41・復讐のランチタイム
これはアルフも勇者パーティーにいて、エリオットやフェリシーと旅を続けていた頃の話だ。
フェリシーは白みがかった頭の中、何故だかその時の一幕を思い出していた。
「アルフ。君はそこの泥水でもすすってなさい」
エリオットが軽蔑の眼差しを込めて、そう声を飛ばした。
アルフは四つん這いになっている。
エリオット達に殴られ続け、苦痛で立ち上がれなくなっているのだ。
「本当にっ。泥水を飲めるだけでも、感謝してくださいましね」
「君は本当にダメなヤツだな! 泥水を飲んだら、少しは強くなるかもしれぬないぞ!」
聖女マルレーネ、女騎士サラも罵声を投げかける。
それをフェリシーは少し離れたところで見ていた。
「またエリオット達がアルフをイジめてる……」
アルフはエリオット達に文句を言わず、地面で水溜まりになっている泥水に舌を伸ばした。
「うわあ……この男、本当に泥水を飲んでいますわ」
「人間、こうはなりたくないものだな」
マルレーネとサラが眉ねを潜める。
それを見て、エリオットは愉快そうに口元を歪めた。
「さあ、こんなヤツ放っておいて、僕達は美味しい美味しいランチといこうじゃないか。今日も高級料理店に予約取っているからね」
「「はい!」」
マルレーネとサラの顔が喜色でいっぱいになる。
エリオットはそんな彼女達の肩に、満足そうに腕を回した。
「あっ、フェリシー。ここにいたんだ」
物陰で様子を見ていたフェリシーに、エリオットが気付く。
「ん? あの男かい? あいつには泥水を飲ませておくから、死にはしないだろう。そんなことより、今から高級料理店でディナーを食べるんだ。フェリシーも、あんなヤツ放っておいてランチに行こうよ」
角度的に、アルフからエリオット達が話している様子を見ることが出来ないだろう。
もっとも、見ることが出来る位置であっても、泥水をすするのに必死になっているアルフの目にはうつらないだろうが。
「わ、私……」
この頃のフェリシーは、エリオット達がアルフを虐げているのを止めている立場であった。
しかしフェリシーはアルフから、ぷいっと視線を外して、
「うん! もちろんだよ!」
と満面の笑みでエリオットの腰のところに抱きついた。
あんなヤツは放っておけばいい!
どうしてあんな足手まといのに、まともなご飯を食べさせなければならないんだ!
実際のところ、アルフを助けていたのはフェリシーの表の顔であった。
アルフですら助ける献身的な自分……そんな姿を見せて、エリオットを惚れさせたかったからだ。
裏ではエリオットに尻尾を振り、アルフを心底軽蔑していた。
エリオットがフェリシーの頭を撫でる。
それを見て、マルレーネとサラが怒りを押し殺しているのが、フェリシーからでも分かった。
でも構いやしない。
だって……この恋愛に勝つのは、自分だと信じているのだから。
「じゃあ行こうか」
エリオットが美女三人を歩き、高級料理店へと向かう。
最後に、フェリシーはもう一度アルフの方を振り返っていた。
「うう、喉が渇いた……苦い……でも飲まないと、生きていけない……」
そんなことを呟いて、ただただ泥水を飲んでいるアルフは憐れであった。
◆ ◆
ぐう〜。
崖から突き落とし、まるでマリオネットみたいになったフェリシーと森の中を歩いていると。
不意に間抜けな腹の音が聞こえた。
「ああ?」
ピクッ。
俺がフェリシーを見ると、彼女の肩が震えた。
「もしかしてお前、お腹減ってるのか?」
「…………」
フェリシーから答えは返ってこない。
「はっ、驚いたぜ! そんな状況になってもお腹が空くんだな! そういえばお前、前からご飯を食べること大好き〜、とかってほざいてたもんな!」
「あ、あ……」
フェリシーが「しまった」とばかりに、汗をかいている。
もっとも、ボロボロのフェリシーの顔は既にぐちゃぐちゃで、汗なのかそれとも違う変な体液なのかは見分けが付きにくいが。
