第六十話:亡国の姫君
人は何のために戦うのでしょうか? 愛や平和という人も居るようですが
きっとあまり苦労した事がないのでしょう。
☆
オリオンで徹底的に暴れて1週間、今は名無しの要塞で待機中です
帝国兵が1万ほど現れたが、川がなくてもその程度は余裕で
排除可能です、こんな要塞が都市に1個は欲しいものです。
「偵察は各方面にだしてるんだろう?」
「はい、アルトは王都から10万が増援に来て14万で、敵6万を迎撃中
公都も西から4万、南から6万、カナンを主力の兵8万で総勢18万で
10万が敵残存兵力の4万と交戦中、残り8万が各都市を平定中です」
「2箇所ともに倍以上か、時間の問題だな」
「子爵、我々はいつまでここで待機ですか?」
「だれか信用できる諸侯が来てくれるまでだね」
「だれか来ますか?」
「我々には邪魔な要塞だが、力を得たい諸侯には
この要塞の指揮官は魅了的だろう、高値で売ってあげよう」
「兄様、高値で売れるんですか?」
「我々は公国で働いて、要塞で兵の3割を失い、オリオンで更に2割の兵を失い
激戦の末に今があるんだ、精々後任の方には我々の宣伝をしてもらおう」
「子爵、我々は兵を失っていませんが」
「リンちゃん、そこは商会と同じで真面目に申告してはいけない所だよ」
「カズマさんも、リンちゃん呼びですか?」
「戦の時は、ちゃんと呼ぶさ、最近はこの呼び方が定着しているようだしね」
全員をちゃん呼びしたいが、慎重に行こう。
「呼び方は構いませんが、すでに我々がトーラス8万を打ち破り、公都を焼き
要塞5万の兵を倒し、オリオンで主力10万を殲滅したと噂が流れております」
「リン、概ね事実だからいいんじゃないの」
「シャル、トーラスを破ったのは子爵ですし、噂が色々ついてますよ」
「問題ないさ、真実は誰も知らない、マリア達が帰ったのも誰も知らないように」
「いいんですか? マリアたち9千も返してしまって」
「公国の完全支配が済むまでは、どうせ攻め込むのは無理だし問題はないね」
「完全支配となると、2年はかかりますね」
「あとはカリーナ姫だな」
今日も雨か、麦の刈り入れ時じゃ無くてよかったよ。
いつ交代部隊が来るのか、いっそ燃やしてしまうか?
「子爵、川の対岸に部隊が見えるとの事です」
「今いく」
「兵が1万5千といった所か?」
「リン、知っているか?」
「あの旗印は、ライラ伯爵でしょうか?」
「信用できそうな人物か?」
「ライラ伯爵家の女性当主です、内戦の時に陞爵した伯爵家のはずです」
「女性で伯爵家の当主か?」
「そう言えば、王国旗を掲げてなかったな? 揚げておこう」
俺の方が下っ端だから、出迎えに出るとするか。
「ライラ伯、よくおいで下さいました」
「ダテ殿も、その働きは王国中に響いていますよ」
「滅相もない、兵をだいぶ失ったので信頼できる方へ、この要塞を受け渡せば
我らはエトワールへ戻れます」
「そうですか、我々は先発隊で後からもう1万やってきます」
「それは有り難い、では要塞の引き渡し書類をご用意しておりますので
署名を頂ければ、我々は2時間以内に出ていきます」
「サイン致しましょう」
これで面倒なお役目から解放だ、敵に奪われても俺の責任ではない。
11時かいい時間だ。
「有難うございます、では私は失礼いたします、物資は2万の兵が1年は持つ
程度ございますので、お使い下さい」
「またお会い出来るのを楽しみにしていますわ」
24才の美人さんだが、ちょっと怖いな。
「リン帰るぞ、30分で用意してくれ」
「物資はどうします?」
「全部ライラ伯に差し上げる」
「いいんですか?」
「下手に運ぶと変な嫌疑がかかるし、兵士も財宝が邪魔で持てないだろう」
「わかりました、20分で全員外へ並べます」
「みんな揃ったな。長かった戦いも終息が見えてやっと帰れることになった
タチアナの部隊だけ俺と一緒に来てくれ、残りエトワールへ帰還だ」
「長かったか?」
「そんなに長くなかっただろう」
「うるさい。我々は兵の半数近くを失って心に傷を負って帰還するという
物語ができているんだ、戻っても酒場で騒ぐなよ」
「カズマさん、簡単にばれる物語というのはどうなんでしょう?」
「いいんだよ。噂が適当に広まれば嘘も真実になる」
「俺たちはオリオンの側を通ってノースフォールへ行くぞ」
「危険じゃないですか?」
「問題ないよ2千以上の敵が居たら逃げるから。出発するぞ」
☆
ノースフォール近くまで来たが、居ないな。
「今夜はここで野営だ」
俺は偵察に行くか。
「くそ、トーラスが裏切らなければエルミールを討てたものを」
「公国はもう終わりだな」
「俺たちも早めにオリオンに戻らないと不味いぞ」
「もう用済みだし、あれを始末してこの街ともおさらばするか?」
「相手は4万いる、こちらは1万で物資もほとんどないしな」
どこに居るんだ、宿かと思ったが、倉庫か。
「姫様、公国はエルミールに滅ぼされましたよ。あなたも
もう未練はないでしょう、ここで死んで下さい。短剣を置いておきます」
自害を勧めるか、なかなか紳士的じゃないか。
生きる気力を失った姫君を助けるなんて、勇者みたいな仕事は
俺には出来ないが。
短剣を手にしたか、死ぬのか?
