56話:ルーファの悩み〈2〉
57話目です。
「ルーファ!」
この屋敷の兵は外の騒ぎを聞きつけ皆そちらに行っているようで中には人の気配がしなかった。
リスタとカエラなら何とかやってくれるだろう。
それよりルーファだ。
地下にいることは分かっている。
だが肝心の階段がないのだ。
時間がない…。こうしている間にもルーファから感じるオーラを恐怖の感情が侵食していっている。
あれは…。
アーグが見つけたのは如何にもそれだといった扉だった。
見た目は普通の扉と何ら変わらないが、鍵が何重にも掛かっている。
扉の先には三人の気配が感じられる。
生憎アーグはここの鍵を持っていないがそんなものを探している時間はない。
ゼロ距離で扉に体当たりする。
これは親譲りかはたまたシルの訓練の賜物か。
[身体強化]によって作られた瞬発力は扉を壊すには十分すぎるほどの物だった。
扉を破壊し、転がりこんだ部屋の中には俺が入ってくることを予測していたのか三人の男が武器を構えていた。
ただしかし、俺がこんな形で入ってくるとは思ってなかったのか。
奴らのうちの一人を巻き込みながら転がり込んだため一人は気絶、
二人は唖然とした表情をしていた。
臭い…血の匂いがする。
この部屋に入ったときから感じていたが、この部屋の奥、
扉の隙間と言ったところか、そこから血の匂いが漂ってきている。
それが俺の心臓を加速させる。
「アーグ…」
血に染まったルーファの姿が頭によぎる。
「あぁ…やめ、ろ…」
自然と涙が頬を伝い、手に込められていた力はどこかに抜け落ちていた。
———何を諦めているんだ。
頭の中で俺の声が響いた。
瞼を開けるとそこには、俺がいた。
俺、春日葉一の姿をした俺だった。
「お前は…」
俺を見落とした俺はどこか悲しそうな顔をしていた。
「何も変わってないのか」
ズキンと胸が締め付けられる感覚になる。
痛い、痛い、痛い。
俺がこの世界で目指してきた物は何だったのか…。
「怖いんだ…」
口からこぼれるようにそんな言葉が出てきた。
何を言おうと決めたわけではない。
自然と、出てきたのだ。
「ルーファが居なくなるって。俺の力がないばっかりに」
俺を見下ろしているその目には相変わらず生気は宿っておらず、
ただ悲しそうな、呆れたような。
俺はそれが嫌で、顔をそむけた。
しかし、冷たい手が俺の両頬を掴み、させなかった。
「違う。お前には力がある。俺が持っていなかった、誰かを、大切な人を守れる力が」
「え…」
「想像だけで決めつけるなんて俺はどんだけ浅ましい男に成り下がったんだ?
俺が見てきた俺は努力をしていた。
ただひたむきに、ただ強く、誰かを守る力を得るために努力をしてきた。
それが勝手に想像し、その妄想を受け入れるしかないと諦め、なんてお前はとんだクズだな」
俺はその手を掴み返した。
その言葉が真実だとしても、それ以上聞きたくなかった。
「ルーファはお前は今どうしている」
「困ってる。助けを求めている」
「ルーファはお前のなんだ」
「俺の、大切な人だ」
「やるべきことは、決まっているだろう」
「…あぁ」
やるべきこと。
と同時に、俺が俺を殴りかかる姿が見えた。
「痛えなぁ。でもこんなのはなぁ。
ルーファの感じている苦しさに比べたら糞ほどにもならねぇんだよっ!」
部屋に充満した血の匂いがあの時を思い出させる。
死の直前、雪の手を握ったあの瞬間を。
手に残ったぬくもりを拳と共に握りしめた。
今の俺には大切な物がたくさんある。
リスタにメルビー。カエラにスフィア。
母さん、それに親父だって。
俺はこの世界で大切な物がたくさんできた。
あの時の俺にはなかった、この努力してきた力もある。
待っててくれ。今、行くから。
「[斬撃]!」
俺の剣から飛び出した刃は空気を切り裂き、二人をまとめて吹き飛ばした。
