表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/49

★37・幼馴染みが底辺に堕ちていく

 パーティーから離脱したフェリシーは、そのまま冒険者ギルドに向かった。


「なにか良いクエストはありませんか?」


 受付に行って、フェリシーが問いかける。

 そもそもエリオットがいない方が自由に動けるのだ。


(私の魔法さえあったら、すぐにでも大金を稼ぐことが出来る……!)


 フェリシーはそんな確信があったからこそ、エリオットと仲違いをした。

 エリオットのことが好きだった。


 だが、今思えばあれは一種の気の迷いなだけだった気がする。

 エリオットが力も権力もお金もぜーんぶなくった瞬間、キラキラ見えていた彼が急に濁りだしたのだ。


(エリオットはもう元に戻らない。どうしてあんなことになったか分からないけど……あんなヤツと一緒にいたら、私も負け組になっちゃうよ)


 このままエリオットは底辺に堕ちていくであろう。

 良い気味だ。

 何故ならフェリシーを働かせて、自分は怠けるつもりだったのだから。


(とにかくお金を稼いで、さっさとこんな街から出て行こう)


 そう思ったら、フェリシーは胸が弾んでいくようであった。


 だが受付から返ってきた言葉に、フェリシーは耳を疑った。



「お前に依頼するクエストは一つもないよ」



「……え?」


 フェリシーの思考が停止してしまう。


「王都から追放されたんだろ? こっちにも連絡が届いている。今まで王都……いや世界中の人達を騙してきたらしいじゃないか」


 心底嫌そうな顔をして、受付はそう続けた。


「だ、騙してるだなんて……! あ、あれは王都の陰謀だよ! エリオットはともかく私はなにもしていない!」

「嘘を吐け! お前、エリオットの愛人だったんだろ? 関係ないわけないじゃないか!」

「愛人……」


 フェリシーは絶句する。


 エリオットとは対等な仲間……そして恋人のつもりだった。

 しかし周囲の人達からは、そんな目で見られていたのかと。


 二の句を紡げないフェリシーに、周りの冒険者も集まってきて罵声を浴びせる。


「この街から出て行け! お前等の居場所はどこにもない!」

「俺達の税金を使って、今まで贅沢してたんだろ? 知ってるんだぜ、俺達は」

「それに戦場で酷いことを言ったらしいじゃないか。兵士が死んで自分だけが生き残れば……って。そんな自分勝手なヤツに渡すクエストなんて一つもない」

「薬草摘みくらいだったらいいぜ? もっとも報酬も少ないから、それで生計を立てるのは難しいと思うがなあ」


 敵意の込められた視線を向けられ、フェリシーは針のむしろに入ったような気分になった。


 王都はこの世界の中心だ。

 ゆえに違う街や村であっても、王都ちゅうおうには莫大な税金を送り続けなければならない。

 みんな王都に不満を抱いていた。


 そんな時に分かりやすい悪者フェリシーがいたら?

 不満を爆発させるのは、無理もない話かもしれない。


(ご、誤解だ! 私はなにも悪くない!)


 とフェリシーは叫びそうになったが、そんなことをしたらさらに事態が悪化するのが分かっていたので、言葉を引っ込める。


 代わりに名案を思いついた。


「聞いて! 私、勇者パーティーから抜けてきたんだ! あのクソエリオットのやり方に反対してね! エリオットの野郎には私もむかついてたんだ!」


 彼等に向けられている敵意を、エリオットに向ければいいじゃないかと。


 しかし。


「そんなこと信じてられっか! お前、状況が悪くなって適当なこと言ってるだけだろ?」


 と突き放された。


(ああ……)


 フェリシーは膝をつく。

 まだ魔王が存命中の世界では、凶悪なモンスターも多くフェリシーのような強い魔法使いを求めていた。

 いくらフェリシーが嫌われていようと、街としては凶悪なモンスターを野放しにする方がマイナスだからだ。


 だが、今は魔王が死んで平和な世界。


(平和だということが裏目に出るなんて……)


 残党のモンスターや魔族が残っているだけで、誰もフェリシーのような強い魔法使いを求めていないのだ。


 平和な世界では勇者はいらない。


「帰れ! ここからさっさと出て行け!」

「キャッ!」


 愕然として座り込んでいるフェリシーに、どこからともなく水をかけられる。

 ずぶ濡れになった体が、さらに自分の惨めさを実感させる。


「……! そ、そう言われなくても出て行くよ! 後悔しないでよね! 強いヤツが現れても、私なんにもしないから!」

「この平和な世界でか? そうなったらまた新たな勇者が現れてくれるはずだ」

「そんなの簡単に現れないよ!」


 そう吐き捨てて、フェリシーは逃げるようにしてギルドから出て行った。

 今からの予定もないままに。


 ◆ ◆


(どうしよう……これからどうやって生きていけばいいの?)


