43・暴言と暴力
すいません、遅くなりました。
腹ごしらいも済み、俺達はあるところに向かっていた。
「アルフ……どこに向かっているの?」
隣にはイーディス、後ろからはボロボロのフェリシーが。
見てくれは良かった方なんだがな。だからこそ、エリオットはフェリシーを勇者パーティーとして受け入れた。
しかし俺より弱くなった今のフェリシーは美少女の面影もない。
「ああ……そろそろ復讐のフィナーレといこうと思ってな」
「フィナーレ……?」
フェリシーはびくびくとしながらも、瞳に若干希望の光を灯す。
俺はそんな憐れな彼女を見ながら、こう続けた。
「ああ。お前がやったことに比べたら、まだまだ生ぬるいだろう? どんなに楽しいショーにも美しい終幕というものは必要だ」
「…………」
フェリシーが肩を震わせる。
今からどんなことをされるのか……そのことを想像するだけで、恐怖で漏らしそうになっているに違いない。
だが、そのことを俺に問い質すことは出来ない。
今までのことで、こいつは俺に恐怖を植え付けられている。下手なことを喋ればなにをされるか分からないからだ。
俺はそんなフェリシーの心境を想像し、愉快な気分になっていると、
「ここだ」
目的地に辿り着いた。
フェリシーがきょとんとした顔になる。
「ここは……チェールズ……?」
恐る恐るといった感じで口にする。
そう。
ここは俺とフェリシーが生まれ育った村、チェールズである。
「みんなに挨拶しないとなあ? せっかく戻ってきたんだし。みんな盛大に迎え入れてくれると思うよ」
「え……? 私、もう挨拶なら済ませた……」
「あ?」
俺が睨むとフェリシーはそれだけで口を開けなくなった。
挨拶か……こいつのことだから、どんな感じだったか大体想像出来るがな。
なんにせよ、みんなにフェリシーのことを紹介しよう。
「おーい、みんな! フェリシーがこの村に戻ってきたぞ! 勇者パーティーの一員様だ!」
大声で、それこそ村全体に響き渡るように言った。
それを聞いて、ぽつぽつと俺達の周りにみんなが集まりだす。
フェリシーはまだなにが起こっているか分からない様子。
しかしそれほど警戒していないに違いない。
何故なら——こいつの頭の中はお花畑だからだ。
やがて村人のほとんどが集まったところで……。
「みんな、フェリシーに言いたいことはないか? こいつは勇者パーティーとして忙しく動き回っていたからな。もうこの村に戻ってこれないかもしれないぞ」
俺がフェリシーの肩にポンと手を置いて、みんなに呼びかける。
そうするだけで、フェリシーは失神してしまいそうなくらいに「ひっ」と短い声を上げ、顔を強ばらせた。
村人のみんなはじーっと彼女を見ているだけ。
しかしやがて……。
「この裏切り者」
と誰かがぽつりと口にした。
「え……?」
フェリシーが目を白黒させる。
それで堰を切ったように、村人のみんなが口々にフェリシーを罵倒していった。
「今更戻ってきて、なにをしにきた?」
「アルフから聞いているぞ。お前がどんな性悪娘だったかってことをな」
「最初は信じられなかったけど……アルフの言うことなら信じられる」
それはなによりも鋭い矢となってフェリシーに突き刺さる。
「えっ、みんな……」
フェリシーがふらふらとした足取りでみんなに近付いていく。
「私のこと、忘れちゃったのかな? みんなのフェリシーだよ? なんでそんなことを言うの? それに……」
彼女はなにかにすがるような口調で声を発するが……。
「うるせえ!」
「痛っ!」
そんなフェリシーに石が投げつけられる。
それは最初一人だけであった。
しかしだんだん数を増やしていき、雨のようになってフェリシーに襲いかかっていった。
「アルフを騙していたらしいじゃねえか!」
「そうよそうよ! 勇者パーティーで良い思いをしやがって」
「なんで今まで村に戻ってこなかった? この村のことが嫌いだったんじゃないのか?」
暴言と暴力。
両方がフェリシーに浴びせられる。
「アルフ」
そんな光景を見て、イーディスが俺の服の裾をつかんだ。
「ん、どうしたんだ?」
「……すごい良い光景」
