47・偽勇者にとことんまで堕ちてもらいましょう
「全く! てめえらは使いものにならねえな!」
エリオットの腹に蹴りが入る。
「いてえ……」
「なんだ、その反抗的な目は?」
作業員に凄まれてなお、エリオットはなにも言い返すことが出来なかった。
「…………」
「分かったら、さっさと動け。人より出来ないなら、人の十倍頑張りやがれ。分かったな? 勇者様」
「……はい」
作業員の言葉に、エリオットは頷くしかなかった。
勇者様……彼から放たれた皮肉たっぷりの言葉。
だけど怒る気にはなれない。今のエリオットは怒りよりも、自分に対する情けなさの方で頭がいっぱいになっていたからだ。
(どうして僕がこんな目に……)
重い木材を肩でかつぎながら、エリオットは今までの顛末を思い出していた。
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王都から追放され、エリオット達はミタアナに馬車で向かった。
ここで心機一転……と思っていれば、勇者パーティーで唯一戦力であったフェリシーが離脱してしまった。
フェリシーを馬車馬のごとく働かせ、なんとかこの場を凌ごうと思っていたのに……計算が狂った。
しかし働かなければならない。エリオット達には満足に宿に泊まる金さえも残されていなかったのだ。
最初、エリオット達は冒険者ギルドに向かった。
「なにか依頼はあるか? 早く言ってくれ。急いでいるんだ」
受付嬢に対して、エリオットは威圧的に訊ねた。
だが受付嬢から返ってきた言葉は、予想外のものであった。
「あなた……偽勇者のエリオットですよね?」
「なんだと?」
「もうとっくに王都からお触れが出ているんですよ。エリオットはとんだペテン師だ。あいつには金輪際、ギルドの使用を禁止する……って」
「そ、それは出任せだ! 僕は偽勇者なんかじゃない! 現に魔王も倒した!」
「その魔王を倒したのも、ほとんどアデルさんっていう人のおかげだったそうじゃないですか。もう調べが付いているんですよ」
「ち、違う……!」
「なにを言っても無駄です。お帰りください。それともなんですか? ボコボコにされたいですか?」
受付嬢がパチンと指を鳴らすと、周りから冒険者らしき男共がエリオットに集まってきた。
普通ならこいつ等など大したことはない。蹴散らせばいいだけだ。
しかし今のエリオットは弱い。刃向かう力もなかった。
「……くっ!」
顔を歪ませ、エリオットはギルドから出る。
「二度とギルドの門扉を潜らないでくださいね」
受付嬢は最後、侮蔑の視線を向けてきた。何故だかその表情が、エリオットの頭に染みついた。
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ギルドも使えない。
しかし金は必要。
仕方ないので、エリオットは建設途中の建物の作業員として働くことにした。
本来ならば僕にはもっと華やかな仕事が向いている。こんな汚くて、きつい仕事は僕がやるべきではないんだ。
エリオットのその考えが顔から滲み出ていたのか、周りの作業員は彼に辛くあたった。
「まさかあんな使いものにならねえとは。偽勇者とはいえ、冒険者の一人ではあったんだろう? なのに木材一つ、満足に持ち上げることも出来やしねえ」
「全くだ。これだったらなんのために給料を払っているか分からない」
「しかもあの女二人はなんだ? ただ騒いでいるだけで、ちっとも仕事をしやしねえ。魔物みたいな顔をしてやがるし……」
作業員達の陰口が聞こえてくる。
エリオットはそれに反論することが出来ず、ただ歯を噛みしめるしかない。
「ハハハ! エリオット様、見てください! チョウチョですわ!」
「エリオット、早く私達の愛の巣に帰ろう。私はそろそろ疲れたぞ。そうだ、帰ったらマッサージをしてあげよう」
無論マルレーネとサラも同じ仕事をしてもらっている。
しかし彼女達はエリオットよりも役に立たない。
このままではクビになることは必至で、エリオット一人だけがこの辛い仕事をすることになるだろう。
「うわあ!」
石につまずき転ぶ、エリオット。
泥がエリオットの顔につく。
こんなもの……勇者だった頃は、指一本でも軽々持ち上げることが出来たのに……。
しかし【みんな俺より弱くなる】によって弱くなってしまった彼には、既にこんなことも出来やしない。
エリオットはそんなことも分からず、藻掻き苦しんでいた。
「おい。てめえ、もしかして仕事を舐めていねえか?」
「ぐはっ!」
ガッ!
倒れているエリオットの頭が、作業員の足によって踏んづけられる。
ぐりぐりと押しやられ、エリオットの顔がさらに泥まみれになった。
「こんな力仕事、誰にでも出来るものだと思ってねえか?」
「そ、そんなこと……」
「しかしこんなきつい仕事でも、誰かがやらなければならねえ。オレ達は誇りを持って仕事をしてるんだ」
「…………」
「てめえが心を入れ替えれば、少しは仕事も楽になるかもな」
作業員の精一杯の優しさであった。
だが。
(心を入れ替える? 僕はなにも悪いことをしていない! こんなきつい仕事をやるべきではないんだ!)
今まで贅沢三昧していたエリオットの頭には、『改心』の『か』の字も出てこなかった。
出てくるのは不平不満だけ。
作業員の足が頭からどけられ、彼が自分から離れていくのを見計らって……エリオットは地面に唾を吐いた。
「エリオット様! こーんなにキレイなチョウチョがいましたわよ。なんと……羽が虹色です!」
「エリオット、化粧をしているのか? 顔が茶色くてカッコいいぞ。私にも化粧を教えてくれ」
「黙れ!」
エリオットは憂さ晴らしに、近くで訳の分からないことをほざいている二人を思い切り殴った。
だが、マルレーネとサラもへこたれている様子はない。
「エリオット様に殴られましたわ! やったー!」
「さすがにこんなところで、いちゃいちゃするのは……ま、まあエリオットがそのつもりなら、私は一向に構わんが」
それどころかエリオットに構ってもらえて嬉しそうだった。
「おい! 仲間割れするんだったらクビにすんぞ! クズが!」
怒声が飛ぶ。
(……そうだ!)
マルレーネとサラを見ていたエリオットに、天啓が閃いた。
なにも……こいつ等にまともな仕事を与えなくてもよかったんだ。どうして今まで気が付かなかった。
二人の見ていないところで、エリオットは口角を吊り上げた。
◆ ◆
今日の仕事が終わり、エリオット達は宿屋に戻った。
臭くて汚くて狭い。この街でもっとも質が低く、そして値段が安い宿屋だ。安い給料ではここくらいにしか泊まれない。
「まずはそこに座ってくれ」
エリオットの指示通り地べたに座るマルレーネとサラ。
彼はベッドに腰掛けながら、彼女達にこう話を切り出した。
「二人に良い話しがあるんだ」
「もしかして……結婚式ですか?」
「なにを言っている、マルレーネ。エリオットは私と結婚するに決まっているだろう」
「あなたこそなにを言っているのですか! エリオット様はわたくしと結婚するのですわ!」
二人がエリオットを取り合って喧嘩を始める。
マルレーネの言っていることは的外れだ。彼の頭にはそんな考えなど、一切浮かんでいなかった。
しかし腹は立たない。今はそんなことよりも、自分の素晴らしい閃きを早く彼女達に言いたいからだ。
エリオットは邪悪な笑みを浮かべ、二人にこう告げた。
「……二人には下級奴隷になって欲しいんだ」
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「無能はいらない」と言われたから絶縁してやったけど、実は最強でした 〜四天王に育てられた俺は、冒険者で無双する〜
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