52話:サラムとあんこと茶
今日で2019年も終わりですね。
早い物ですねっていうのも常套句すぎてたまらないですけど、本当にそんな感じです。
今年はオタクにハマったり、嫁ができたり、コミケに行ったり。アニメ関係しかありませんねぇ。
皆さん来年はもっと良い作品にしていくので、そんな私を支えていただけたら嬉しいです。
一日の授業が終わった。
今日の内容はあのロールさんが教師として俺たちに体術や剣の扱い方を基礎から教えてくれた。
やっぱり俺の予想はあってたな。
俺のクラスは半分くらいが魔法を専門としていたが、
皆元の能力が高く、今日だけでもかなり上達した気がする。
かくいう俺は武器を使うことが少ないが、腕前はケリフと同じくらいだった。
まあ前世の中学校時代に某黒の剣士にあこがれて少しだけ竹刀を振り回していたからか。
それからアイネスさんの魔法とスキルの関連について教わった。
やはり世界一か、はたまた魔導士の称号持ちか。
どちらにせよ授業の内容がかなり難しく、授業の内容をメモするだけでいっぱいっぱいだ。
メルビーは寝ていたところを火球で起こされるわ、ケリフは余計な事を聞くわで楽しくやってます。
午後のおやつ時。俺は敷地内にある図書館に向かった。
シルはどうやらアイネスさんに呼ばれていたようで、顔をこっくりこっくりさせながら部屋を出て行った。
今日はなんだか背中が軽い。
この学園の図書館は蔵書数が多く、学園の生徒も多く利用している。
何しろ授業を授業中に理解するなんて至難の業だからな。
それができたら俺は勉強なんてしないな。
まあそんなことが出来るわけもなく、ここにきている次第だ。
扉を開け、中に入ると本独特のにおいが鼻に広がる。
目を閉じれば生徒がページを繰る音が聞こえ、どこかでは恋人同士が教えあっているのか、
笑い声が聞こえてくる。
俺はこの静かすぎず、うるさすぎずといった微妙なラインが好きだ。
何故か心が落ち着き、集中力が増す気がするからだ。
奥へ進むと机が何だいか置かれ、ところどころに生徒が勉強をしたり本を読んだりする姿が見える。
そこで俺はよく見知った生徒を発見した。
何となく隣に腰かけ、普段とは変わり、眼鏡をかけた彼女に話しかけた。
「ルーファは読書か?」
相当本の世界にめり込んでいたのか、
俺が話しかけるまで座ったことすら気づいていなかったようだ。
ビクッと体をわなわなさせ、ゆっくりこちらを向く。
俺の顔を見て一呼吸を置き答える。
「アーグさんですか。はい。今読んでいるのは『あんこと茶』という本です」
甘味が好きなのか?たしかに甘さを口に広げてそこに茶を流し込むのは最高だ。
すっきりするのがとても気分がいい。
ルーファは質問には答えた、そんな感じにまた本の世界へと入っていった。
俺もそこを邪魔する理由はない。
なにせ本を読んでるときのルーファの微笑みがきれいでこんな姿をあまり見たことがないからな。
俺は授業で取ったメモを机に広げ、勉強の世界に入っていった。
ふと、俺の肩を叩く人がいた。ルーファだ。
ルーファから話しかけられることに少し驚いたが、どうしたと質問すると、
俺の書いていた式を指さして、
「そこ…ちょっと違います」
え?と思い、自分の書いた式を見直すがわからない。
ううーんと悩んでいるとルーファがまた話しかけてきて、
「ちょっと貸してください」
自分の椅子を俺のすぐ近くまで寄せてきた。
距離にして目を閉じればコンマでキスできる距離。
そんな俺の邪な考えなんかに気づくことなく、
ルーファは説明を加えていく。
俺は一度顔をパンっとたたき、余計な煩悩を振り払いノートに向かい合う。
「ありがとう。ルーファのおかげで大体理解できたよ」
日が沈み始め、辺りもだいだい色に染まり始めた帰路でルーファと俺の二人で歩く。
この時間になると皆寮に帰るため、周りには数人の笑い声と話し声が聞こえるくらいだ。
「いえいえ、私はあなたに助けられてばかりですので。
これくらいはさせていただかないと」
眼鏡は外し、今は長いまつげと赤い瞳孔がよく見える。
本当にきれいだ。
腰まで伸びた赤い髪は風にあおられ、さらさらと揺れている。
「その…敬語にしなくていいんだぞ?クラスメイトなんだし」
本を読んでいた時の表情とは変わり、
今はまたいつもの無表情に戻っている。
どこか遠くを見つめ、口を開く。
「昔からこうなんです。だから今さら直せと言われてもなんというか」
その言葉に嘘はなさそうで、少し悲しそうに次の言葉をつづけた。
「私、実技試験を受けずにこの学園に入ったんです。
体力はないですし、魔法も...あまり。だから皆さんがうらやましいです」
俺は何といえばいいのかわからなかった。
そんな俺の顔から読み取ったのか、手を振り、
「いいんですよ。私はこうですから。昔から…着きましたね。
ではまた明日の授業で。おやすみなさい」
何か言おうと思ったが、その前に走っていってしまった。
彼女にもいろいろあるのだろう。しかし今の俺にはわからない。
俺はその背中を追うように、ゆっくりと自室へと戻っていった。
部屋に戻るとベッドにシルがうつ伏せで寝ていた。
仮面を横にずらし、覗くと眉間にしわを寄せ唸っていた。
アイネスさんに何されたんだ?
