第六十三話:陞爵
空はどこまでも続く青空、東に見える陸を除けば
青一色の世界だ。
俺たち7人とコールドマン准男爵一家は王都へ向かう船に乗り
やっと遠くに街が見える、新造船のマグロンはフェリー並の速さで航行中だ。
「減速海域だぞ。3番のみで行く、1番と2番は畳帆だ!」
「1番~2番畳帆」
「シャル、減速する魔法とかないのか?」
「そんなのが合ったら、みんな苦労しませんよ
今頃は陸路は廃れているでしょう」
速度維持はできるのに加速と減速はできないのか?
入港するのに40分か、兵の海上訓練を大規模に行わないとな。
「3番畳帆」
「艦首アンカー射出、衝撃に備えろ」
『【クッション】』
荒っぽい停船方法だな、船首をアンカーで固定して船尾を惰性で
回転させるとは、技術と人員と運が絡み合った停船方法だな。
「今回は上手く停船できましたね」
「いつもは違うのか?」
「ここまで上手く行くのは1割程度ですね、普通は小舟を出して
ボートで桟橋に寄せますから」
さすがにアレクが鍛えているだけはあるな。
「キャンベルさんはどうする?」
「わしらも坊ちゃんと同じ宿に世話になるぞ」
「ハリーさんとベッティさんも同じでいいですか?」
「はい、マグロンの航行データーの精査が終わったら伺いますわ」
ハリーさんとベッティさんはキムの両親だ、データー第一主義の
似たもの夫婦だ。
「お祭りか?」
「マルム教の年末の祭典でしょう?」
船旅で疲れたから、宿に直行するか。
部屋は俺1人か、夫婦なんだけどな。
☆
新年は雪か、新年早々に雪というのはどうなんだろうな?
「子爵、馬車のご用意ができました」
徒歩30分を馬車で行くか、貴族というのも面倒なもんだ。
俺と同じ馬車で行くのはサラとミラとキャンベルとハリーさんだけか。
まず広間で新年会のパーティか、参加者は4千以上といった所か
みんな腕時計してるな、バルバラはどんだけ売ったんだろうな。
「ダリルさん、随分飲んでますね」
「ダテ子爵、いやミッターマイヤー子爵でしたな
今日はいい日になりますぞ」
「そうですか、去年は色々ありましたからね」
「ハハハ、そうですな!」
なんか内示が出たのか? 陛下のお気に入りだからな。
ちょっと酔った所で会場へ移動か。
「皆さんに発表します」
「カリーナ新王妃を紹介します」
「皆様。エルミール王国の繁栄の為、尽力する覚悟があります
共に王国の繁栄を目指しましょう」
「カリーナ妃万歳」
「「「王妃万歳」」」
カリーナ様は支持されて王妃になったか? 苦労した甲斐があったな。
盛り上がったが、貴族も商人も領地配分の探り合いだな
ダリルさんも人気があるようだし、爵位や領地が決まる前と決まった後では
対応も変わるからな。
俺って相変わらず人気がないな、子爵は下っ端だからな。
「ミッターマイヤー子爵夫妻、どうぞ謁見の間へお越し下さい」
夫妻か、いい響きだな。
呼ばれているのは80人程度か?
会った事があるのはダリルさんとライラ伯のみか?
今回は爵位没収の発表はは終わっているようだ
残りは降爵と陞爵か、俺には関係ないかな。
「アルベルト陛下の入場である」
カリーナさんと一緒に入場か、諸侯への威嚇か?
