが、ノックをして数秒後静かな声が聞こえ、
「はい」
扉が内側から開き、ルーファがちらっと顔をのぞかせた。
その顔をどこか疲弊しており、目は眠そうにトロンとしていた。
俺はルーファの様子に今邪魔をするのは迷惑かと思い、
「ごめん。また、明日来るよ」
そう言い、扉を閉めようとしたが、
「大丈夫です。少しなら、お話しできますので」
「そうか…」
少しだけルーファの休憩を邪魔したと思い罪悪感が出てきたが、
ルーファが扉を開け迎え入れてくれた好意を無碍にするわけにはいかないと思い、
どこか甘い香りが鼻孔をくすぐる部屋へと足を踏み入れた。
「それで…」
装飾が少なく、女の子の部屋とはあまり思えないが、
元々部屋に常備してあるソファーに二人で腰かけると、
肩と肩が触れ合いやわらかい感触が脳を刺激して鼓動が早まるのが分かる。
これが女の子効果か?
なんの変哲のない部屋が女の子がいるだけで無性に意識してしまうのは男の性という物だろう。
しかし、隣のルーファを見た俺は体の熱が抜けていくのが分かった。
あの図書館の帰りにルーファが見せた悲しそうな表情を顔に貼り付けていた。
「さっきの私なんですが…」
その言葉に炎を操る彼女の姿が次々と思い出される。
今の彼女からは考えられないようなほど激しく、
自信に満ち溢れているように見えた。
するとルーファが一呼吸置き、
「忘れてください!」
いつもの数段大きな声でそう、言った。
俺は呆気にとられていたが、
それを無視しながら言葉を続ける。
「あれは私の本当の姿ではないのです」
少し顔を赤らめながら、でも悲しそうに昔の話を語ってくれた。
ルーファ=サラム、いいえ、ルーファ=ハセラ=サラムというのが私の本当の名前です。
今から12年前、ハセラ王国という小さな国に生まれました。
今その国がどうなっているか私にはわかりません。
でも、あってもなくても、今から戻るのかと言われれば私はこう答えるでしょう。
———帰るわけがない
国王に従う側近として働いていた私の母は、
ある日国王との間に子供を授かりました。
それが私ルーファです。
私がひいき目なしに見ても美人と胸を張って誰にでも自慢できる母だったのです。
その容姿を気に入った父、国王はその権力を用い、今思えば愛もないまま、自分の欲望を満たすために母を抱きました。
しかし母は言いました。
「悲しくなんてしてないわ。だってあなたに会えたもの!」
その笑顔はいつまでも私の記憶に残っています。
そんな私を産んだ母を待っていたのは地獄でした。
父も容姿だけはよく、それに加えて権力者ということもあり城に働いていた女性達は何とか自分を見てもらおうと必死でした。
ただ、母はそんなことは思っておらず、それなのに国王との間に子をなしたことで妬みや嫉みが母へと向けられ、それは段々と目に見える形になりました。
その頃の私は母の笑顔を見て育ったのでそんなことには気づくはずもなく、
5歳の頃、母は私を残して突然いなくなってしまいました。
いつ帰ってくるのか。
そんな毎日を過ごしている私は城内である話を聞きました。
それは母がいなくなってよかったね、や、死んで当然よと言った母への悪口でした。
母が死んだという事実に気づいてしまった私にはもう一人の私が生まれました。
もう一人の私は城を燃やし、母の形見のペンダントだけを持って逃げたようです。
他人ごとのようですが、私にはその時の記憶が残っていないのです。
ただ、この胸に燃えるような何かだけは感じていました。
母が私に残してくれたこのペンダント。
これには母からのメッセージが残されていました。
魔力を通すと反応するこれには母の声でこう、録音されていました。
「んっ!んん!えー、ルーファが聞いてくれてると思って話をします。
これを聞いてるってことはもう、私はそっちにはいないよね。
ごめん、あなたを残していなくなったりして。
最近周りの人のあたりが少しきつくてね。あはは。たぶんもう…。
そこで一つ、あなたに注意しておきたいことがあるの。
これはあなたの今後に関わることだからちゃーんと、聞いてね?
あなたにはなんと!魔法の才能があるの!