シルの目にかかっていた銀色の髪を指で撫でながら天井を見た。
赤髪の少女のことを考えながら。
「んん…」
頭を撫でていた手に冷たい感触が広がり、俺はそちらへと目を向ける。
仮面は元にずらされていたが、なんとなく睨まれている気がした。
「起きたか」
一言だけつぶやき、手を放して浴室へと向かった。
ノズルを捻ると暖かい雫が降ってくる。
そしてすぐに髪を滴り落ちていく。
この水はどこに行くのだろう。
そんなどうでもいいことを考えながらまたあの少女のことを頭に思い浮かべる。
いつも真面目な顔をして、返事もどこか上の空。
でも本を読んでるときだけは少し微笑みを浮かべ、
甘味に茶という組み合わせが好きと新たな事が知れた。
確かに俺たちはまだあって間もない。
だけど俺には何となく彼女はいつも自分を隠して過ごしてるように見える。
本当はもっと笑顔でいっぱいな少女だと思う。
だって俺に勉強を教えてくれていた時の彼女は時折そんな素敵な笑顔を見せたから。
いつもの彼女には決してなかった、そんな笑顔が。
「まあ、今はこんなことを考えても意味ないか」
ノズルをさっきとは逆方向に回し、降り続いていた水を止める。
きゅっと音を出し、止まったことを頭とは無自覚に感じ、でようと扉に手をかけたとき。
その一瞬前、扉が開いた。
俺は考え事をしていたので一瞬何が起きたか理解できなかった。
ひとりでに開いた?いやそんなわけない。
魔法のあるこの世界ならありそうな話だが…。
そんな俺の悩みをよそに、開いた本人が顔に手を伸ばし、顔を外す。
正確には仮面を。
「ん」
「え…」
俺が顔を上げるとシルが生まれたままの姿で立っていた。
俺が困惑していることはつゆほども知らないといった感じでずかずかと浴室に入り、
そのまま扉を閉められてしまった。
だけど何故か俺は胸が高鳴りもしなければ邪な考えも浮かばなかった。
それを自然に受け入れたのだ。
「ん」
「お、おう」
俺は彼女に続いて風呂に入る。
何か頭のねじが外れたのか。
そう思われてもおかしくないと思いながらも彼女と背中合わせに湯舟に腰かける。
背中に当たる感触は暖かく、それが無性に俺を安心させて頼もしい。
小さいのに俺はこの背中には絶対ついて行きたい、そう思った。
お湯が波打つ音以外には静かな物で二人ともしゃべらずに自らの疲弊を癒していく。
そんな静寂を破ったのはシルだった。
波が揺れる音が大きくなり、背中にあった感触がなくなる。
かと思ったら腰に手を回し、背中にやわらかい質感が伝わる。
俗にいうあすなろ抱きだ。
「あ…」
シルはそのまま耳もとに顔を近づけ、ささやく。
「———————」
胸が温かくなった。
シルは言い終わり、そのまま浴室を後にしていった。
俺も少しだけ体に浮かび上がった汗をもう一度シャワーで洗い流した。
シルの言葉が胸に溶け込み、シャワーでは到底洗い流されることはなかった。
ベッドに戻るとシルは早くも寝息を立て、すやすやと夢を見ていた。
「ありがとう」
一言だけ言い、俺も夢の世界へと入っていった。
読んでくださりありがとうございます。