「諸侯の皆には、去年の戦は大義であった」
「本日は領地替えの諸侯から発表する。心して聴け!」
「お初にお目にかかる方もいますが、宰相に任命されたアルト伯と申す
これより、降爵、領地替え、領地配分の順で発表する
爵位順ではないので心するように」
アルトハイムさんが伯爵で宰相か、サラの話を書き換えた張本人は
アルトハイムさんだったとは。
「まずは降爵から……」
全部で伯爵家が2に子爵家が10と男爵家が12か
戦争に兵を出さなかったか、運のないやつだ。
「まず旧公国の都の名前を変更してキグナスとし、カナン同様に陛下の
直轄地とする。帝国への構えの要塞の名称はトールとする」
「では領地替えを発表する……」
現存の2侯爵とガードナー伯は公国の小さい街へ領地替えか?
これは左遷だな、ガードナーは俺が補給部隊を襲いまくったから
当たり前だが、侯爵達には謀反してみろと言ってるようなもんだな。
左遷領主は全部で15といった所か、実質降爵だな。
「ライラ伯の領地をラピスにする」
「サイモン伯の領地をラインとする」
「トールの防衛司令はレオ子爵とする……」
「次に陞爵の諸侯を発表する」
「ダリル殿、陛下の御前へ」
「ダリル・アルビン。汝を伯爵へ陞爵する」
「領地をダーナと、更にヘルメスを加える」
「謹んでお受けいたします」
ダリルさんが上機嫌な訳だ、領地が離れているが。
「ミッターマイヤー殿、陛下の御前へ」
「(ご主人さま呼ばれてますよ)」
俺の事か。
「カズマ・ミッターマイヤー。汝を伯爵へ陞爵する」
「領地をエトワールと、更にユミルを加える」
「……謹んでお受けいたします」
俺が伯爵か、太っ腹だな、税が上がりそうだが。
結局、伯爵に陞爵したのはダリルさんと俺だけか
アルトハイムさんも同じだが、ノースフォールもアルト伯爵の領地か。
子爵に陞爵したのが12名、男爵が16名か
キャンベルの爺さんも男爵か。
国内は伯爵が最高で、公爵家はなしで侯爵家は公国へ左遷か
男爵家はそれほど力はないから、子爵以上だけを見ると
不遇侯爵が2家、伯爵家が4、子爵家が16だな。
「諸侯には思うところもあると思いますが、王国は揺るぐことは無い
それぞれ頑張って頂きたい」
アルトハイムさん、反乱を誘発してるよ
反乱起こせるもんなら頑張って起こしてみろという事か。
さあ2次会か?
「ミッターマイヤー伯爵、陞爵おめでとうございます」
「ライラ伯、ありがとうございます」
「任地が近いので、よろしくお願いしますわ」
ラピスはキシリアが再起をかけた南部の都市だったか?
「ダリル伯はどちらに住むんですか?」
「弟にダーナを任せる予定ですよ。今年も内乱になるでしょう?」
「そうですか? ダリル伯とアルト伯は大変ですね」
俺も忙しくなるな、早めに帰るか。
☆
アオイで帰ってきてしまったな。
「子爵、ずいぶん早いお帰りですね」
「今日集まってもらったのは、重要な議題ができたからだ」
「今度ユミルも管理する事になった」
「ユミルですか? エトワールは?」
「今までと同じだが、ユミルの統治も加わった感じだな
コルトから見て、今のユミルの状態はどうだ?」
ユミルで生活していたんだ、詳しいだろう。
「ユミルは人口16万程度。南部でも有数の穀倉地帯を抱えていて
兵は僅か5百ほどで、市民の所得はうちの半分以下で考え方も古く
未だにガブリエルの任命した人間が統治しておるな」
ガブリエルラブだった人間が統治してるのか? ガブリエルの支持基盤に
しては人が少ないな、他に税収があるのか?