うっとり表情のイーディス。
俺も同感だ。
「痛いよお……みんな、酷いよお……アルフになにを言われたか分からないけど……みんな騙されてるよお……」
フェリシーが痛みと悲しみのためか、瞳から大粒の涙をこぼす。
しかしそれを見ても、みんなの気持ちは変わらなかった。
「騙されてる……?」
「今まで村に帰ってこなかったお前より、村を救ってくれた英雄のアルフ…の言うことを信じるに決まっているだろうが」
アメリアが——ベンノが——。
村中の人々がフェリシーに軽蔑の視線を向ける。
「どういうこと……? 村の英雄……?」
彼女は四つん這いになりながら、不可解そうに俺の顔をちらりと見た。
俺はそんなフェリシーの様子を見て、自然と口角が吊り上がった。
この村に来てから。
次から次へとやって来る魔族を退治していった。
一体を倒せばその復讐のために別の魔族が。その魔族を倒すとまた別の魔族が復讐のために……と。
雪だるま式に魔族が増えていった。
無論、俺はそれらを全て返り討ちにしてやった。
魔族だろうが強かろうが関係ない。
みんなみんな俺より弱くしやったので、魔族といえども子どもくらいの力しか持たなくなる。
結果的に俺は村の英雄として崇められることになった。
そんな俺がフェリシーのことを言いふらしたらどうなる?
俺が勇者パーティーでされたこと。
フェリシーがみんなのことをどう思っているか、ということを。
すると、最初はみんなも半信半疑であったが、最終的には俺の言うことを信じてくれるようになった。
その結果がこれだ。
「うぅ……」
フェリシーがうめき声を上げる。
ただ石をぶつけられているだけなのに、どうしてこれだけ痛がっているのか?
残念。こいつは【みんな俺より弱くなる】によって、限界まで弱体化されている。
たとえ石を一個ぶつけられただけでも、地獄のような痛みが彼女を襲う。
全身の骨という骨は砕け、一人で立ち上がることも出来ない。
しかしそんな状況でも失神は許されない。俺が絶妙なタイミングで回復魔法を使っているからだ。
俺の回復魔法ではフェリシーの傷を癒すことは出来ない。あくまで失神させないようにするためなのだ。
無論、もし完璧な……それこそマルレーネのような奇跡の術を使えようとも、こいつにだけは使ってやらないがな。
「おい、フェリシー」
しゃがみ、フェリシーの髪をつかんで無理矢理顔を上げさせる。
「そろそろ実家に帰ろうか?」
「…………」
「お前、自分の実家の場所を覚えているのかよ」
フェリシーから答えは返ってこない。
「そりゃそうだろうな。お前は自分のお父さんとお母さんが死んだことすら知らないんだからな」
「え……?」
少量の怒りが彼女の瞳に宿った。
俺はそれを見て、思わず笑いがこぼれてしまう。
「勘違いするなよ。俺が殺ったと思ったか? お前の両親には恨みはねえよ。俺がこの村に帰ってくるちょっと前だったかな? 病気で二人とも亡くなってしまったらしい」
「…………」
なにを思っているのだろうか、フェリシーは言葉を紡がなかった。
両親が死んだことにすら気が付かない。
何故なら、彼女はそんなことなんてどうでもよかったからだ。
彼女にとってはこの村は負け組の象徴であり、思い出すことすら嫌悪していた。
だからこそ、両親の死去なんていう大切なことにも気が付かなかった。
そんなフェリシーに俺は反吐が出た。
「行くぞ」
こいつと長話をするつもりもない。
俺はフェリシーをひきずって、彼女の実家の方に向かっていった。
「今日はベッドで寝かせてやる。感謝しろよ」
そしてこれが復讐のフィナーレとなるだろう。
◆ ◆
それは深い夜のことだ。
「あああああああ! 熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱いっ!」
喉が張り裂けんばかりにフェリシーが叫ぶ。
周囲は炎の海となっており、弱くなったフェリシーでは逃げることが出来ない。
「最高だ!」
そんな様子を俺は建物の外から眺めて、高笑いをした。
そうなのだ。
俺はフェリシーを寝かせ、その建物に火を放った。
やっぱり最後は盛大にいこう。




