1話
色々と書き直しました。
今までと全く違います。
埼玉の外れにある普通の高校。
夏休み前だというのに外はもう真夏のような暑さだった。
そんなある日、時は放課後。
生徒の大半が帰宅や部活に勤しむなか、2年生の教室には2人の生徒が残っていた。
「葉一、そろそろ起きろよ」
ノートをパタパタと仰ぎながら、葉一の肩を揺らした。
しかし葉一からの反応がなかったことに苦笑する。
彼の真実を知っている身としてはまだまだ寝かせてあげたいというのが本音だが、生憎男にとっても、葉一にとってもそのままというわけにはいかない。
しょうがない、と男は葉一の耳元に口を近づけた。
そして一言、
「雪が大変だ」
静かに呟いた。
今まで男の揺すりにびくとも反応しなかった葉一だったが、「雪」という単語を聞くと同時、まるで雷に打たれたかのように体を震わせ、その口許にはよだれを添えながら、起き上がった。
その勢いは驚くほど早く、耳元に口を近づけていた男は鼻を強打。
外国人のような高い鼻を押さえながらも、やっと起きた葉一に声をかける。
「おう、おはよ。いやこの場合はおそようか」
「…俊、なんで鼻なんか押さえてるんだ?」
自分がしたことを全く覚えていなかった。
「葉一が俺の「いやそんなことはどうでもいいっ!」はな…最後まで言わせてくれよ」
葉一は俊の言葉を遮り、あたりを見回した。
だが教室には2人以外誰もいるはずがなく、さらに慌てた葉一は俊の肩を大きく揺さぶった。
前後に揺れる俊の視界にはチラチラと葉一が映っている。
「まあまあ落ち着け、俺の首がもげる」
それでも止めない葉一にどうしようかと頭を悩ませていると、教室前方の扉に一人の少女を見つけ、やっと解放されると安堵し、逆に葉一の方を掴んでその少女へと体を回した。
「何、してんの?」
教室に入ると2人の男が体を揺さぶっているようにしか見えなかった少女は怪訝な表情を浮かべながらも2人に近づいてきた。
葉一は彼女を認めると、ようやく落ち着きを取り戻し、まるで今の自分が嘘だったかのように振る舞った。
俊はその様子に別人だなと感想を抱くだけだった。
「雪、お疲れ様。俊に彼女ができたみたいでな、聞き出してたとこだ」
「え、そうなの?」
「違うわい」
「まあどうでも良いけどね」
あちゃーと俊が大袈裟なリアクションをした。
本当に表情豊かだ。
爽やかでイケメン、部活には入っていないがサッカー部やバスケ部の助っ人に呼ばれることも多々、廊下を歩いていたら女子からは黄色い声援を浴び、男子からはもう妬みを通り越して尊敬のレベルに達している。それが俊という男だった。1年生の時から生徒会に所属し、このように友達と遊ぶときは仲間のムードメーカーとなるが、仕事をするときは別人のように真面目になる。
対して葉一といえば、教師からの評価は最悪で、それもそのはず、授業中で起きているのは専ら体育の時間か(それでも休んでいることの方が多い)、テストの時間だけだからだ。それでもテストでは毎回20位以内は確実、1桁になることもしばしばと怒るに怒れない状況なもんでせいぜい注意程度には収まっていたが、2年生に上がってからというもの、教師の間でも諦めムードが漂っている。休み時間も起きることはなく、号令が済むとストンと机に突っ伏して寝ている始末で、クラスメイトには話す友人がほとんどいない。ていうか、そんなやつに話しかける酔狂は俊だけだった。それでも葉一は自分が他人からどういう評価を受けているかは理解しており、それを変えるつもりはなかった。雪の前以外では。
葉一にとって雪とは家族であり、妹であり、最愛の女性だった。
春日葉一に春日雪。
学校では「陰と陽」なんて陰で言われている。
春日雪は葉一の唯一の妹であり、家族だった。
小学校低学年の頃、春日家から両親はいなくなった。
実際には母親がいなくなった。
父親の記憶は初めからない。もちろん、聖母マリアのように彼女らの母親が処女で子供を産んだわけではない。
彼女の話は少しばかり重い。
一般的に見て美しかった兄妹の母親は大学3年生の頃、強姦にあった。
サークルの合コンには普段行かない彼女だったが、一生のお願いと、彼女の女友達に頼まれてしまい、一度ならとついて行ったのだ。
それが運の尽きだった。
