44・楽しいキャンプファイアー
「あああああああ!」
建物の中からフェリシーの悲鳴が聞こえる。
夜の村にその悲鳴は響き渡り、気付いた人々が続々と集まってきた。
「最高の気分だ!」
俺は酒の入ったコップを傾け、フェリシーの叫び声を耳に入れる。
俺にとって彼女の絶叫は、至高の音楽のように思えた。
酒が進むっていうもんだ。
「アルフ、どうしたんだ? 火事か!?」
「大変だ、すぐに消さないと!」
「おいちょっと待って。この家は……」
火が燃えさかっていく光景を見て、それを消そうとする者がいたり……なにかに気付いたように動きを止める者もいた。
「みんな、安心してくれ」
俺はみんなの方に振り返り、落ち着かせるためにこう続けた。
「火事なんかじゃない。そうだな……キャンプファイアーといったところか」
「「「キャンプファイアー?」」」
村のみんなが声を揃えて、首をかしげた。
「ああ。火の明かりもあって、周りの暗さも少しはマシになっているだろう? ここでご飯を食べたり……みんなと今日の思い出を語り合ったりするんだ」
「それは面白そうだな。でも……この家って……」
「フェリシーの実家だな」
俺は即座に返す。
「それって……」
「なにか問題でもあるか?」
俺が問いかけると、質問を投げかけてきた男は口を閉じた。
「……別に問題ないだろ」
誰かの呟き声。
その声は不思議と周囲に響いた。
「そうだそうだ」
「ヤツは両親が亡くなったことすら知らなかった」
「ヤツに帰る場所なんてない」
「いわばこれは浄化だ。アルフは問題ないって言ってくれているしな」
声は連鎖していき、賛同する者が続いた。
ははは!
フェリシーよ!
お前、完全に人望を失ったみたいだな!
とことん底辺負け組まで堕ちてくれたようで、俺も嬉しいよ!
「そういうことだ。さあ、みんなで火を囲もう」
俺の合図とともに、言う通りに動く村人のみんな。
やがて、燃えさかっているフェリシーの実家を中心にして、村の住民全員が火を囲った。
「楽しい楽しいお祭りのはじまりだ」
そしてこれは彼女への復讐のフィナーレとなるだろう。
未だ止まぬフェリシーの悲鳴を聞きながら、俺は胸の鼓動が高まっていくのを感じた。
◆ ◆
炎に囲まれている。
「熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!」
フェリシーは自分の皮膚が焼かれ爛れていく苦痛に、ただただ悲鳴を上げるしかなかった。
(どうして私がこんな目に遭うの!?)
のたうち回りながら、フェリシーは世界を呪った。
一体私がなにをしたっていうの? 私はただ、自分が幸せになりたかっただけ。私は可愛いし、魔法の才能もあった。あんな負け組連中とは違ったんだ。勝ち組は負け組になにをしてもいいんだ。負け組は勝ち組の養分になれ。
このような状況になってなお、フェリシーは今までの行いをあらためていなかった。
自分がこんな酷い目に遭っているのは他人のせい。
だが……憤りもあるが、それよりも今のフェリシーは一歩ずつ近付いてくる『死』に恐怖していた。
「と、とにかく……ここから逃げないと……」
熱さと痛みが麻痺してきた頃。
フェリシーはあらためて周囲を見る。
一見どこもかしこも燃えさかっており、脱出は困難のように思える。
だが。
「ウォーター!」
手をかざし魔法を発動しようとした。
そうだ、私には魔法の才能がある。
これくらいの火事。魔法があればすぐにでも解決出来るのだ。
しかし——水は現れず、ただただ炎は勢いを増していくのみであった。
「ど、どうしてなの!? さっきからどうして魔法が使えないの!?」
フェリシーは混乱する。
何故だか魔法が使えなくなったことは既知のことであったが……今のこの状況がフェリシーに冷静な判断力を失わせる。
実際問題。
ウォーターというものは魔法の中でも下級中の下級。
子どもでも使えるような魔法だ。
しかし【みんな俺より弱くなる】によって弱くなってしまったフェリシーでは、そんな魔法すら使うことは出来ない。
フェリシーは絶望し愕然とした。
「んんんっっ、ごぼぉっごぼぉっ!」
嘔吐するように咳をする。
直接的な熱さには慣れてきた。
しかし煙と灰のためか、死ぬような息苦しさを感じる。
「はあっ、はあっ。こ、このままじゃ死んじゃう……! なんとかしてここから脱出しないと!」
目の前まで近付いてきた死が、逆に彼女に『生』への欲求を加速させる。
火は消えない。しかしこのままここにいたらじり貧だ。
「火の中に飛び込むしかない……」
ごくり。
フェリシーは無意識に唾を飲み込んだ。
こんな熱そうな炎の海の中に?
