第六十七話:差別
人の我慢の限界というのは、やはり生きてきた環境によって
変わるのだろうか。
☆
陛下の逆鱗に触れてクレタは消滅し反乱軍の掃討作戦も終わり
奴隷市から戻って10日、現在は兵の編成という名目の訓練中だ。
「リン、俺の推薦した人間は上手くやってるか?」
「クラリス、ジョゼ、ルナの3人の戦闘能力は問題ないですね
あとは指揮官としての試験ですね」
「一般兵のほうは?」
「従来の正規兵も訓練に加えていますが。応募してきた者はほとんどが
エトワール市民でユミルはいません、応募総数は2万2千以上でしたが
訓練を経て残った正規兵は2万8千と南部制圧の時より少ないです」
「それにユミルに至っては、兵がいません」
「ユミルは問題があるのか?」
「人口の流出が止まりませんね。兵士と住民を合わせてすでに
8万人以上が街を出て行き、この調子だと2ヶ月もすればユミルは
街とは呼べなくなるでしょう」
「どうしてそんなに深刻な状況なんだ?」
「ユミル市民はクレタと交流が特に深く、兵士が金銭を得た結果
それを資金に、多くの住民が他国に流れています」
金がないからユミルに居ただけか、俺も攻め込んだしな。
「とりあえずコルトに任せて、住民には好きにさせてやってくれ」
「よろしいのですか?」
「無理に留めて、反乱でも起こされたら、たまったもんじゃない」
「では他の案件を」
切り替え早いな。
「現在は高速ラウス隊は2万5千ですが、始めに捕らえたシュトラウスから
子供が2万程度生まれたので、3ヶ月後には4万以上の稼働が可能かと」
「ラウス隊と言えば、うちのアカネの子供を分けてやっても良いぞ
星金貨4枚以上の余裕のある指揮官や高位の内政官に声をかけてやってくれ」
「星金貨4枚ですか……」
「敵になるかも知れない者には売れない、スーパーラウス隊だ」
おやっさんが店を閉めてるとは珍しいな、たまには休みも必要だな。
「カズマさんじゃないですか?」
「ミリアさんですか、慌ててどうしたんですか?」
「息子が3日前から熱が下がらず……、神官様にも来てもらったのですが」
「会わせて頂けますか?」
「カズマか」
「息子さんが病気らしいな、これを飲ませてみてくれ」
「何だ、これは?」
「よく効く回復薬だよ」
「あなた」
「飲ませてみるか」
どうやら大丈夫のようだな。
「済まねえな、こんなに効く薬があったなんてな、熱がすぐに下がったぞ」
「一応、領主とかやってると、色々手に入るんだよ」
「今度何か作って、礼をするぜ」
「期待してるよ。もう1本置いていくから病気の時は飲んでくれ」
30本くらいはA級病気回復薬を持っているが、これも扱いが厄介だな。
ソーラパネルの設置を頼みに来たんだが、次でいいか。
ユミル問題に手をつけるか。
「フレイヤ、仕事を持ってきてくれ」
「では、パメラにお会い頂けるでしょうか?」
「誰だっけ?」
「前回の会議で獣人保護の議案を出した女性です」
「そういえば居たな。会おう」
「パメラを呼んできて」
おいおい、別室で待機済みか?
35才で狼族か、算術スキル9は凄まじいな。
「伯爵、お会いできて光栄です」
「何かお話があるとか?」
「まずは獣人対策費用の増額の決定を感謝致します」
「こちらも今まで無関心だったので、当然の事ですよ」
「伯爵はユミルの件で悩まれているとか?」
「そうですね。人口減少の問題と住民の考え方の改善ですね」
「すでに声はかけてあるのですが、私の同胞をユミルに住まわせては
頂けないでしょうか」
「別に構いませんよ」
「私は見た目はわかりずらいですが、獣人なんです」
「それで」
「……驚かないのですか?」
「狼族の方ですよね、私は敵対する人間以外には寛容なつもりですが」
「そうですか……、私と同族の人間で1万以上、迫害を受けている獣人を
合わせれば王国内だけでも、少なく見積もっても20万人以上になります」
「北部地方では迫害は、あまりないと聞きますが」
「それは極一部の者だけで、大半は給金や住む場所に始まり、住民に暴行を
受けても衛兵は助けてくれませんし、みんな安住の地を探しております」
ギルドのリス獣人の女性はギルドだから、待遇が良かったということか。
「お話はわかりました、友好的な関係を築けるなら歓迎しますよ」
「申し上げにくいのですが、今のお言葉を書面にして頂けないでしょうか?」
「構いませんよ」
疑り深いな、迫害を受けていると、みんなこんなもんか。
「我、ディケ神の加護の元、ここに契約を交わす【ヴァリテルール】」
マルム教じゃないのか、俺も信心深い訳じゃないし
女神に敵対しなければいいか。
「書き終わりました。内容をよくお読みになり、納得頂けた場合は
