50話:魔力強化
50話目です。
「はーい皆着席。皆に朗報だよー」
教室の扉を開けながらアイネス先生が入ってきた。
「なんすか先生。ついに彼女でもできたのか?」
ケリフは笑いながら茶々を入れる。
しかしその言葉に誰も反応せず、
「今日から授業が始まります!」
『いえーい!』
「あれ…聞こえてるよね」
場所は変わって地下、通称魔力鍛錬場。
名前の通り己の魔力を鍛えるための場所だ。
魔力は魔法を使う者は勿論、アーグやケリフ、メルビーなどの近接戦闘を主とする者も[身体強化]で必要となる。
[身体強化]で質の良い魔力を使うことが出来ればリックのようにそんじゃそこらの冒険者では武器を使っても傷をつけることすらできない肉体を獲得することが出来る。
シュルガトの使う魔素はまた別の物だ。
魔力は個々人では確かに量は異なるが、ステータスとして持っているため、少しだけ練習するだけで誰でも使うことが出来る。ただし、人の体力と同じように使い続ければなくなるし、休憩すればまた元に戻る。
これと比べて魔素は化石の様なもので、生物の死によってそこから魔力が空気中にはなたれ、さらに凝縮をすることで発生する。しかしこれを操れる者は世界でもシュルガトとアーグだけだ。
しかもこの事実、世界中の誰も知らない。
そもそもの話、魔素を使えるのがシュルガトとアーグだけだからだ。
ならアーグとシュルガトは魔素だけを鍛えればいいんじゃないの?
そうではない。
いつの日かシュルガトが言っていた、
魔素でできることは少ない。
今のところアーグは[身体強化]を改良した[身体強化改]しかできていない。
しかし魔力があれば自分の使えるスキルを増やすことが出来る。
それはすなわち攻撃の手段、生活水準の向上、そのほかにも生きていく上でとても助かるのだ。
「じゃあこの魔力石に向かって自分の魔力を放出してね。
放出した魔力の量に応じて色が変わるからね」
アイネスさんが部屋の奥から箱を持ってきた。
その中には角ばった黒い光沢を放つ石が並べられていた。
俺はその一つを取り、まじまじと眺め、自分の出せる最大の魔力を放出しようとした、
「あ、いきなり全力はお勧めしないし、これからもやらないでね」
「だから!先に言ってよ!」
あぁ、この人はこういうところがあるから苦手なんだよ。
ほら見ろ、にやにやしてるぞ。
「はい先生」
カエラが手を挙げた。
「なんでですか?」
「うむ、実にいい質問だ」
え、どこが?みんな思ったよね?
なんでみんな頷いてるの!
何皆俺は思いつかなかったみたいな顔してるの…。
「ではここに魔力石を置く。
皆見えるかな?そして、これは高度な技なんだけど魔力を固まりとしてこの石に放出する」
アイネスさんの手から放たれた魔力玉とでもいうのか、それが石にぶつかったかと思ったその瞬間、体に衝撃と不快感の様なものが走った。
「なんすか…先生。俺気持ち悪いっす」
「私もダメ…かも」
ケリフとメルビーは口を押えながら倒れこんだ。
「あっと、少し量を間違えたようだね、はは」
はは、じゃねえよ!
でもその二人の他にはソラが少しだけしかめっ面をしていること以外には平気そうだ。
「この石には受けた魔力をそのまま放出するという特性があるんだ。
今は私が持っていなかったから空気中に放出されたけど、持っている場合はその人の体内に出される。空気中では分散されるから少なからずその濃度が薄くなるけど、そのまま体内に返されちゃうと今の二人みたいになるから少しずつ慣らしていこうね」
でも一つ疑問がある。
なんでこの二人だけ倒れたのか。
確かに俺も不快感の様なものは感じたがそこまでではない。
「アーグ君。何か困っているような顔をしているね」
見透かされていた。
「まあ、はい。なんで二人だけ倒れたのかなと」
俺は思ったことをそのまま口にした。
嘘をついてもこの人は気づきそうだな、そう思ったから。
「そうだね、ではリスタ君。魔力はどこで生成されるか分かるかな?」
突然さされたリスタは一瞬ビクっとしたが、すぐに答えた。
「体内…ですかね」
「正解だ。そしてそれは人それぞれ作られる魔力が違うことを示している。
みんな二人みたいに倒れないにしても不快感を感じたんじゃないか?」
皆確かに、といった感じで顔を見合わせた。
「本当だったらケリフ君やメルビー君のように倒れるのが普通なんだけど、
そこは白金クラス。皆魔力に慣れている証拠だ」
ケリフが落ち着いたのか、ふらふらと立ち上がりながら、
「おいおい…それって俺たちは弱いみたいじゃないか」
「ふむ、その考えもあるかもしれない。だけど逆に君たちは他の皆にできない近接戦闘ができるってことじゃないか?それに魔力を鍛えるためにここに来たんだ。
これからさらに強くなれるって思ったら良くないか?」
なるほど。そう言ってケリフはやはり少し辛かったのか横に在った椅子に腰かけた。
「他人の魔力が体内に侵入すると、それが自分の魔力と反応して不快感や気持ち悪さを起こす」
自己と非自己か。
「普段から他人の魔力を受けている人は体の表面に膜ができるんだ。
それのおかげで和らげてくれる。
はい、不快感を受ける説明は終わり」
「ちょっと待ってください!なんで俺は倒れないんですか?」
「うーん。多分フィルがいつも魔力弾を当ててたんじゃないの?」
思いかえしてみれば…。
俺が村で歩いているとき急に気持ち悪くなって気絶したことあるなぁ。
起きたら自分の部屋で寝てるし何事かと思ったぞ。
「思い当たる節があるようだね。うんうん。
それで一人でやるときは魔力の循環が早まるからそれはそれでまた気持ち悪くなる」
それを聞いたルーファが質問した。
「あ、あの…」
「どうしたルーファ君」
「それのどこにリスクが…あるんでしょうか…なんて」
「うん。良い質問だ。
二人で魔力を増やす方法は知ってる?」
カエラがあっ、と言い、
「手をつないで、魔力を置くりあうやりかたですよね!