だが、こんな地獄に一秒たりともいたくない。
ここから脱出すればなんとかなるはずだ。
だからこそ、彼女はなけなしの勇気を振り絞って、
「あああああああ!」
叫びながら、炎の海の中に飛び込んでいった。
再度全身を焼かれ、悶絶したくなるような苦痛が彼女を襲った。
しかし足を止めてはいけない。一瞬たりとも足を止めたらそこで終わりだから。
彼女は意識が朦朧となりながらも、炎の中を走り回る。
そしてとうとう……。
「はあっ、はあっ……やったよ。私、なんとか生き延びたよ」
家の外まで逃げ出せたのだ。
やったぞ。
やっぱり私は神に選ばれた子なんだ。
あんな絶望的な状況からも、命からがら逃げ出すことが出来た。
この先天的な『運』の違いが、勝ち組と負け組を分ける。
フェリシーは内心ガッツポーズを作った。
だが。
「おお、よくやったじゃないか。わざわざもっと苦しい目に遭うために、家の外に出てくるとはな」
地面に倒れている彼女の頭上から。
無慈悲な声が聞こえた。
◆ ◆
みんなで火を囲いながらお酒を飲んでいた。
燃えさかる家から聞こえてくるフェリシーの悲鳴を肴に、みんな楽しく夜を過ごしていく。
「元々あいつのことは嫌いだったんだ!」
「そうだそうだ。アルフの彼女だったからなにも言わなかったけど……」
「あの腹黒女に昔、私の彼氏を取られちゃったわ!」
「他の男に手を出すことで有名だったからね」
酔いも回ってきたためか、みんなからフェリシーの悪口が次から次に出てくる。
あいつ……勇者パーティーに入る前から、やはり性根が腐っていたようだな。
一瞬不快な気分にはなる。
しかしこれは『復讐』という料理をさらに美味しくする香辛料なんだ。
そう思ったら、愉快さの方が増していった。
「あああああああ!」
今宵一番の絶叫。
「お?」
ボロボロになったフェリシーが家の外に出てきた。
その姿はあまりにも憐れすぎる。
まるで虫みたいだ。
人間としての尊厳なんてそこにはない。
そんな彼女の前まで優雅に歩いていって、俺はこう言う。
「おお、よくやったじゃないか。わざわざもっと苦しい目に遭うために、家の外に出てくるとはな」
彼女の顔がゆっくりとこちらを向いた。
そうだ、その顔だ。
絶望に染まった顔。虚ろな瞳。それらが全て俺を愉快にさせてくる。
そもそもわざと脱出可能なくらいに火を放ったのだ。
フェリシーが可哀想に思えてきたから?
だからギリギリ生き残らせる程度に留めておいた?
残念! そんなわけがない!
俺がこいつに容赦するはずがない!
復讐はきっちり完遂させる。それが俺の目的だ。
「フェリシー。最後にみんなからメッセージを送ろう」
負け組底辺生活開始のお祝いにな。
まだ未評価のかたで、少しでも
「面白い!」
「もっとだ! もっと復讐を!」
「更新頑張れ!」
と思っていただいたら、ブクマや↓↓にある評価欄から評価いただいたら励みになります!