書面に伯爵の血を一滴垂らして頂けないでしょうか?」
「いろいろ手間がかかるんだな」
「伯爵の言葉が偽りなら、契約は成立せず書面は消えて無くなります」
オカルトですよ、新興宗教じゃないといいが。
ここで血を垂らすのか。
「ありがとうございます。これで契約は完了です。我々は伯爵が契約をお守り
頂ける限り、忠誠を誓います」
「一つ伺いたいが、エルフとはどんな関係ですか?」
「エルフとも親密な関係を築いておりますが、純血のエルフの多くは
里に籠もって、中々外には出てきません」
親密なら良かった、
「すでに先発隊と申し上げて良いのか、1万人ほどは
3日程度でユミルに到着いたします
私は同胞にこの知らせを報告に行きます」
「頼みますよ。ユミルは銀山の開発と農業が主要産業ですので」
「土魔法の得意な者も多いですし、お役に立てると存じます」
パメラさんか、心が熱い人だったな、ユミルが村に成り下がったら
陛下に合わす顔がない。
☆
さて商売に本腰を入れるか。
他国に売れない商品をどう売るかだよな、ペコ商会に頼むと売ってくれと
言い出す連中がでるだろうし、新しい小規模の商会を作るか。
もうそろそろ3月か、また商業ギルドからの税を逃れて流民が
来るのかな?
街をまわればアイデアも浮かぶと思ったが、信用できて口が堅い
人間というのは、なかなかいないよな。
「喧嘩だぞ、相手は獣人らしいぞ」
喧嘩か、行ってみるか。
「衛兵の方、この獣人が私の持ち物を盗んだのです」
「これは元々、俺の物だぞ」
「その獣人を連れていけ」
「待て、なぜ理由を詳しく聞かない」
「これは伯爵、相手は獣人ですし……」
人の方の賞罰に窃盗とあるな。
「俺が2人の身体検査をしよう」
「わざわざ伯爵が、そのような真似をなさらずとも」
「おい、そこの2人、持ち物を全部出せ」
「わたしは被害者ですが」
「不敬罪で斬るぞ!」
「なんだこの女物の鞄は?」
「それは妻の持ち物です」
「ほう、貴様の妻は財布も鞄に入れたまま預けるのか?」
「それは……」
「真実を言わせてやろう」
腕を斬り落とすのは、人が多いから、傷をつけるだけでいいか。
「痛い――」
「かすり傷だ、やましい人間には違う効果があるがな」
「……すべてわたしの作り話です」
「許して下さい、この鞄も盗品です」
かすり傷でこの効き目か、人の行いで変わると言っていたが。
「すまないな、獣人というだけで利用されたようだな」
「身の潔白が晴れれば問題ありません」
「そうか、相手は窃盗犯なので賠償金が取れんので
私が代わりに金貨2枚支払おう、これで3人とも損をした事になる」
「よろしいのですか?」
「衛兵の不手際は俺のミスでもある」
「領主様が獣人を助けたぞ」
「どうなってんだ」
ユミルもそうだが、エトワールの住民の意識改革も必要か。
喧嘩は好きだが仲裁なんて、俺のやる事じゃないんだが。
「伯爵大変です、ミランの作業員が襲われていると報告です」
「ミランってどこだ?」
「ヘルメスの南東に作り始めた街の名前です」
いきなり襲われるとは。
「すぐに集まる兵は?」
「1万6千なら」
「では5個連帯で救援に向かうぞ、アレク、シャル、リリーナ
タチアナ、ニケを連れて行く、1時間後に東門に集合だ」
「はい」
訓練も終わって、休暇を与えたら事件発生か。
☆
おいおい、これは南東と言うんじゃないぞ、東というんだ
てっきりクレタよりに街を作り始めたのかと思ったが、完全にトーラス領内
じゃないか、王都まで5日程度だな。
敵は2万程度だが、日に4回ほど襲ってくる。
「ダリルさん、大変ですね」
「カズマさんか、来援感謝するよ、諸侯はトーラスの北部から離れないんだ」
「鉱山が多数あるようですからね」
「作業員はどの程度ですか?」
「ヘルメスと王国中から集めたので、14万を超えるな」
「それは多いですね」
「これだけいれば、一ヶ月で住める段階までは出来るんだが」
「我らとダリルさんの兵を合わせて、4万8千ですか?」
「弟が兵1万を率いて王都まで来ている、しばらくはにらみ合いだな」
☆
それから3週間にわたっての攻防が続いたが、2週間前にダリルさんの弟が
来てくれたので兵を定期的に休ませる事が可能になった。
「やっと完成したか」
「ダリルさん、おめでとうございます」
規模はクレタと同程度だな、トーラスはたまったもんじゃないだろう。
「ダリルさんはどうするんですか?」
「陛下より、完成と同時にミランの領主を拝命していいと言われている
その代わりにダーナは返還する事になるが」
「最前線ですね」
「敵の王都は、帝国に焼かれて修復中と聞く、ヘルメスの兵をミランに
移して、ヘルメスは弟に任せるつもりだ」
うちと同じで一からスタートか?