壁に頭を強打し、白目をむいて気絶している。
俺は壊れた扉とは違うもう一つの扉に手をかけた。
扉を開いた途端、むせかえるほどの血の匂いが漂ってくる。
辺りは薄暗く、壁に掛けられた蝋燭だけが朧げに照らしている。
奥へと続く部屋の両側には牢屋があり、中には男女に関わらず服を着ていない。
その体には数えきれないほどの切り傷と打撲痕が残っており、
その目は焦点が合わず体には骨が浮き出るほど痩せこけていた。
「……」
部屋の奥からうめき声のような物が聞こえてきた。
俺はその声の主の元へ走り出した。
「ルーファ!」
オーラが近づいてくる。
気配は…一人か。
部屋の奥にたどり着いた俺の目に飛び込んできたのは拷問器具の数々、刃物、そして、
「ルーファ…い、今助けるからな!」
傷だらけになり、手錠で天井からつるされているルーファだった。
その手には指が数本残っていた。
剣で鎖を切り、ぐったりと倒れこむルーファを抱きかかえる。
「ルーファ!しっかりしろ![上級回復]」
体の傷が深緑色の光で包まれ、瞬時に癒えていく。
少しだけ目を開けたルーファが口を開いた。
「アー…グさん。逃げて…」
「え…何言っ」
ドンと後頭部に衝撃が走る。
「あーあ、助けてくれた王子様はあっけなくやられちゃったね」
「なんで…私にすればいいじゃないですか…」
「うんうん、そうだねぇ。そこの輩が治してくれたしね」
ルーファははっと目を見張り、自分の体を見回す。
薄暗く見ずらいが、さっきまであった傷が消えている。
この男につけられた傷が。
そこの輩と男が言ったことで気づいた。
これはアーグさんが治してくれたんだ…。
「アーグさん!起きてよ!」
それを見た男は高笑いをしながらもう一度アーグを叩きつける。
「はっはっは!気持ちがいい!この私を馬鹿にしたことを後悔するんだな!」
その男は初めてアーグとルーファが会うきっかけになった男だった。
それだけではない。
親睦を深めようとクラス皆で町に出たあの日の集合場所にもいた。
「やめてください!私を痛めつければいいじゃないですか!
アーグさんは関係ないです!」
「私には関係あるからな。今までお前を何度も捕まえようとしてこいつに邪魔されてきたことか。どけ!こいつには今までの鬱憤を倍で、いやそれ以上にしてお返ししてやる」
アーグをかばっていたルーファを蹴り飛ばし、アーグの体を何度も何度も叩きつける。
骨は折れ、頭からは血が滴っている。
そんなアーグをルーファがまた抱きしめた。
「アーグ!!!」
「はっはっはっはっは…は?」
その言葉もお構いなしに振り下ろされた鈍器はアーグに叩きつけられることなく、止められた。
それどころかアーグの体を囲うように深緑色の光がまとわりついている。
「アーグさん…」
「どうだ?鬱憤とやらは晴れたか?貴族さんよ」
それを止めたのは紛れもない、アーグ自身だった。
「な、何故立っている…」
貴族の男は後ずさり、額には汗が一筋流れている。
余程アーグが立ったことが不思議だったのか。
アーグは貴族の男を壁際に一歩一歩追い詰めていく。
「知らなかったのか?俺の特技は回復なんだよ」
ついに男の背中は壁についてしまった。
「俺の大切な人を傷つけた罪は重い。
一発で終わらせるのは俺の気が収まらないからな…そうだな、ここにはちょうど良い道具がいっぱいある。一つずつ試していってみるか?」
そんなアーグに追い詰められていた男だが、驚きの表情から一変、
「一発で仕留めておけばよかったのにな」
一言だけ言い、黒いローブに身を隠した。
そして、ローブに身を包んだ男は気配と共にアーグの前から消え去った。
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