あはは、私は何もできないんだけどねぇ。
昔からあなたの周りには火事が起きたり、何かが燃えたりなんて。
大変だったのよ!あなたを育てるのは。
でも楽しかったなぁ、あなたとの時間は。
だけどね、その力は特別だけど使い方を間違えたら人の生死に関わるほどの大事なことなの。
私には生憎魔法を使えるような友達はいなくてね、えへへ、
昔から友達が少ないのは私のアイデンティティーかな?
だから、あなたには環境がそろえられなかったの。
本当にごめんなさい。
そこで私からの願いを聞いてくれるかな?
その魔法を誰か、ちゃんとした人と環境がそろうまで使わないでほしいの。
だ、だからってあなたの身に危険が及ぶときは使っていいのよ!
あなたの身の安全が一番だからね!
でも、その魔法のせいであなたがどこかの国に捕まったり、
魔法の誤爆とかで危険な目にあってほしくないの。
傷ついたら私怒るからね!
まあ言いたいことはこれだけかな。
本当に、あなたの傍にずっといられなくてごめんね。
でも私はずっとあなたの心に居座るから!
愛してるよ。ルーファ」
そこでこの音声は終わった。
私は涙を流し、一人旅に出た。
それからというもの、私は魔法を使うことがありませんでした。
ただ、どうしようもない危険に陥ったとき、
もう一人の私が魔法を使ってくれました。
最近ではもう一人の私になっているときの記憶も残るようになり、
静かな所で集中すれば胸の中で会話をすることが出来ます。
ただ、私の憎悪や恨みから生まれたあの子は気性が荒いというか、
少し困ったところがありますかね。
でも私の窮地を助けてくれるあの子には感謝をしても足りないほどです。
「こんな、ところですかね」
ルーファは少しだけ微笑みながら、頬に流れた涙をぬぐった。
俺はどう言えばいいのか困っているとルーファがソファーから立ち上がり、
「アーグさん迷惑かけてごめんなさい」
その口から出たのは謝罪の言葉だった。
「いやいや!俺は良いんだよ!
あの子もルーファを守るためにやったことだし!
あの子がいなかったら俺は何もできなかったし。
でも本当に助かってよかった。もしルーファが傷ついたらお母様に怒られるところだったな」
その言葉を聞いたルーファは少しだけ驚いた表情をしたが、
次の瞬間には笑いだした。
「でも私の魔力が強くなってきてしまって指輪で抑えていたんですけどね。
拷問されてるときに指ごと切られてしまって」
それでもあははと笑うルーファに俺は苦笑いするしかなかった。
痛いだろうに、こんな苦笑いですむなんて強いな、なんて思いながら、
「試験も筆記で受かってたからてっきり魔法が使えないのか思ってたのにな」
頭に思っていたことを聞いてみる。
「はい、母は危険な時に使えと言ってましたけど私が魔法を使おうとするとあの子が出てきてしまってそのたびに暴れるので」
そうか。心配症なんだな。
そんな俺の頭にふっと、一つ案が浮かんだ。
「アイネス先生に見てもらえばいいんじゃないか?」
ルーファはううーんと言いながら、
「そうですね、あの人はあれでも魔法に関してはすごい人ですからね」
「そうだな」
俺は彼女の笑う顔を凝視してしまった。
「どうか、しましたか?私の顔に何かついているでしょうか?」
ルーファは不思議そうな顔をしながら自分でぺたぺたと触っている。
そんな彼女も微笑ましくて、つい笑みがこぼれてしまう。
「いや、普段無表情だからそんなルーファが珍しくて。
こんな表情もできるんだなって思ったらな」
ルーファは顔を少しだけ赤くしながら、
「私見ての通り人と話すのが苦手でしてね。一人旅の途中でよく男の人に暴力や拉致やとされるので、こんな性格になってしまったのです」
「そうだよなぁ。ルーファは美人だしそう言うのもあるのか」
俺がぼそっと言った言葉に赤かった顔をさらに赤く染めながら、あたふたと手を振る。
「そ、そんなことないですよ!私はこんな性格だから狙われやすいんです!」
「あはは、それくらい話せれば十分じゃないか。こんどリスタ達とも話してくれよ。
あいつも話したい話したいってうるさくて」
「そう、ですか。できるかわかりませんけど…頑張ってみます」
「うん。頑張れ。そういえば俺のことはアーグって呼んでくれなのか?」
「えぇ!あ、あの時は必至だったからで!今は、無理です…」
それから俺たちは少しだけ談笑し、おやすみと言い別れた。
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