39・わざわざ会いにきてくれる愚か者
すいません。お待たせしました。
「アルフ……どうして……?」
顔を血塗れにしたフェリシーが、地面で四つん這いになっている。
俺がくわを頭に振り下ろしたからだ。
ははは!
いい気味だ!
「お前、今なんて言ったんだ?」
「え?」
「『彼女』に立候補していいかな、とか言ってなかったか?」
「そ、そうだよ。私、目が覚めたんだ。アルフが一番だって。勇者様に私、騙されてたんだ。だからもう一度よりを戻したくて」
「……ふんっ」
腸が煮えくりかえりそうになったので、もう一度頭にくわを振り下ろした。
「あああああああ!」
フェリシーが悲鳴を上げる。
血が飛び、花畑が赤く彩られていった。
「お前、どの口でそんなこと言えるんだよ? お前から裏切ったんだろうが。勇者に心酔しきっていたように見えたのは、全部演技だったって言うつもりか?」
「ど、どうじ、で……アルフ? 私、アルフのことを愛してるのに」
「質問に答えやがれ」
フェリシーが救いを求めるかのように、右手を目一杯伸ばしてきた。
俺はそれを足で思い切り踏みつける。
「ああああああ!」
骨が砕けるような感触。
フェリシーが手を押さえ、悶え苦しんでいた。
「お前とよりを戻すつもりなんて、さらさらない!」
「…………」
「ん? もしかして時間が空いたら『復讐はなにも生まない。フェリシーのことを許してあげよう』って俺が言うとでも思ったのか?」
「…………」
「残念! 言うはずないだろうが!」
そんなこと言うヤツは、復讐の味を知らない甘ちゃんだけだ!
地獄に落とされ。
世界中の人々から、せせら笑われるような経験をしていないヤツ等だけのな。
「……ぐあああああああ!」
フェリシーが力の限り立ち上がった。
まるで獣のような咆哮だ。
「私が下手に出たら、調子に乗りやがって! いいのかな? アルフ? 私、アルフよりずーっと強いんだから」
「とうとう本性を現しやがったな」
ふらふらとしながら近寄ってくるフェリシーは、まるでモンスターのように見えた。
血の化粧で顔なんか、ほとんどまともに見えないしな。
このフェリシーが村に戻ったら……モンスター騒ぎになるに違いない。
「お前、まともに動ける体力あるのか?」
「舐めるな! 私は魔法使いだよ? 指一本も動かせなくても、魔法さえ発動出来ればアルフを殺せる!」
フェリシーの体から微量の魔力が迸っていた。
「私の誘いを断ったことを、冥界で後悔するがいい! ヴォルト・ジャッジ!」
おお、こんなところでそんな魔法を使うとはな。
ヴォルト・ジャッジは天から雷が降り注ぎ、周囲の風景を一変させる魔法だ。
無論、術者は結界魔法を使って防御するので……もしヴォルト・ジャッジが発動されれば、村ごと吹っ飛んでしまうだろう。
とんでもないヤツだな。
もっとも、発動するはずがないが。
「な、なんでなんにも起こらないの?」
そこではじめてフェリシーは異変に気付いた。
「答えを教えてやろうか?」
フェリシーに近付き、拳を振り上げる。
「俺がそんなの使えないからだ」
「あああああああ!」
血塗れのフェリシーの顔面を思い切り殴ってやった。
クルクルと回転しながら、後方にフェリシーが吹っ飛ばされていく。
歯も何本か取れていた。
俺の気はこんなもんで晴れやしない。
だが、慌てなくていい。
なんせ時間はたっぷりあるんだからな!
ゆっくりとフェリシーをいたぶっていこう!
「おい、フェリシー」
「…………」
フェリシーに声をかけるが、返事がこない。
「寝たふりなんてしてるんじゃねえよ!」
フェリシーの頭をボールのようにして蹴ってやったら、悲鳴を上げながら起き上がった。
反吐が出そうになるが、こいつは幼馴染みなのだ。
よく昔から寝たふりをして、悪戯をかましていたので、いい加減分かる。
「ひどいひどいひどい! なんでアルフ、こんなことするの?」
「はあ? よくそんなこと言えたもんだな——」
「エクスプロージョン!」
やれやれ。
わざと隙を見せて、魔法で攻撃しようとしてきたか。
やはりこの女、性根が腐りきっている。
しかし。
「どうして! どうして魔法が発動しないの!」
フェリシーが天にも届かんばかりに声を張り上げる。
「俺より弱くなったからだ」
そう。
フェリシーを視界に入れた瞬間。
俺は【みんな俺より弱くなる】を発動したのだ。
このスキルのおかげで、フェリシーは負け組底辺生活決定!
なんかよく分からんが、こいつは勇者と離れてみたいだしな。
魔法もろくに使えなくなったフェリシーは、この先どうやって生活していくんだろうなあ?
「お前、もう魔法使えないぞ?」
「魔法を……使えない……?」
フェリシーが俺を見上げ言う。
「そうだ」
「どうして?」
「俺より弱いからだ。まあファイアーボールくらいなら使えるかもしれないぞ」
「ファイアーボールだけなら、なんにも出来ないよ……」
「そうだな。なにも出来ない。負け組底辺生活決定だ」
「嘘だ! だって私、最強の魔法使いなんだよ? 力さえあったら、なんでも出来た。ここに来るまでも、私の力の前にみんな跪いた! 私には……この魔法さえあったら、なんでも出来るんだ!」
なんかここに来るまでに色々あったみたいだな。
どうせこいつのことだから、盗賊紛いのことでもやっていたんだろうな。
それくらいやっても、なんらおかしくない女なのだ。
「アルフ。この女、弱くなったしこれで終わり……?」
「イーディスは面白いことを言うなあ。そんなわけないだろう!」
「よかった」
これは序章だ。
今から楽しい復讐のはじまりだ。
「さて……これからどうしようか……あっ、そうだ」
面白いことを思いつき、手を叩く。
「お前『彼女』に立候補したいらしいな?」
「あ、あ、あ……」
もうまともに口も開けなくなったか?
そうしているお前はアンデッドモンスターみたいだぞ!
「だったら今からはじめようぜ」
「な、に……を……?」
辛うじて声を絞り出すフェリシー。
そんな彼女に向けて、俺はこう宣言した。
「デートだ」
もちろんただのデートじゃない。
『もう止めてくれ』
と心の底から相手に叫ばせるような、そんな素敵な血で彩られたデートだ。