★48・下級奴隷
「「下級奴隷?」」
二人が声を揃える。
「そうだ」
「奴隷……って、きついお仕事なのでは?」
「そうだそうだ。そんなことをするより、私はエリオットと一緒にいたいぞ」
さすがにマルレーネとサラは戸惑いを隠せない様子だ。
しかしエリオットは二人の肩にポンと手を置き、優しげな口調でこう続ける。
「もちろん僕も君達とずっといたい。だけど生きていくためにお金が必要なんだ」
「お金! お金は大事ですわ!」
「そうだろ? 下級奴隷だったら稼ぐことが出来る。だから二人には少しの間、下級奴隷になって頑張ってもらう。そしてまとまったお金が集まったら……二人とも、僕と結婚しよう」
「「!」」
突然の求婚であった。
エリオットはそう言いながら、二人のことをぎゅっと抱きしめる。
マルレーネとサラはうっとりした表情だ。
「エリオット様……やっと言ってくださいましたわね!」
「とうとう結婚だな! 新婚旅行はどこに行こうか?」
二人は顔が喜色満面なものとなる。
エリオットが二人とも……といったところは、もう大した問題でもないらしい。それか壊れている二人にはもうそういう細かいところを、気にする余地すらないのか……。
エリオットは二人を抱きしめながら、ニヤリと口角を歪めた。
(上手くいった! 誰が結婚なんかしてやるものか!)
そうである。
無論、エリオットは二人と結婚するつもりなど、これっぽちもなかった。
奴隷というのはそもそも辛い仕事である。
貴族に仕える上級奴隷ならともかく、普通の奴隷なら他の人がやりたがらない仕事を請け負ったりする。
そこには人権など存在しておらず、ただボロ雑巾のように使われ、捨てられるだけだ。
そしてマルレーネとサラがなろうとしている、下級奴隷はもっと酷い。
筆舌し難い所業が二人には待ち受けているだろう。死んだ方がマシだと思うかもしれない。常人なら三日で気をやられる。
だが、既に壊れている二人なら、もう少し持つかもしれない。
まあどちらにせよ、虫以下の存在である下級奴隷なので、しばらくしないうちに死んでしまうだろうが……それすらもエリオットは計算尽くであった。
(少しのお金も得て、二人の厄介払いも出来る! こいつ等は今している仕事でも足を引っ張ってばかりだからな。そろそろこいつ等とは縁を切らなくちゃならない)
下級奴隷を売り払う時は前払い制度だ。
とはいっても、二人を売って成人男性の一ヵ月分の生活費を得られるかどうか……といったところだが、貧乏な彼にとってはその金額は大きい。
「じゃあマルレーネ、サラ。奴隷商人のところに行こうか」
「「はい!」」
エリオットの思惑も知らず、二人は元気よく返事をした。
(悪く思うなよ。僕が生きていくために、これは必要なことなんだ)
罪悪感の欠片も残っていないエリオットは、二人を連れて奴隷商人のところに行くのであった。
◆ ◆
「なんだと!? これだけの金額にしかならないのか?」
奴隷商人のところに行き。
マルレーネとサラを「下級奴隷にしたい」と言ったら、提示された金額にエリオットは激怒した。
商人に足下を見られたのだ。
一ヵ月分どころか、これでは一週間程度の生活もままならないだろう。
当初予定していた金額よりも遙かに下の数字を突きつけられて、エリオットは商人に対して声を荒らげる。
「文句があるなら、売らなければいいのですよ。あなた達、偽勇者パーティーの一団でしょう?」
「……知っていたのか」
『偽』というところが気にかかるが、今はそこに突っ込んでいる場合ではない。
商人はエリオットの言葉に対して、首を縦に振った。
「当たり前です。あなた達はこの街の有名人なんですよ」
「それなら、なおさらどうしてだ! マルレーネとサラも元冒険者。マルレーネは強力な治癒魔法が使えるし、サラはどんな剣でも自由自在に扱える。モンスター退治も出来る二人なのに、これだけ低い金額とはなにを考えているんだ!」
嘘である。
マルレーネは治癒魔法なんか使えないし、サラに剣を持たせるくらいならそこらへんの子どもの方がまだマシであった。
しかし商人はその嘘を見抜いているのか、
「ふんっ……どうせ子どもでも使えるようなレベルでしょ? あなた達のことは知っています。なんでも国王陛下すらも騙していたと」
「そ、それははデマだ!」
「デマだろうが、なんだろうが関係ありません。あなた達が勇者パーティーとしてまつりあげられている頃、『勇者パーティー税』として重い税金が敷かれていましたからね。あの頃は生活が苦しかった。あなた達の贅沢な旅路をサポートするためだけに、あんなに重い税金を払うとは……思い出すだけではらわたがに煮えくりかえります」
商人は嫌悪で顔を歪める。
元々エリオット達のことが嫌いだったらしい。
「これはあなた達への報いです。何度も言いますが、嫌なら他に行ってくれればいいんですよ。もっとも……他も似たような反応だと思いますがね。くくく……」
商人から笑いが零れる。
(ク、クソ……っ! 足下見やがって!)
こいつが言うように、マルレーネとサラを他に売りに行ったとて、似たような金額を提示されるだけだろう。
ならばどうする?
「エリオット様! わたくしはどこで働くのですか!」
「頑張ってみせるぞ! そして……これが終わった暁にはエリオットと結婚するのだ!」
後ろではぎゃあぎゃあ二人が叫いている。
これから二人に訪れる地獄も知らずに……呑気なものだ。
(……とはいっても、厄介払いが出来て、少額だがお金が貰えるのはいいことなんじゃないか?)
マルレーネとサラを見ていると、エリオットは自分でも驚くほど非情な決断が出来た。
エリオットは商人の方を向き直し。
「ちっ……仕方ない。その金額でも了承しよう。二人を下級奴隷として売る」
「毎度あり〜」
商人の顔がぐにゃりと喜悦で歪んだ。
今まで重税で苦しめられてきた彼にとって、今の状況はとてつもなく至福の時なのであろう。
「じゃあ二人とも、頑張ってね。すぐに終わると思うから」
「はい! エリオット様のために頑張りますわ!」
「エリオットのために、いーっぱいお金を稼いでやる! そして……そのお金で新婚旅行に行こう!」
二人は無邪気に言った。
(くくく……バカなヤツ等だ。もう二度と僕に会えないというのにな)
これが永遠の別れになるというのに。
エリオットはこれっぽっちも名残惜しさもなく、二人に対して手を振るのであった。