勿論、その女友達がこんな結末になるなんて知るはずもなく、ただ本当に彼女にきて欲しかっただけだったのに。
順調に進んで行った合コンだったが、酒も回ってきた頃、「王様ゲーム」というものが始まった。
簡単に説明すると、数字の書かれたくじを引いて王様になった人は「○番の人は△番の人に□する」と命令できるというのがこのゲームの概略だ。
男と女がこのゲームをしたら自然、最終的には性的な命令になってしまうのが定石で、酒に弱かった彼女はその場の雰囲気に呑まれ、そして犯された。
それから数ヶ月が経ち、なかなか生理が来ないことを訝しんだ彼女は検査をし、その赤いマークに涙した。
堕すという選択をするには彼女の勇気が足りなかった。
しかしそれも女性の性なのか、初めは気持ち悪く、泣き続ける彼女だったが、次第に自分のお腹の中にいる子供に愛情を持ち始めた。
やつれていく自分の娘に彼女の両親は暗くなるばかりだったが、彼女が元気を取り戻し、自分たちに育てるとお願いをしてきた時、「ああ、やっぱり俺たちはお前を産んでよかった」そう思った。なぜそう思ったかはわからない。知らない男に強姦されて立ち直ったのがよかったのか、それとも子供を産もうと決心したのがよかったのかはわからないが、とにかくそう思った。
そして同時、彼女を全力で支えようと思った。
それからまた数カ月が経ち、無事双子の赤ちゃんを産んだ彼女は名前をつけた。
葉一に雪。
彼女の両親が意味を尋ねたが、帰ってきた答えにきょとんとした。
「うーん、意味なんてないよ。ただ、この子たちにはこの名前があってる、そう思っただけ」
自分の子供を腕に抱きしめてそれこそ聖母のように微笑む彼女に両親は涙を浮かべた。
そして自分たちの孫を抱きしめた。
それから数日後、両親は交通事故で亡くなった。
周りは哀れんだ。
強姦され、あまつさえ子供を生まされ、やっとのことで幸せになろうとした彼女に今度は両親の死を無情にも突きつけたというその事実に。
だが彼女は諦めなかった。
自分まで壊れてしまったらこの子たちはどう成長すれば良いのか。
笑顔をくれるこの子たちを諦められるわけがなかった。
皮肉にも、両親の死によって得た多額の保険金は周りの大人に取られることもなく、円滑に彼女のもとに戻ってきた。
だが年を経つごとに暮らしは困窮、やがて、彼女は過労死で死んだ。
精神的にも身体的にも追い詰められた彼女に残っていたのはたった二つの笑顔だけで、それでもお釣りが来るくらいだと思っていたのに、現実は辛かった。
二人の兄妹は彼女が普段頼りにしていた近所の老夫婦に託された。
成長していった二人は老夫婦の近くにあるいわゆるボロアパートに引っ越した。
それが、去年の春だった。
彼らの話を知っているのはおそらく、老夫婦のみで、俊は兄妹との会話から過去については触れないようにしようとし、それでも兄妹が壮絶な過去を送ってきたのだろうと確信していた。
そして両親のいない雪にとって血の繋がった家族というのは葉一ひとりだった。
幸いにも、彼女の耳に「陰と陽」の呼び名が届くことはなかったが、彼女位有名になると、おそらく届くのも時間の問題だろう。
彼女はダンス部のエースだ。
母親に似た彼女は高校生にしては大人びた顔をしており、起伏に飛んだ体は学校中の男子の視線を集めた。
入学当初、彼女に嫉妬の念を向ける女子も多かったが、彼女の暖かな、そして高いコミュニケーション能力によって次第にそんな念を向ける女子生徒もいなくなった。
成績は兄ほどとはいかないが、上の下。教師からの評判も最高だ。
まさに「陰と陽」。
告白されることも多い彼女だったが、どんなにイケメンでも、部活のエースや女の子でも、告白を受け入れることはなかった。
断るときの理由は単純、好きな人がいるから。
どんな人でも断られることから、学校の間では別の高校に好きな人がいるのか、と噂がたったがそうではないことを学校で唯一、俊だけが知っている。
彼女が好きな人は、葉一だ。
ここまで読んでくださりありがとうございました!
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日本の話はもう少しだけ続きます。
その内前まで書いていた内容も改良するので、そっちを見たい方はお早めに。