46・彼女のこれから
目が覚める。
「ここは……」
白い天井。
窓から射し込む日光。
フェリシーは今までの状況を思い出す。
(そうだ……私はアルフ君と出会って……『彼女』にしてって言ったら……)
その瞬間、耐え難い頭痛に襲われる。
「うっ……!」
思い出した。
エリオットのことを根に持っていたアルフに、酷いことをされたのだ。
全く。逆恨みにも程がある。
「病室……なのかな? それに今の私……全身包帯?」
なんとか体は動かせそうだ。
しかし指一本でも動かせば激痛に襲われる。
火傷は肺の中まで浸食しているのか、一呼吸する度に死にたくなるような息苦しさを感じた。
「はあっ……はあっ……私は……」
「気が付いたか」
ビクンッ。
その声を聞いて、フェリシーの体が反射的に小さく震えた。
「アルフ君……」
「お前一週間寝たきり状態だったんだぞ。全く、手を煩わせてくれる。薬草やポーションをいくつ使ったか」
アルフが溜息を吐く。
彼が助けてくれたのだろうか……?
なんのために?
(もしかしたら……)
この時、フェリシーの中で希望が生まれる。
(私のことを……許してくれたんだ!)
だってそうに違いない。
薬草やポーションを使った? わざわざ治療してくれたんだ!
アルフも人間だ。
きっと罪の意識に苛まれ、自分のやったことの愚かさに気付いてくれたんだろう。
(ふふふ。もしかしたら私に惚れちゃったかもしれないね)
私は美少女だ。
ならば、私のことを見ていたら、いつの間にか恋心が再燃したのかもしれない。
男なんて単純だ。胸が大きくてキレイな女性を見たら、すぐに媚びようとする。
「ねえねえ、アルフ君」
勝利を確信し、フェリシーは話しかける。
「もう一度言うよ。やり直そう」
「…………」
「私のこと、許してくれたんだよね? うん。私のやったことは酷いことだと思う。アルフ君が怒るのも無理はないよ」
「…………」
「謝罪ならいくらでもする。だからアルフ君……もう一度私とやり直そう? 私と付き合えるなんて嬉しいでしょ?」
アルフから答えは返ってこない。
もちろんだが……フェリシーはそう口では言っているものの、全く反省はしていなかった。
しかし魔法もなにも使えなくなった彼女では、誰かに寄生することでしか生きられないだろう。
ならばアルフだ。
アルフと付き合って、とことん金を搾り取ってから捨ててやる。
フェリシーはそんな打算をしていた。
「アルフ君。答えを聞かせてくれるかな?」
まあそうは言っても、答えなんて決まっているだろう。
アルフは立ち上がると、
「は? お前、まだそんなこと言ってんのかよ」
フェリシーの顔を殴打した。
◆ ◆
ハハハ!
こいつはなんて愚かなんだ!
「お前を許す?」
面白いことを言ってくれる。
「そんなこと……絶対ない!」
「グバッ!」
フェリシーを殴ると、彼女の口から変な声が漏れた。
「出て行け」
俺は全身包帯ぐるぐるになったフェリシーをベッドから叩き落とす。
「え……ど、どういうことなの? 私のこと、許してくれたんじゃ?」
「なに言ってんだお前?」
反省しているような口ぶりだったが、どうせ表面上だけだろう。
裏の感情ではもっと別のことを考えていたに違いない。
大方、俺に寄生して、金だけを搾り取るつもりだったに違いない。
「お前を治療した理由を言ってやるよ」
「っっっっ!」
俺はフェリシーの頭を踏んづけながらこう続けた。
「お前に今から負け組底辺生活を送ってもらいたかったからだ」
「……負け組……底辺……?」
「そうだ。今からお前、どうやって生きていくんだ? 治療したとはいったが、無理矢理骨と骨を繋ぎ合わせ、ポーションで体力を回復させたからだ。俺は医学の心得なんてこれっぽっちもないからな。そんな継ぎ接ぎだらけの体では、まともに働くことも出来ないだろう」
フェリシーの今後を想像すると、嬉しすぎて体が震えた。
「銅貨一枚を得ることすら困難に違いない。それに……昔はちょーっとは可愛かったみたいだが、今となっては全身火傷のせいで肌が爛れているモンスターのようだ」
「私が……モンスター?」
俺は首を縦に振る。
「このまま、村から出て行くといい。村の外は治安が悪い。盗賊に捕まって、散々体を遊ばれるかもしれない。しかし俺はそんなこと、知ったこっちゃない。そんな負け組底辺生活を、せいぜい楽しんで過ごしやがれ」
いわば、今までの復讐はあくまで序章。
今からフェリシーに待ち受ける負け組底辺生活。
地獄にいるより苦しい目にも遭うだろう。
これが俺がフェリシーに……そして勇者パーティーのヤツ等に考えた復讐であった。
「うぅ……ずるいよ。アルフ君……」
ああ。
まーた泣きだしたぞ、この女。
「私はこんなに反省しているのに……どうして許してくれないの? モンスターなのはアルフ君の方だよ。心がね」
「まだそんな減らず口をたたく余裕があるのか」
見上げた女だ。
この調子だったら、近くの街までなんとか辿り着けるかもしれないな。
「知ってるか? エリオットは近くにある街のミタアナにいるらしいぞ」
「ミタアナに……」
「せめてもの餞別だ。そこまで行く馬車を用意してやる」
まあもっとも、俺の知らないところで魔物に食われて死ぬのも癪なので、用意してやっただけのことだが。
「エリオット達と仲良く肩を寄せ合って、負け組底辺生活を送りやがれ。エリオット達、全員おかしくなっていただろう? あいつ等とまともな生活は送れないだろうがな」
だが、フェリシーはそうするしかないだろう。
だって彼女の唯一の『味方』といったら、元勇者パーティーしかいないのだから。
「行け」
「痛いよ! 止めてっ! 自分で歩くから……」
蹴り上げると、フェリシーは周りのものを触りながら、震える足で立ち上がった。
よろよろとした足取りで病室から出て行く。
「アルフ君……」
「なんだ?」
「また私と会ってくれるかな?」
「ああ。大丈夫だぞ。近いうちにお前を見に行ってやる。どんな酷い生活を送っているか気になるからな! ハハハ!」
「……酷いよぉ……」
フェリシーはしくしくと泣きながら、去っていった。
敗者は去るのみなのだ。
「アルフ」
「おお、イーディス。どうだった?」
廊下から隠れて一部始終を見ていたイーディスが、ひょっこりと顔を現す。
「アルフ、やっぱり優しい」
「そうだろ?」
「うん。あんな素晴らしい人生をプレゼントするなんて……あの糞女にとったら、最低のプレゼントだよ」
「惚れ直したか?」
「ん」
イーディスが俺に抱きつく。俺はそんな彼女の頭をわしゃわしゃと撫でてやった。
うむ——それにしても、一通り復讐は進んだな。
勇者パーティー全員を『みんな俺より弱く』したのだ。
しかしまだこれは復讐の第一段階が終わったに過ぎない。
「今からが本番だ」
俺の希望。
それは彼等が揃って負け組底辺生活を送ることだ。
「あいつ等が今からどれだけ堕ちていくか楽しみだな」
「楽しみ」
イーディスを見ると、天使のような笑みを浮かべていた。
四章幼馴染み編が終わりました。
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最終章「みんな俺より弱くなる」へ続きます




