31話:スフィアの悩み〈1〉
31話です。
「なぁ、もうすぐ試験だよな?」
夕暮れの光が窓から差し込む宿の一室。
三人分の影が夕日によってかたどられた。
静寂に包まれていたその空間は、
一人の男によって終わった。
「そうだね、それがどうかしたの?」
薄緑の髪を揺らしながら、少し成長してきた少女、リスタが返答する。
「いやー、最近村に戻ってないから、
学校に行くこと含め、近況報告しに行きたいなって」
俺たちは初めの内は帰ることが多かったが、
最近では特訓や勉強のせいで、
戻ることがなかったのだ。
もう三年は帰ってないかな。
「私も行きたい!久しぶりに母さんの手料理食べたいな」
前にも言ったことがあるが、
メルビーは俺の両親のことを父さんや母さんと呼んでいる。
「お前は食べることしか考えてないのかよ…」
そういってる俺も母さんの手料理食べたいな…
「村の皆にも会いたいですしね」
あぁ、教会のおじさん元気かな…?
「じゃあ皆行くってことでいいな?
今度の来週でいいか?」
「うん、それでいいよ」
「さんせーい!」
よし、皆の了解も得られたし。
「ついでに…っあ」
「ちょっと!なんで私たちを無視してるの!」
言いかけた言葉を止めた。
この部屋にいたの三人じゃなかったわ。
だって影三つだったし、
めっちゃ静かだったからな…。
「すまん、で、なんだ?」
俺は改めてカエラに向き直り、
「なんだ、じゃないよ!私もアーグの村に行ってみたい、なんて…」
言葉をを言うにつれて声の大きさが小さくなっていった。
恥ずかしくなったのか?
「俺は構わないが…」
リスタとメルビーを見つめた。
「いいに決まってるでしょ」
「いいけど、スフィアはどうする?」
もう一人、
今までずっと静かに何かを考えていた少女に四つの視線が向けられた。
「......」
「スフィア?」
俺たちの声が聞こえていないのか、
反応がなかったので、
カエラが心配そうに声をかけた。
「…あぁ、すいません。なんでしたっけ?」
本当に聞こえていなかったようだ。
「だから、アーグの村に皆で帰るから、
スフィアもどうかなって」
「そうですか…皆が行くなら私も行こうかな」
スフィアも行くことが決まった。
俺は、いつもより元気のないその様子が気になったが、
何も言わなかった。
今度カエラにでも聞いてみよう。
「じゃあ来週行くから、それまでにみんな準備しておいて」
『はーい』
三人の声が響いた。
やはりスフィアは何かを考えているような顔をしていた。
やっぱり俺の大事な友達が悩んでいるなら早く解決したい。
「カエラ、ちょっといいか?」
まずはいつも一緒にいるカエラに聞いてみよう。
俺たちは二人で宿を後にした。
スフィアに聞かれたら、
嫌がるかもしれないしな。
俺たちはあの食堂に向かった。
日が暮れ、
辺りが少し暗くなってきたころ。
その食堂はバーに変わる。
昼間も静かで良い雰囲気だったが、
夜は灯りも少なく、
まさに大人の居場所とでもいうような、
そんな感じで、まるで違う雰囲気だが、
どちらも心が安らぐのは変わらない。
「それで話なんだが…」
主人が俺たちの微妙な空気を感じたのか、
気を利かせてコーヒーを
(こちらの世界ではカルムと呼んでいる)
用意してくれた。
カエラはそれを口に運び、
一口飲んだ。
「苦ーい!このコ…カルム。
ねえ、甘くしてもらえる?」
主人は微笑み、
そこへ白い液体を入れた。
…牛乳だからな。
「…いいか?わかってると思うけど、
スフィアのことだ。
あいつ最近何かあったのか?」
主人からカルムを受け取り、
一口飲み、今度は口にあったのか、
一度頷いた。
そういえば、雪もコーヒー飲めなかったっけ…。
「うん、私も気になってるんだけど、
直接聞くのはなんか違うかなって。
もしかしたら言いずらいことかもしれないし、
スフィアが言ってくれるまで、
待とうと思ったんだけど…
まだ頼ってくれないんだよね…
(私は頼りがいがないのかな)」
最後の方は聞こえなかったけど、
カエラもカエラで考えてるんだな。
いつもはメルビーと一緒におちゃらけている感じがあるが、
裏では皆のことをしっかり考えているのを俺は知っている。
「そうか…
カエラでもわからないのか。
なら隠れて調べてみるしかないよな。
困ってるなら助けたいしね」
「うん、私も協力する」
今は試験も控えてるし、
なるべく早く解決したい。
