8・イーディス教の裏側
パーティーを追放された後、俺達は馬車に乗って王都を離れることにした。
ちなみに……金はエリオットから借りたSSSランクの剣を売り払うことによって用意した。
借りパチしてしまった形となったなあ。
まあ今更返しに行くのもなんだし、ちゃんと遊びに付き合ってくれた給料も渡したので、十分だろう。
「顔がもぞもぞする」
「ちょっとだけ我慢してくれよ、イーディス」
途中、俺が勇者パーティーの(元)雑用係だということ。
それとイーディスが獣人族であることがバレると色々面倒臭いので、二人とも布で顔を隠すことにした。
布の隙間から、イーディスはクリクリとした瞳を向け、
「どうして……離れるの? 復讐するんじゃなかった……? それなのに、どうしてあいつ等から離れる?」
「少し行きたいところがあってな」
「行きたいところ?」
「ああ。フランバル大聖堂だ」
この世界はイーディス神を崇めている『イーディス教』というのが幅を利かせている。
エリオットはその神からの神託を受け、神スキル【勇者の証】を授かったと言われているのだ。
そんなイーディス教の大本山がフランバル大聖堂だ。
「なんでそこに?」
「そうだな——今回、復讐するターゲットをイーディスに発表しよう」
「わあい」
「ぱんぱかぱーん。マルレーネだ」
聖女マルレーネ。
勇者パーティーの回復担当。
その実力もさることながら、なんと彼女はイーディス教の枢機卿でもある。
「ただ復讐するだけじゃつまらないだろ? ちょっと趣向を凝らしてみようと思ってな」
そう考えた時、フランバル大聖堂はあつらえ向きの場所だったのだ。
フランバル大聖堂のある部屋にマルレーネを呼び出し、復讐を実行する。
それが今回の作戦であった。
「なるほど。アルフ、頭いい」
「それ程でもないさ」
「でも……酷いことって? アルフが『イーディス教』の名前を出す時、とっても辛そうな顔をしている」
イーディスが心配そうに言った。
「イーディス教ってダメなの? イーディスダメ?」
だからイーディスは自分のせいかも、と思ったのだろう。
イーディスいわく——神である彼女がこの世界にいるのは、他の神々に騙されたかららしい。
人間の世界でも王様が失脚したりするんだ。神の世界も色々とあるんだろう。
俺はそんなイーディスを優しく撫でて、
「そんなわけない。イーディスは可愛いよ。俺がクソ嫌いなのはイーディス教だ。愚かなヤツ等が勝手にイーディス教の名前を語っているだけで、イーデは関係ないよ」
「愚かなヤツ? どういうこと?」
イーディスがクリクリとした瞳を向ける。
「イーディス教ってのはな——」
彼女に対し、俺は歩きながらとつとつと説明をはじめるのであった。
イーディス教はイーディス神を唯一神と崇めている宗教だ。
困っている人全ての救済をかかげ、イーディス教の信者は全て天国に行けるとも言われている。
「数ある宗教の中でダントツで信者の数が多い、とも言われてるな」
一見、どこにでもある普通の宗教に思えるが——裏の顔はあまりにドロドロだ。
ことあるごとに、寄付やら免罪符やら名目をつけて、市民から金をむしり取ろうとする。
そのおかげで、イーディス教の神官はみながお金持ちで肥えている。
まさにイーディス教の『神官』であることが、社会的にはなによりのステータスとなるのだ。
そう考えれば、あの神官どもも勇者達と同じく勝ち組人生を歩んでいる、と言えるだろう。
さらに……。
「イーディス教には『悪魔審判』というものがあるんだ」
「悪魔審判?」
「ああ。どうやらマルレーネが最初に考えたことらしいんだが……その第一号に俺が任命された」
悪魔審判というのは『その人に悪魔が乗り移っているかどうか見極める作業』である。
理由は付けているが、実際のところはいちゃもんを付けて、いたぶるだけの拷問である。
旅の途中で大聖堂に立ち寄った際。
マルレーネの主導で、悪魔審判というものが行われた。
「もう地獄の日々だったよ……暗くて狭い部屋に閉じ込められて。四六時中、暴行を受けた。何度も途中で死のうと思ったさ」
「ひどい……」
マルレーネが主導したこととはいえ、徐々に神官達がノリノリになっていたのを、今でも思い出したら腸が煮えくりかえる。
極めつけはとある神官がこう言ったことだ。
『自分に悪魔が乗り移っている、と白状すれば今すぐここから出してやろう』
ってな。
その頃には体力的にも精神的にも消耗していた俺は、神官のそんな甘い言葉に乗った。
「結果的に……もっと暴行はひどくなった。その神官は嘘を吐いたんだ。もっと暴行がひどくなるように……って」
「神官が嘘を吐くなんて最悪……人の風上にも置けない」
「その時、俺は思ったもんさ。人の言葉を簡単に信じない……って」
最終的にはマルレーネが飽きたことによって、悪魔審判は終わった。
だが、あの時の後遺症か……暗くて狭い部屋に閉じ込められると、未だに体の震えが止まらない。
「それから悪魔審判っていうのは、都合の良いシステムだったらしく……それから聖堂内で日常的に行われているらしい」
「そんなひどいことが?」
「ああ。寄付をおこたった市民や……イーディス教に反論した者……ただ単純に気に入らないもの……見た目が良い女……イーディス教の神官に目を付けられた者は、悪魔審判と称してフランバル大聖堂に運ばれる」
容姿が良い女は悪魔審判で神官が楽しんだ後、奴隷として売り払われる——という話も聞いたことがあった。
「なにそれ? そんなの宗教じゃない。ただ悪魔教団なだけ」
「ハハハ! 悪魔教団か! イーディスは賢いなあ」
イーディスの頭をもっとわしゃわしゃ撫でてやる。
「マルレーネにとっても、イーディス教の信頼が失墜したら、社会的にも底辺に堕ちることになるだろう。俺は大聖堂で彼女の復讐を果たすと同時に、悪の集団でもあるイーディス教をぶっ潰す。それが今回の作戦だ」
ククク…。
…マルレーネの社会的ステータスの一つでもある『イーディス教のお偉いお偉い枢機卿様』ってのがなくなったら、あいつはどんな顔をするだろう?