「では我々は帰還してもよろしいですか?」
「救援感謝する、2つの街を合わせれば兵数も5万近くになるだろう
何かあったら言ってくれ、すぐに駆けつけるぞ」
「では失礼します」
☆
敵は強くは無かったが多いときは1日に6回攻め込んできたから
疲れたな、しばらくは兵も休暇にするか。
「伯爵お戻りでしたか?」
「フレイヤ、問題か?」
「緊急の案件が数件ございます」
「順に話してくれ」
「まずはユミルに獣人やハーフエルフといった
難民が20万以上流れてきて、揉めております」
「ユミル市民には領民君もまだ与えていない、出て行きたければ
出て行かせろ。次は?」
「その件に呼応して、エトワールの一部住民と兵士が暴動を起こして
おり、獣人擁護派と差別派が対立しています」
「差別派の数は?」
「だいたいですが、2千人程度かと」
意外と少ないな。
「緊急告知だ。領民君所持者に獣人のエトワールへの移住の判断の
可否を問え。参加した者には小金貨1枚を与えると伝えろ」
「よろしいのですか?」
「構わない、エトワール市民も裕福になって傲慢になってしまった
ようだ、俺が優しいだけの領主ではないと教えてやらないとな」
「後は、兵士の一部が人種以外を殺害したことです」
「罪状は?」
「人間ではないからと……」
「話にならんな、兵士の身元は確認してあるんだろうな?」
「はい」
「その兵士達をユミルへの獣人討伐という名目で明日の10時に集めろ」
「どうするので?」
「内政官の知る事ではない」
俺のエトワールで理不尽な殺害や暴動を起こして何も咎められないと
思っているのか? 住民の意識は1年ちょっとじゃ変わらないか?
☆
「ロディ済まないな、おれの注文した兵は集まったか?」
「はい、35名ですが」
「それで構わない、連隊長がいないと格好がつかないからな」
「諸君、これよりユミルで反乱を起こした獣人の討伐に向かう」
「おお、やってやるぜ」
「堂々と殺せるな」
「いや、皆殺しだ」
全部で212名か。
街道から外れているし、この辺でいいか。
「一時休憩だ。高級酒を振る舞おう、ゆっくり休んでくれ」
「いいな」
「気が利くな」
ペコ商会で金貨20枚で売っている酒だ、人生の最後に褒美だ。
みんな飲んだか?
「ロディ、領民君と持ち物を剥ぎ取って、穴を掘って埋めろ」
「全員死んでいるんですか?」
「飲んだやつは確実に死んでるぞ」
「ロディ、ハイムも裏の仕事をしている、ハイムの後を継ぐ気持ちが
あるなら、この程度は軽くこなしてみろ」
バカな兵士はかたずいたか。
「ロキ、どんな具合だ?」
「ご指示通り、4つの回答を用意して4番目の人間以外は排斥の項目を
選んだ者の指輪は登録と偽って、明日には黒くなる物と交換しました」
「領民君所持者の参加人数はどのくらいだ?」
「1号と2号共に、エトワール市民の8割は来たと思われます
小金貨1枚の報酬が大きかったかと」
さてお芝居の時間だ。
みんな役場前に集まってきたな
クロで見つかったら奴隷落ちだからな。
「サラ出番だ」
「みなさん、獣人というのはそれほど恐ろしい存在でしょうか?」
「みなさんは知っているはずです、迫害される苦しみを
今の獣人の方々は、ガブロンに支配されていた頃の私たちと同じです
ゆっくりで構いません、獣人の方を受け入れてあげて下さい」
「そうだな」
「ゆっくり考えて良いなら」
「なんとかなるか」
「いきなりは無理だぞ」
「では領民君の引き換えをどうぞ」
さて仕上げはどうなるか?
「住民のみなさん、獣人がどうしても受け入れられない方には領主様より
立ち退き料として星金貨1枚が出ます、ご検討下さい」
どの位が俺の政策を見限ったかな?
「星金貨を選んだのは何名だ?」
「全部で32名ですね」
出て行っても、来月は税の取り立てだ
金を受け取らなかった者の中にも不満を持つ者はいると思うが
気長にやっていくしかないな。
サラの演説で意見を変えるやつは、よっぽどのお人好しだろう。
今回は住民に対して優しく対応したが、次はどうなるか
俺の我慢の限界は結構早くきそうだからな。
冬も後わずかだな。
351億と金貨90枚