ってことは、それを一人でできるってことですか?」
「ご名答。これはそれよりも循環が早く行われるからね、こっちは魔力操作の上位互換みたいなものかな。まあどっちも魔力量は増えるんだけど、二人でやる方がその相手との差によって増えるからね。まあ、分かるよね?」
「よしっ、メルビー君とケリフ君も元気に戻ったことだし、やってみようか」
皆の手には魔力石が握られている。
皆息を合わせ、
白い天井。ふかふかのベッド。ここは…。
「うぅ…。なんでここにいるんだ?」
俺が体を起こし、周りを見回すとここが救護室だとわかった。
記憶をたどってみる。
皆で息をあわせて魔力石に魔力を流して…。
俺の魔力石に魔力弾が飛んできて…。
え?なんで魔力弾が飛んできてるの?
あぁ、アイネスさんのあの顔が瞼の裏に浮かんできた。
「アーグ!やっと起きたの!よかった…心配したんだからね」
さっきからベッドに顔を突っ伏して寝ているカエラが飛びついてきた。
「どうどう。あまり騒ぐな、寝起きは頭に響く…」
「あっ、ごめん…」
カエラがシュンとしてしまった。
この姿を見ると俺の胸がズキンとしてくる。
あぁ、俺ってやっぱり女の子に弱いのかもしれない。
「ありがとな。看病してくれてたんだろ」
頭に手を置き、いつものように撫でる。
「うん…、二日も寝るなんて」
「そんなに寝てたのか!それはすまなかった」
でもなんで…。
「やあアーグ君。調子はどうかな」
アイネスさんがにやにやしながら部屋に入ってきた。
マジでむかつくな。
「アイネスさん!なんであんなことしたんですか!」
そう言わずにはいられなかった。
「ん?私は何かしたかな?」
何をしらばっくれてるんだ。
「いやだから!なんで魔力弾なんて飛ばしてきたんですか!
それのせいでカエラに心配かけたんだぞ!」
(そこなの…)
カエラが何か小さな声でつぶやいたが聞こえなかった。
今はそんなことはどうでもいい。
「待て待て。私はそんなことしていないぞ」
「じゃあ誰が」
俺の言葉を遮るように、
「シュルガト君だね」
「ん」
股のあたりがもぞもぞと動いた。
「え…」
恐る恐る布団をめくると、果たしてシルがそこにいた。
「何してんの…」
「んん」
アーグの魔力を増やすため仕方がなかった。
「まああのやり方は私としてはやってほしくないんだけどね…」
「どうゆうことですか?」
アイネスさんが頭をポリポリと掻きながら答えた。
「二人でやるやり方は教えたよね」
「はい」
「それと魔力石の合わせ技のようなものなんだけど、
魔力石は循環するのが早くて、二人でやるのは魔力量が増えるでしょ?
それを魔力石を持ってる人の魔力石に向かって魔力を大量に流すことによって一気にどちらもやっちゃおう!みたいな?
でもその反動が強すぎてたまーに、極たまーにお亡くなりになる人が出るからやってほしくないなって」
「何やってんだよ!危うく俺の命がまた…っ。このー!」
また無くなるところだった!と言いそうになったけどシルの頭をぐりぐりしてごまかした。
「うううううう」
「はっはっは、生きててよかったじゃないか!」
「アイネスさんは楽観的なんですよ…」
すると横で涙をすする声が聞こえてきた。
「ど、どうしたんだカエラ」
俺を真っすぐと見据えているその目からは一筋の涙が流れていた。
「あ、あれ…涙が止まんないよ…」
「ううう!」
アイネスさんがシルを持ち上げて、
「私たちは少し出かけてくるからあとは若い二人に任せるよ!」
若いの部分が少し強調されてたのは気のせいだろうか。
「痛い痛い」
シルがアイネスさんの髪の毛を引っ張っている。
そのまま部屋を出て行ってしまった。
「その、大丈夫か」
「う、うん。でも…頭、撫でて」
カエラは泣き止むまで長かった。
読んでくださりありがとうございます。