今から楽しみになって、笑いが止まらなかった。
◆ ◆
それから一週間くらい馬車に揺られた頃だろうか。
俺達はフランバル大聖堂がある街まで到着した。
「寄り道はしない。大聖堂に行くぞ」
「うん」
馬車から降りた俺達は、真っ直ぐと街の中心に位置するフランバル大聖堂に向かった。
「大きい」
到着すると、イーディスがフランバル大聖堂を見上げて呟いた。
「信者から巻き上げて作った建物だ」
「巻き上げた?」
「ああ。ヤツ等が一番好きなのはイーディス神でも信仰でもなんでもなく、金なんだ。金を増やすためならなんだってする」
「ひどい」
「今からぶっ潰す」
改めて決意して、イーディスと手を繋いで、大聖堂の正門へと歩いて行った。
「止まれ」
「貴様はアルフだな?」
正門の前には、でかいハンマーを持った男と、杖を持った女の神官が立っていた。
「勇者エリオット様から、お前だけは入れるな——と言われている」
「今引き返すなら、有り金全てお布施で許してやろう」
「貴様のような底辺は、我らに貢げばいいのだ。心配するな。お金は正しく使ってやるから」
二人の神官はそう言って、せせら笑った。
予想していたことだが……どうやら一筋縄ではいかないらしい。
「そういや、俺がパーティーから抜けたら……ギルドも教会も出禁にしてやるとか言ってたな」
仕事の早いことだ。
俺より弱いくせに、嫌がらせだけは迅速なんだなあ。
「おい、止まれと言っているだろう。貴様のような底辺の男が、このような神聖な場所に足を踏みれるなど許さない」
「止まらない場合、貴様に神罰をくらわしてやる」
神、神、神……ってお前等が一番神から程遠い人間だ。
こいつ等も今まで神官として甘い蜜を吸ってきたんだろう。
だが『神官』という勝ち組職業になったお前等は、今から仲良く底辺だ。
ごちゃごちゃ言ってたが、気にせずそのまま突き進んだ。
「止まれと言ってるのが分から——グハッ!」
なのでまずはハンマー男の頬に、全力の拳をお見舞いしてやった。
俺の全力をくらったハンマー男は、クルクルと体を宙で回転させ、壁に激突していった。
トマトが潰れたような音が聞こえた。
「き、貴様……! なにをする! 我らに逆らうとは良い度胸——聞いているのか?」
「聞く価値がない」
俺は倒れている男からハンマーを手に取って、魔法を発動させようとする女を見据える。
「せ〜い〜な〜る〜か〜み〜よ〜」
一生懸命、魔法の詠唱をしているみたいだ。
でも不自然なくらいに間延びした声で、あまりにも遅すぎて欠伸が出た。
「遅い」
俺は肩にハンマーを背負って、ゆっくりと歩いて行って、そいつの頭に落としてやった。
「んぎゅっ!」
変な声を上げて、同じように杖の神官は地面に倒れた。
「弱すぎる」
「アルフ、容赦ない」
「ダメか?」
「ん。素敵」
もちろん、こいつ等と目があった瞬間、敵意を感じ取ったので【みんな俺より弱くなる】を発動したのだ。
その結果、全力とはいえ俺の大したことないパンチも避けられず、魔法の詠唱がとんでもなくスローだった。
「邪魔者はいなくなった。イーディス、進むぞ」
「うん。本当の神というものを教えてあげなくちゃ」
とまさに本当の神であるイーディスが言って、一緒に大聖堂の正門を開いた。
正門は大理石とか金とか埋め込んでいるせいか、重かった。
復讐の舞台を整えます。