「ユミルの管理者を一気に解雇しても、問題はないか?」
「おまえさんの2度に渡るユミル攻めで、子爵の強さは理解してるし
1度はエトワール軍に服従を決めているので、強気の統治でも問題ないな」
「コルトにたたき台を作らせて。ロキとフレイヤを中心に人事案の作成
ニケとタチアナは連隊を率いてユミルの金庫を早急に押さえろ」
「いいんですか?」
「情報がユミルに伝わる前に押さえないとな。代官は情報を聞きだしたら
牢に入れておけ。書類も全て押さえろ、持ち出し禁止だ」
「フレイヤ、内政官を5百人雇いたいと言ったと言うことは
人物にあてがあるんだな?」
「はい、ありますね」
「希望者は面接のみで雇用する旨を伝えてくれ。それと内政官3百をユミルに
送ってくれ」
「ロキは調査部の人間をユミルに入れてくれ、税については4月の徴税までは
商業ギルドに任せるが、5月に追い出すので上手く噂を流してくれ」
「はい」
「(マリア、しばらくは『星の盗賊団』の拠点をユミルに置いてくれ)」
「(了解であります)」
こんなものか、後は報告に期待だな。
☆
新年はゆっくり出来ると思ったが、ままならんな。
「子爵、違いましたね伯爵、見た目はユミルの兵が管理していますが
実質、ユミルは我が軍の統治下に完全に入りました
役人もエトワールの内政官に入れ替え終了です。後は兵士だけですね」
「リン、代官や幹部連中から情報は引き出せたか?」
「この10日間の調査の結果、役人の不正は多数で兵士は住民を
平気で殺傷しており尋問にかけた所、隠し帳簿と財宝がみつかり
それとユミルの北に、新たに大規模な銀の鉱山が発見されました」
ガブリエルの基盤は銀山か、金に比べれば劣るが換金しやすくもある。
「伯爵、住民を煽って怒りの矛先を兵士と商業ギルドに向けることに
成功しました、明日か明後日には暴動になるでしょう」
「サラ、一時エトワールは任せる。急に招集するのも兵にも悪いし
明後日の12時にユミルに行くぞ。指揮官はアレクとリリーナだ」
治安出動だな、5個連隊がユミル近辺で動くことになるが
早急に安定させて、北の謀反に備えないとな。
ラインの領主はサイモン伯とか言ったな、干渉してこないといいが?
☆
アオイにはかなわないが、うちのラウス隊は相変わらず速いな。
「伯爵、なにか街が荒れてますね。住民も武器を持っているようです」
簡単に決起するな、よほど虐められていたとみえる。
「我らで鎮圧するぞ。目標はユミル兵とギルドだ
敵対する意思のない住民には手を出すな」
「「はい」」
手はず通りニケが北、タチアナが東、マリアの盗賊部隊が
ラインへの街道のある南を押さえているはずだ。
「私はエトワールの連隊長を務める者だ、住民諸君
暴動の原因を問いたい?」
「代官のフンメルとエル将軍の腰巾着の兵士とギルドの数々の不正と
暴虐に耐えかねての反乱でございます。お見逃しを願いたい」
「伯爵いかがなさいますか?」
「リリーナの連隊で住民の援助を、アレクの連隊は好きなようにやれ」
「はい」
ここはアレクに掃除してもらうか?
派手にやってるな、こちらは正規兵7千と暴動に参加した住民が約4万だ
相手にならんな、アレクは手を抜いて適当に時間調整しているはずだ。
朝6時半に鎮圧完了か、いい仕事ぶりだ
あまり早いとショーの時間には早いからな。
「2の鐘で代官のフンメルと兵士及びギルド職員の公開処刑を実施する
見届けたい者だけ中央の広場に集まれ!」
所得が低いから時計はまだきついだろう。
コルトのように使えるヤツを探させていたが、半年以上好き勝手
やってた連中と一緒では、心も腐敗するのには十分な時間だ。
やはりいないか?
コルトやニケやマリアは、身近に置いておきたいが
コルトだけ一時貸し出すか?
「代官のフンメルとその側近とギルド職員8名に加え
殺傷事件を起こしていた、ユミル兵40人です」
「やってくれ」
「はい」
「これより、ユミルを私物化して私腹を肥やしていた者を処刑する
私はエトワールの連隊長を務める、ニケだ」
アレクが処刑すると思ったが、ニケがやるか
ユミルに思い入れがあるんだろう?
