★49・トイチ
足下を見られたが、マルレーネとサラを売ったことにより、少しばかりのお金を手に入れることが出来た。
しかし。
「これだけでは足りない……」
まさか勇者の僕がこんなにお金で苦労するなんて……。
一枚の銅貨を見つめながら、エリオットは考えた。
切り詰めれば、これで一週間程度なら生活出来る。
しかしその後はどうする?
野宿するか?
……いや勇者の僕が野宿なんてみっともない真似出来るか!
そもそも今の安宿に泊まるのも嫌だったんだ。素泊まりだし、ベッドは固い。そしてなにより隣の部屋の声も聞こえて、うるさくてよく眠れない。
(日雇いの仕事は安定しない……それに低賃金だ。このままでは行き詰まってしまうだろう)
やはり冒険者になることが一番なのだ。
冒険者も日雇いではあるが、仕事は溢れかえっている、依頼によっては高報酬も珍しくない。
そしてなにより——カッコいい。
だが、エリオットが冒険者として再起することは不可能だ。国王からお触れが出ており、冒険者登録することが出来ないのである。
となってはやはり、きつい土木仕事をするしかないのだが……。
「お金が……お金が欲しい……」
王城にいる頃は、お金になんて困ることがなかった。
(働かなくてもお金が沸いて出てくるような……そんな仕組みがあればいいなあ)
そんな時。
歩きながら思考にふけるエリオットの前に、一枚の広告が舞い落ちた。
普段なら一瞥すらせずに、そのまま通り過ぎていたところだった。
しかしその広告に書かれていた文字を見て、エリオットは足を止めずにはいられなかった。
「そうだ! これだったら……!」
エリオットに天啓閃く。
これなら……!
なにもせずにお金を手に入れることが出来る!
(僕がこういうところに頼るのは、少々抵抗があるが……贅沢は言ってられない!)
広告を握りしめ、エリオットはそこに書かれている場所に走り出した。
それがさらなる破滅への序章になるとも知らず……。
◆ ◆
「まさかこんな簡単にお金を手に入れることが出来るなんてな」
エリオットは袋にぎっしり詰まった銀貨や銅貨を見て、思わず頬をほころばせた。
「これで一ヵ月は生活出来る……いや」
すぐにエリオットはぶんぶんと首を横に振り、思いとどまる。
「借りたお金なんだしな。勘違いは身を滅ぼす原因だ。低脳なヤツ等と僕は違うんだ」
そう。
エリオットはとうとう、金貸しに手を付けたのである。
彼があの時、拾った広告は街中のとある金貸しのものであった。
『即融資!』『無理のないご返済プラン!』『保証人なしでも大丈夫!』
と今の彼にとって、魅力的な文字が紙面で踊っていた。
(これで急場を凌げれば十分なんだが……)
どうやら借りた金額に対して、十日で一割の利子がつくらしいのだが……エリオットにはその意味がよく分からない。
アルフに『俺より弱くなる』スキルをかけられる以前から、エリオットは金銭感覚というものに乏しかった。
お金に困ったことなんてない。
金を借りる経験などなおさらだ。
ゆえにエリオットは金貸しの甘い言葉に乗せられて、結構な大金を借りてしまっていたのだ。
「まあ……なんとかなるだろう」
取りあえずは腹ごしらえだ。
久しぶりに女を抱きに行くのもいいな?
お金というものは不思議なものだ。
どんなに冷静な人でも、大金を持たされれば正気を失ってしまう。
久しぶりの大金を持って、エリオットは勇者時代の金銭感覚が戻りつつあった。
「よし……! マルレーネとサラも売ったし、明日から本格的な再起だ! 今日は景気づけに贅沢をするか!」
夜の繁華街へと消えていくのであった。
(金貸し視点)
金貸し屋にて。
「なあ親分……本当にあいつに金なんて貸してしまっていいんですか?」
一人の部下がテーブルでふんぞり返っている金貸しの親分にそう問いかける。
「どういう意味だ?」
「いや……あいつはもう勇者じゃないんですよ。もっぱら日雇いでその日暮らしの生活をしているらしい。あんな大金……しかも十日で一割だなんて、返ってくる見込みがないんじゃないですか?」
「ふっ!」
親分は部下の言葉に、思わず噴き出してしまう。
「だからお前は甘ちゃんなんだ。いいか? あいつは腐っても元勇者。縁は切られていると思うが、それでも国王とのコネがあるわけだ」
「というと?」
「返済されなかったら、最悪国を頼ればいい。国王陛下にとって、エリオットの勇者パーティーは汚点のはずだ。出来れば闇に葬りたい部類の……な。その上、エリオットが金を借りて返さないとなったら? 国にとっては大した額ではないし、体面を気にして肩代わりしてくれる可能性が高い」
「なるほど。ですがそんなに上手くいきますかね? エリオットの野郎を切り捨てる気もしますが……」
「だろうな」
「だったら!」
声に焦りを滲ませる部下の一方、親分は涼しげな顔だ。
「仮にそうでなくても、国に恩を売ることが出来る。あんな端金で国とのパイプが出来るなら儲けものだ。
それにエリオットの野郎に恨みを持っている連中も多いもんでな。サンドバック代わりに買ってくれる、酔狂な貴族様もどこかにいるだろう」
「おお……! さすが親分ですね。何重にも保険をかけていましたか」
「当たり前だ」
親分は煙草を吹かし、窓の外を眺めながらこう続ける。
「あいつはどちらにせよ、これから破滅する。なにもかも失ったあいつに、トイチの利子なんて払えるはずもねえ。くくく……オレもヤツ等勇者パーティーには、嫌な思いをさせられていたからな。復讐出来ると思えば、それだけでゾクゾクする」
「所詮『元』勇者とはいえ、おいら達の食いもんってわけですね」
「そういうこった」
金貸し屋でこういう会話が交わされていることも知らず。
その頃、エリオットは久しぶりに美味しい料理に舌鼓をうっていたのであった。
新作はじめました!
「真の聖女である私は追放されました。だからこの国はもう終わりです」
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