 ギルドから放り出されて、フェリシーは途方に暮れていた。


 この街では暮らせそうにもない。

 だからといってエリオットの元に戻る気もない。戻ったところで同じことだ。

 とにかくこの街から出なければならないのだが……。


「近くの街って、どれくらい歩けばよかったかな?」


 確か……一週間は歩き続けなければ、辿り着かない距離にあったと思う。

 それを想像して、フェリシーはぞっとする。


 今から? 地図もないのに? それどころか食料も水すらもない。


 苦しい旅になるだろう。

 そんなの真っ平ごめんだ。


「転移魔法使おうかな……でも転移魔法、遠い距離感だったら使えないんだよな……どこに出るか分からないから」


 海の中に転移なんかされたら、溜まったものじゃない。


 そうやってフェリシーが悩んでいると、


「……ん?」


 少し行った先に馬車があった。

 フェリシーは物陰に身を潜めながら、馬車のところまで近付く。


 ……人数は五、六。

 どうやら今から人を乗せて出発するところらしい。


「隣町のジュノアまで出発だ。馬車の中は狭いけど、我慢してくれよ」


 会話の内容が聞こえてくる。

 フェリシーの想像通りのようだ。


「ジュノア……私も乗せてってもらいたい……」


 だが、正攻法で頼んでも確実に無理だろう。


 御者に払うお金もない。

 それどころか街中にフェリシー(とエリオット一行)は嫌われているようなので、お金があったとしてもぼったくられるだけだ。


 フェリシーは拳を握りしめる。


「どうして私がこんな目に遭わなくちゃいけないの?」


 今まで私は良いことばかりしてきた。

 自分でも良い女だと思う。

 だからこそ、勇者エリオットにも見初められたのだ。


 まさに勝ち組。


 それなのに、今の私はなんだ?

 こうやってコソコソするような女じゃなかっただろう?


 そう思ったら、ふつふつと怒りが込み上げてきた。


(私は悪くない……!)

「うわっ、なんだ。こいつ!」


 気付いたら、フェリシーは馬車の前に姿を現していた。


「こいつ、勇者パーティーの魔法使いだぜ! どうやらこの街に潜り込んでいるらしい」

「どっかに行ってくれ! オレはそこまであんたらを恨んでない。だが、あんた等に味方していたら、こっちまで悪くなっちまうんだ。悪いが、どっかに行ってくれ……!」


 御者が手を合わせて懇願する。

 どうやらこの御者は、さっきのギルドみたいではないらしい。


 しかし。


「うるさいうるさいうるさいうるさい!」

「うわああああああああ!」

「な、なにをするんだ!」


 フェリシーはそんな御者に向けて、火炎魔法を放った。

 御者の右腕に直撃し、魔法で作られた炎はどんどんと勢いを増していく。


「いいから、私もその馬車に乗せろ。そして隣町まで連れて行け」

「わ、分かった! だからこの火を早く止めてくれ……!」


 御者は慌てて地面に転がり、火を消そうとするが無駄だ。

 魔法の炎はそんな簡単には消えやしない。


「止めてくれ? どうしてそんな言葉遣いなのかな。目上には敬語でしょ?」

「や、止めてください……あなたを乗せてあげますから」

「最初からそう言っておけばいんだよ」


 フェリシーが指を鳴らすと、御者の右腕を燃やす炎が消えた。

 心配そうに他の人達も駆け寄ってくる。


「ああ、そうそう。乗るのは私一人だけだよ? みんな乗ったら、狭い馬車が余計に狭くなるじゃん」

「この……悪魔が……! やはり勇者エリオットに流れていた噂は本当だったんだな!」

「なに? 文句でもあるの?」


 フェリシーが睨みつけると、みんなが口を閉じる。

 その光景を見て、この上なく快感を覚えた。


(そうそう……! これこれ! 私は勝ち組だ。私が一番偉くて可愛い! みんな私の言うことだけ聞けばいいんだ)


 そうだ。

 私にはこの魔法があるじゃないか。

 これを使えば、例えギルドに行ってクエストを受けなくても、いくらでもお金を得ることが出来るじゃないか。


(この街で暴れ回るのもいいかもしれないけど、エリオットがいる。あいつ等にはもう顔を合わせたくないし、このまま隣町まで行くけど……着いたら強盗でもしよう)


 もちろん、この御者も隣町まで辿り着いたら用済みだ。

 有り金を頂いてから、殺そう。


 フェリシーの口角は無意識のうちに上がっていた。



 こうしてフェリシーは馬車に乗り込んだ。


 今から血に彩られた結末が待っているとも知らずに。

 馬車は平野の中を進んでいく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