「村に行って戻ってきたら本格的に始めるか」
「そうね」
「試験は大丈夫か?」
俺は基本、シルの特訓が終わるとすることがないので、
ずっと勉強をしていたから、
既に準備は大丈夫だと思う。
「大丈夫だよ、
私、アーグが思っている以上に頭いいから、ふふ」
今まで、少し悲しそうな表情をしていたカエラも、
笑顔を浮かべた。
シルには事前にしばらく来ないことを伝え、
村へと帰った。
シルに言ったときは、
「帰ってくる…?」
など凄く寂しそうな顔をしていたので、
「シルも来るか?」
と聞いたら、
「私は…無理…まだ人と話すのは…」
人見知りだからな。
しょうがない、出来るだけ早く帰れるようにしてやろう。
「アーグの村ってどんなところなの?」
場所は変わって、荷馬車の中。
今日はカエラも行くので、
王国の兵士の方と一緒だ。
荷馬車はいつにもまして豪華で、
お尻が痛くなるようなことはない。
一番喜んでいたのはリスタだったけど。
リスタの風魔法で少し荷台を軽くしているので、
いつもより二日ほど早くついた。
リスタって本当に風魔法はすごいよな…。
村までの間、
俺はできるだけスフィアと話し、
どうにか元気を出してもらえるように頑張った。
スフィアは王国にいたときよりも、
いくらか顔色がよくなった気がする。
前までは目の下に隈を作っていたが、
今ではすっかりそれも取れた。
安心できたのかな…
それなら俺はうれしい。
「みんなお疲れ様。ここが俺の村だ」
二日ほどは早かったとはいえ、
馬車に五日は乗っていたのだ。
疲れがたまっているだろう。
「アーグ!久しぶりだねぇ。
リスタちゃんとメルビーちゃんも大きくなって…」
俺たちの到着に気づいたのか、
近くのおばあちゃんが話しかけてきてくれた。
カエラ達も挨拶をし、
村の紹介などをしながら最後に俺の家に着いた。
「じゃあみんなくつろいでくれて構わない、
好きな部屋を使ってくれ。
親父!母さん!ただいまー!」
俺の家は親父と母さんが暇だったからとか言って、
改装しすぎたせいで、
部屋があまりまくっている。
普通暇だからって、
家を二倍以上にするか?
まあ、あの二人らしいって思うけど。
「アーグ…!お帰りなさい。
リスタちゃんとメルビーもお帰りなさいね」
最初に俺たちを迎え出てくれたのは母さんだった。
相変わらずその若さを保ったままで、
我が母親ながら、きれいだと思う。
「ただいま!母さん久しぶり」
「フィルさんお久しぶりです」
「母さん、親父は…仕事か?」
「えぇ、今は外に居るから、夜には帰ってくるわよ」
「そうか、この人たちは俺の友達のカエラとスフィアだ」
「カエラです。少しの間ですがお世話になります」
「スフィアです。これからよろしくお願いします」
二人は深々とお辞儀をした。
こういうところは貴族だなって思う。
ちなみに兵士さんたちは村の宿に泊まっている。
流石にうちの家にいるのはダメだと言っていた。
別にいいのに…
「息子のアーグがいつもお世話になってます。
今日はおもてなししなくちゃね!」
そういって母さんは台所に向かっていった。
「私は疲れたから、自分の部屋に行ってるね」
「私もー」
リスタとメルビーはこの家に住んでいたので、
自分の部屋に荷物を運んで行った。
「二人ともどこでもいいからね」
「ありがと」
「ありがとうござます」
二人ともリスタとメルビーとは反対の部屋に入っていった…
…ちょっと待って!そこ俺の部屋!
「スフィア!ここ俺の部屋!ここがいいならいいけど…」
俺の部屋に入っていったスフィアはまだ荷物を置いただけで、
部屋の中を漁った様子はなかった。
親父変な本とか置いてないよな?
俺は持ってないし…
「そうだったの…ここでもいいかな?」
少し考えたのち、
ここが良いと結論が出た。
「えーっと、本当に良いのか?
俺が昔住んでたからぐちゃぐちゃしてるけど…」
ここを出て行ったときのままの部屋なので、
少し荷物で散らかっている。
「いいの、アーグはこの部屋がいいよね」
「まあ、一番慣れてるしな、
でもスフィアがいるなら俺は違う部屋に行くから気にしなくてもいいぞ」
俺は女の子には優しくするタイプなのだ。
特にスフィアには優しくしておきたい。
今は悩んでるようだし…
「待って」
俺が部屋から出て行こうとすると、
スフィアに袖を引っ張られた。
その目には涙が浮かんでいた。
読んでくださりありがとうございました。




