42・華麗なる○○の山菜
「さあ、やっとのこさランチタイムだ。イーディス、食べような」
「うん、うん」
ボアの肉にかぶりつく。
旨い。
噛めば噛むほど、中から肉汁が出てきた。
「イーディス、美味しいか?」
「美味しい」
イーディスも必死にボアの肉、そして先ほど入手した木の実『シノマ』を食べたりしている。
空間がいい匂いでいっぱいになった。
匂いを嗅いでいるだけで、食欲が次から次へと湧いてくる。
「あ、あの……」
「ん?」
その様子を少し離れたところから眺める女がいた。
「どうした?」
「…………」
フェリシーである。
俺が問いかけると、彼女は口を閉じた。
しかし俺は彼女の考えていることが分かった。
こいつ……まだこんな状況でも、自分がご飯にありつけるとでも思っているのか……。
大した食い意地である。
まあ仕方ない。
こいつは元々俺のことを見下していたのだ。
潜在意識で「なんでアルフがご飯を食べているのに、自分が食べられないんだ」と憤っているかもしれない。
だからこそ、思わずそんな言葉が口から溢れてしまったに違いない。
しかし。
「ああ、ごめんごめん。忘れてた。さっきも言ったけど、俺も鬼畜じゃないからな」
「!」
フェリシーの目が一瞬輝いたのを、俺は見逃さなかった。
そう、俺だって鬼畜じゃない。
フェリシーのために、立派な彼女用のランチを用意してやろうじゃないか。
「はい、おまちどおさま」
と俺はフェリシーの前に皿を差し出した。
それを見て、フェリシーの目が見開く。
「こ、これは……なに?」
フェリシーが恐る恐る口を開く。
瞼が腫れ上がっているせいで、よく見えないのだろう。
彼女がゆっくりと顔を皿に近付けていった。
フェリシーの前に差し出した皿に載せられているもの。
それは見ているだけで気色悪い、名付けて『華麗なる虫達の山菜』であった。
「ひ、ひっ」
そしてようやく見えるようになったのか。
料理の正体を知って、フェリシーは短く悲鳴を上げて後ろに引いた。
「おいおい、なにしてやがる」
「で、でもこれって……」
「ああ。お前用のランチだ」
フェリシーは震えながらも、皿の方に目をやった。
しかし何度見ても、料理の内容が変わるわけない。
皿の上には、色取り取りの気色悪い虫達、さらには紫がかった毒草が散りばめられていた。
「おい、食べろよ」
「え?」
「お前のために、俺がわざわざ作ってやったんだ。まさか食べないなんて……そんなことしないよな?」
俺が口角を釣り上げると、フェリシーが青ざめた。
勇者パーティー時代、気色悪い虫はよく触っていたし、毒草の見分けも付くようになっていた。
生きるためには、虫ですら食べないといけなかったのだ。
食べてはいけないものを見極められないのは、それこそ死活問題なのだ。
だからこそ、心を無にすれば、こうやって虫や毒草を触ることには、それほど抵抗がなかった。
「で、でも……こんなの食べられな……」
「ああ?」
俺が睨みを利かせてやると、フェリシーが口を閉じた。
「早く食べろよ! 早く食べて、俺を楽しい気持ちにさせてくれよ! それともなにか? もし拒否するなら、むかついて殴っちゃうかもしれないな〜」
大声で怒鳴り上げる。
フェリシーは俺の声を聞くたびに、肩がびくびくと震わせ、体を縮ませていた。
やがて。
「うう、分かったよ……食べても死なないよね?」
「もちろんだ」
笑いかける。
最終的に殺すが、こんなところで死なせるつもりはない。
もっともっと辛い目に遭わせてから、殺すのだ!
フェリシーは恐る恐るといった感じで皿に近付き、震える手で虫の一つをつかんだ。
「……大丈夫大丈夫。死にはしない。殴られる方が痛い。お腹に入ってしまえばみんな一緒……」
フェリシーが意を決して、虫を口の中に放り込んだ。
ぐちゅ。
嫌な音が聞こえた。
フェリシーは顔を歪めながら、必死に虫を食べている。
「ははは! こいつ、本当に食べてやがるぜ! そんなの食べるなんて、お前も堕ちたものだな!」
嘲り笑う。
もちろん、世の中には食べられる虫というのも存在する。
しかしフェリシーに渡した虫達は、その中でも食感が生々しく、不味くて栄養価の欠片もないものだ。
「草もちゃんと食べろよ? 俺が丹精込めて摘んできたから」
「あ、う、うんっ。ありがとっ」
フェリシーが虚ろな目になっている。
心が壊れる寸前になっているんだろう。
虫ほどは抵抗なく、フェリシーは毒草を口に入れた。
すると。
「ろろろろろろろ!」
顔色が見たことのない紫色になり、お腹を押さえて嘔吐をしたのだ。
それは一度ではなかった。
「く、苦しい……はあっ、はあっ。お腹が、痛い……苦しいのが止まらない……」
「はははは! そりゃそうだろ! そんな毒草なんて食べるからだ! それは食べたら最後、三日三晩は嘔吐と下痢で最悪の苦しみに襲われる! 幻覚や幻聴もあるかもしれないが、頑張って耐えるんだな」
「そ、そんな……ろろろろろろろ!」
フェリシーは顔をぐちゃぐちゃにしながら、吐き続けた。
死にはしない。
しかし……死んだ方がマシ、っていうくらいの苦しみが彼女を襲うことになるんだがな!
「さあ、イーディス。俺達は優雅なランチを続けよう」
「うん。うまい、うまい」
ちょっとフェリシーの嘔吐物の臭いが不快ではあったが、こいつが苦しんでいる姿はなによりの調味料だ。
フェリシーが苦しんでいるのを視界の片隅に捉え、俺はイーディスと美味しい料理に舌鼓をうっていた。
「み、水……水をください」
「ああ、水か。そりゃ食べてばっかじゃ、喉が渇くもんな」
俺は予め用意していたコップを、フェリシーに手渡す。
その中には茶色く濁った水。
そう、泥水だ。
昔、俺は勇者エリオットに泥水を飲ませられた経験がある。
今思えば、フェリシーはその時俺を助けてくれなかった。
きっとちょっと離れたところで、俺が泥水をすすっている姿を見て笑っていたんだろう。
何故だか、彼女を見ていたらそんな確信があった。
「あ、ありがとうございます! ああ、水水水水!」
「はははは! こいつ、泥水なんて美味しそうに飲んでいるぜ! 本当にお前は俺を楽しませてくれるな!」
最高だ!
フェリシーは一心不乱に泥水を飲んでいた。
さて、これでランチは終わりではない。
まだ俺が渡した皿の上には、虫も毒草もいっぱい残っているのだ。
彼女がこれらを全部食べきるまでに、どれだけ時間を要するだろう?
まあいい。
飽きたら、無理矢理口にねじ込めばいいのだから。
泥水を飲んでいる憐れなフェリシーを見ながら、俺はそんなことを考えていた。