ニケがフンメルを斬ると同時に部下が、その他の者の首を切り落とす
全員で62名か、商業ギルドも始末できたのは幸先がいいが?
「ニケ様があいつらを処刑してくれた」
「フンメルが死んだ」
「これでユミルは立ち直るぞ」
「エルの腰巾着どもがいなくなったぞ」
「「「ユミル万歳」」」
「「ミッターマイヤー伯爵万歳」」
すごい歓声だな、よほど虐げられていたようだな
俺もエトワールの事で精一杯で、関心はなかったが
ガブリエルの部下はどうしようもないやつばかりだな。
☆
「本当にこの案でいいんだな?」
「ユミルはユミル市民が自分で復興せねば、いつまでも自立できん」
危険がつきまとうが、いざとなったらユミルを見捨てるか。
「ニケとアレクで希望者に武器と防具を配ってくれ」
「本当によろしいのですか?」
「反乱が起きたら、俺とコルトの爺さんで殲滅する」
「起きた時点でわしは死んでいると思うがな」
兵士出身の身では納得できないだろうが、今まで言われるままに
働いてきた者達が自立するんだ、最悪はコルトを殺して独立とか言い出す
かも知れんが、コルトも覚悟はできてるようだし。
「それと普通のシュトラウスは何羽くらいいる?」
「そうですね、7千くらいでしょうか?」
「それもユミルへ送ってくれ」
「住民はかなり士気があがっております
足を与えては、最悪はエトワールが狙われかねませんが?」
「住民の総意で反乱を起こすなら、その時はユミルを本気で焼く!」
みんなも俺の本心がわかったようだな、目が物語っている。
武器を持っての一斉蜂起は王国法でも処刑の対象だ
俺も任地を任されて、すぐに反乱では陛下に面目が立たん。
☆
5日でだいたいユミルの兵もだいぶ形になってきたな。
エトワールからは、この前に雇った3千8百をコルトの直属として
ユミルへ配置、ユミルでは新規に5千5百が兵士募集に応じた。
「コルト、財産の運び出しは終わったか?」
「星金貨1万枚を残して、残りの6万枚と財宝と山のように積まれた
銀の塊はエトワールへ送ったぞ」
ロキの査定では財宝だけで、星金貨3万枚は堅いと言っていたし
急いで金庫を押さえたのは、我ながらよくやったもんだ。
銀の方はしばらくは金庫で寝かして様子見だな、やはり金の70分の1
程度の価値なのか? 運んだ分だけで軽く100トンはあったな。
「書類の方のチェックは終わったか?」
「全部見終わってないが、銀の塊は年に馬車輸送で千台分程度取れて
周辺諸国へ主に運ばれておるな。金額にして年に星金貨1万2千枚で
銀貨鋳造も自前で行っていたようだの」
馬車1台で1トンとしても、地球の銀相場の倍程度か? 大銀山だな。
「ガブリエルの娘の事も載っておったが、どうやら実の娘ではなく
ベリアスの貴族の娘を養女にしたようじゃな」
ガブリエルは人に取り入るのが上手かったと見える
俺とは真逆なヤツだったな。
銀の採掘量はわからんが、キャンベルの爺さんの話では銀貨1枚が
5グラムだから、銀が8割で1枚480円か? 自分で鋳造すれば
経費を抜けば、儲けは倍と考えて年に銀貨2億5千万枚作れる計算だ。
星金貨2万5千枚か。
「何を、にやついているんじゃ?」
「銀山の労働力について考えていた所だ」
「銀山の採掘作業に土魔法の使い手を千人程度
関連の仕事で1万人程度だぞ、わしも実数は知らんかったな」
ガブリエルの事もわかったし、エトワールへ帰るか?
「伯爵大変です。王国各地で反乱が起きました!」
352億7千万