「……お父様、お恨み申し上げます」
「カラーン」
助けちまったぜ、台詞が浮かばないな。
「姫様。どうせ死ぬならアルベルト陛下の前で死んでは如何かな?」
「……カズマさん」
ダメだ、俺は詩人にはなれないのは確定だ。
「とにかく王都へ一緒に戻りませんか、色々お聞きしたいですし」
「でも帝国兵が1万近くいると聞いてますが?」
「私の部下の精鋭3千がいますし、南には4万の王国兵がいます」
「……恥を忍んでご一緒に行ってもよろしいでしょうか?」
「勿論でございます。カリーナ様」
「タチアナ起きてるか?」
「何ですか、こんな時間に」
「カリーナ様をお連れした。警護を頼む」
「これはカリーナ様、失礼いたしました」
こいつも俺の時と態度がだいぶ違うな、慣れてきたのはいい事とするか。
敵もバカじゃないから敵襲は無かったか? 今頃逃げる準備で大忙しだろう。
「全軍エトワールへ帰還する。指揮はタチアナだ」
「はい」
「姫はアカネに乗って下さい。王都まで先導します」
「もう姫ではありません」
「ではカリーナ様。行きましょうか?」
前回は20日程かかったが、超高速のアオイファミリーなら3時間かからない。
今回の戦場は国内といっても北のアルトだから、王都は平常運転だな。
カリーナさんはサングラスに帽子だ、見る人が見ればバレるだろうが
そういう人は口が硬いはずだ。
「今回の戦争の重要案件を報告に来た、至急アルト子爵にお目にかかりたい」
「すぐにご連絡します、応接室でお待ち下さい」
「またこのお城に戻ってこれるとは思いませんでした」
「もう死んでも後悔はありません」
今回も5時間以上待つのかな?
「ヒルダ、オセロでもするか?」
「カズマさん、すぐ連絡すると言ってたじゃないですか?」
「この前に来た時はそれで5時間以上待たされたがな」
「5時間ですか、今日は泊まりですね」
「コンコン」
「どうぞ」
「ダテ子爵と御一行の方々に
陛下がお会いするそうです、謁見の間へどうぞ」
御一行か、大丈夫という事かな?
「みんな行くぞ」
「神殿以来だな、活躍を聞いておるぞ」
「恐れ入ります」
「とりあえず、戦利品を見せてもらおう」
「ここでお出ししてよろしいのでしょうか?」
「構わん、貴公がアイテムボックスを所持しているのは皆知っている」
知られているのか、それなら仕方ない。
「では」
フー疲れたぜ、入れるより楽だがこれだけあるとな、だれが運ぶんだ。
「部下が数えた所、金貨類が星金貨662万枚程度と貴金属になります」
「ハイム、噂は誠であったか?」
「そうですな、500万枚と聞いておりましたが、600万を超えるとは
公国の金鉱は噂通りのようです」
「子爵、今回は兵をだいぶ損なったと聞いておる、10万枚程持っていくが良い」
「ありがたき幸せでございます」
「それで、エトワールには関係のない娘が1人居るが……」
「この者は陛下暗殺の計画を事前に知らせてくれた者でございます」
「そのような者が居たのか?」
「はい。なればこそ私のような者が陛下の命をお救いできた次第であります」
「そうか、ならば恩賞を与えねばな?」
「この者は既に家族とは訣別しており、王城で働く事を希望しております」
「陛下、ダテ子爵のこの度の働きは目を見張るものがあります
それに加えて、陛下の命を救った栄誉に報いるべきかと存じます」
「ハイム承知した、ダテ子爵が保証人となるのなら、その娘を引き受けよう?」
カリーナさんが謀反おこしたら、俺が死ぬの?
「はい、豊穣神にかけてお誓い致します」
「では下がって良いぞ、ご苦労であっった」
「失礼いたします」
疲れたぜ、当分王都へは来たくないもんだ。
星金貨10万枚か、秋の税収6年分か悪くない、あの口ぶりだと自国の金山で
掘り出して、金貨を鋳造していたのか?