「分かったぜ。俺だって、お腹が空いているヤツを放っておくほど、鬼畜じゃないさ」
「アルフ、ご飯にするの?」
「ああ。イーディスもお腹空いてるだろ?」
「うんっ、ご飯、ご飯」
イーディスがルンルン気分になって、スキップをはじめた。
さて……とはいっても、どうしようか。
まだ村には戻りたくない。
もう少しやりたいことがあったからだ。
仕方ないから、森の中でランチを頂くか。
「おっ、木の実」
歩いていると、ふと赤く熟している木の実を見つけた。
『シノマ』と呼ばれる木の実で、甘い果汁が舌をとろかすのである。
勇者パーティー時代は、木の実でも齧ってないと、まともなものにありつけなかった。
ゆえに、そういう情報は頭に入っているのである。
「シノマを見つけるなんて、運がいいぞ。なかなか見つからないからな……おっ、あれは魔物のボア」
「魔物なんて食べられるの?」
「む。イーディスは知らないのかあ。まあ仕方ない。魔物だって、ちゃんと調理すれば美味しいんだぜ」
なにはともあれ【みんな俺より弱くなる】で、ボアを簡単に仕留める。
その後も運良く食材を見つけることが出来ていった。
この調子だったら、なかなか贅沢なランチが出来そうだ。
「よし、火を焚くか。おい、フェリシー」
「ひっ、は、ひゃい!」
フェリシーに呼びかけると、ガタガタと震えだした。
「俺より弱いといっても、ファイアーボールくらいは使えるだろう? それで火を付けてくれ」
「は、はい! 任せて!」
逆らったらなにをされるか分からない、とでも思っているのか、フェリシーは手を掲げて魔法を唱える。
「ファイアーボール!」
叫ぶ。
……しかしなにも起こる気配がない。
どうやら不発のようだ。
「そ、そんなバカな……ちょっと待っててね。ファイアーボール! ファイアーボール! ファイアーボール!」
だが、発動しない。
ファイアーボールは下級中の下級魔法だ。
本来フェリシーが発動出来ぬはずがないが……。
「おいおい、ファイアーボールも使えないのかよ。お前は本当に役立たずだな!」
「あああああああ! そんなわけがあああああ!」
「うるさい」
フェリシーの顔面を殴る。
すると吹っ飛んで、近くの木の幹に体を強く打ち付けていた。
どうやらこの【みんな俺より弱くなる】というスキル、俺の復讐したいという思いが強ければ強いほど、効果が発揮されるらしいのだ。
そのせいで、フェリシーの魔力は残り滓のようになっていて、今の状況じゃファイアーボール一発も放つことが出来ない。
まあ分かっていたから、あえて指示したんだけどな。
「ったく……お前は枯木でも集めてこい!」
「う、うぅん……」
這いつくばりながら、フェリシーが周囲の枯木を集めだした。
「よし……じゃあファイアーボール!」
彼女が枯木を集め終わったので、ようやくここで俺が火を付ける。
フェリシーとは違って、今度は簡単にファイアーボールが発動し、火が焚いた。
あまり魔法は得意じゃないが、これくらいの簡単な魔法なら使えるのだ。
「あ、あ……」
「ん、どうした?」
フェリシーが愕然としている。
『昔は自分でも簡単に使えていたのに……。
それなのに、今はあれほどバカにしていたアルフにも劣っているなんて……』
とでも思っているんだろう。
そんな状況をありありと見せつけられて、言葉を失っているのだ。
「本当に……お前は役立たずのうえに、行儀を知らない。料理が出来るまで、そこで黙って寝て待っておけよ! 気が散るだろ!」
「んんんんん!」
フェリシーの頭をつかんで、ぐりぐりと地面に擦りつける。
そしてフェリシーは顔を上げなくなった。
死んでない。
俺の言いつけを守って、おとなしくしておく方が無難だと気付いたのだ。
「うるさいヤツが黙ったところで、ゆっくり料理を作るとしようか」
俺がただ昼飯を食べる?
残念、当たり前だがこれも復讐の一環だ。
楽しい楽しいランチのはじまりだ。