「サラ悪いな、ゆっくりカリーナ様と話をする機会を作れなくて」
「いいんです、またお会いできますので」
「では帰るか!」
「ダテ子爵とミッターマイヤー子爵、会議室へお越し願えますか?」
「失礼します」
「カズマさんにサラさん、かけて下さい」
「アルトハイムさん、何か御用ですか?」
「2人には今回の真相をお話しておこうと思いまして」
「真相ですか?」
「大公は当初から婚姻には反対でしたが、王太子の説得で承諾したのですが
王太子が帝国の影に暗殺されて、その罪を陛下が被る形になり
大公がトーラスに同盟を持ちかけて、今回の3国の共同作戦になった次第です」
「親心とは脆いもので、こんな簡単な奸計に引っかかるとは、私もしっかり
せねばなりません、帝国は一旦引くでしょう」
「そうですか、引いてくれると助かりますね」
「陛下は言葉にはされませんが、カズマさんには感謝しています
これからも陛下を一緒に支えて行きましょう」
「もちろんです」
「カリーナ様よりミッターマイヤー子爵宛に手紙を預かっております
お受け取り下さい」
「ありがとうございます」
「では私は少々忙しいので失礼します、新年会でお会いしましょう」
アルトで激戦地だ、忙しいだろうな?
「サラ、家に帰ってからゆっくり読めばいい、我が家に帰ろう」
「はい」
☆
ふー、やはり自分のベッドだとよく寝れるな、なんでだろうな?
「コルト、問題は無かったか?」
「兵士が貴金属を売りまくったお陰で相場が暴落しておるわ」
あいつらバカだな、金に困ってないんだ、寝かせておけばいいものを。
「アレクは星金貨2千枚持ってきたと言ってきたので、1時間程追求したら
3千4百20枚出しおったわ」
「お前も持ってきたんだろう?」
「ああ、細かくないぞ聞いて驚け、きっちり10万枚だ!」
「よく陛下がそんなに出しましたね」
「フレイヤ、俺の功績が認められたのさ」
「兵士の功績じゃろう」
「そうとも言うな、それでラウス隊を王都へも贈りたいんだが?」
「残念だが、10層でボスが倒されて以来、シュトラウスは普通の速さに
戻り、知性も悪くなった、今あるラウス隊の子供に期待するしかない」
「そうか、残念だが仕方ないな。ダンジョンはどの程度進んだんだ?」
「現在は10層と15層にポータルを設置したが、20層に降りた者は誰一人
戻ってこないので19層まで踏破という事になるの」
13層は突破できたが、20層が突破出来ないか
何がいるのやら。
☆
さて士気低下薬とかいろいろな薬を鑑定に出すか?
「キム居るか?」
「坊っちゃんじゃないか?」
「コールドマン准男爵ではありませんか?」
「爵位なんぞ飾りじゃ、キャンベルでも爺さんでも構わんぞ」
「爺さん1人か、珍しいな?」
「クララ達は海で新造船のマグロンの練習航行中じゃ」
「どんなのが出来た?」
「お望みの船はまだだが、マグロ等の高速で泳ぐ魚を追う船のマグロンに
捕鯨用のクジロン。これは兵の輸送にも使えて500人は乗れるな」
「爺さんの名前のつけ方は、相変わらず独特だな」
「覚えやすいじゃろう」
領民君も爺さんの発案だしな、頭はいいんだが
出来たものには興味がないのか? 名前が適当なんだよな。
「あとは、従来の2本マストから、3本~7本マストまで試したが
3本と5本の船が構造と費用と人員面から見て実用的のようじゃな」
「それはご苦労だったな。今日は薬の検査を依頼に来たんだ
危ない薬が多いから気をつけてな」
「わかった。船と同時進行で進めておこう」
「よろしく頼むよ」
☆
さて揺さぶった結果はどうかな?
「ハイムどうだ?」
「新規に、サラ親衛隊の発足を呼びかけた所、希望者は正規兵から4百程度
市民から1万2千程度申し込みがありました」
「正規兵からは少ないな?」
「サラ様が規律に厳しい事は有名ですから」
「危ないやつらはどの程度だ?」
「正規兵は問題ありませんが、市民からの志願者の1割はサラ様を担いで
実権を握ろうとする不定の輩ですな」
まだ俺の治世に不満を持つ者が千人以上いるか、暗殺者が絶えないはずだ。
「ハイム徹底的に訓練を施して、それでも反乱の意思を持つ者は
事故に見せかけて始末してくれ」
「かしこまりました」
もう1年経つというのに、野心の消えないやつは結構いるもんだ
これではちびっ子と散歩も出来ない。
不穏分子を一網打尽だ。
352億8千万




