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★33・勇者の追放

 もうあんな戦争は参加したくない。


 エリオットは戦争から帰還した後、ただひたすら部屋の片隅でブルブルと震えていた。


(一体……僕はどうなってしまったんだ? あんなに戦いが怖いと感じたことなんてはじめてだ……!)


 今まで戦いを怖いなんて思ったことはなかった。

 魔王ですら、一発で粉砕してきたからだ。

 目の前に出てくるモンスターや魔族が虫けらのたぐいにしか思っていなかった。


 自分に出来ないことは、なに一つなかった。

 今までそんな僕を人々は賞賛してくれていた。


 だけど——今となっては、遠い過去の出来事のようだ。

 

「アハハハハハ! チョウチョですわ! こーんなにいっぱいのちょうちょが飛んでいますわ!」

「エリオット、結婚式はどうする? 二人きりの新婚旅行もどこに行くか悩むな。だが、そのためにはフェリシーとマルレーネが邪魔だが……」


 あれだけ美しかったマルレーネとサラ。

 エリオットのハーレムパーティーの一員だ。


 見ているだけで、目が潤った。

 そんな彼女達を、エリオットは好き勝手に出来たのだ。


 だが、今となってはその面影もない。


「うるさいうるさいうるさい!」


 エリオットは二人に向けて叫ぶ。


「うるさいんだよ! マルレーネ、どうしてチョウチョの死骸しがいを大事そうに持っている? サラ、僕は結婚なんてするつもりねえんだよ! 結婚なんてしたら、他の女と遊べなくなっちまうじゃねえか! さすがに不倫なんかしてたら、世間への体裁が悪くなるだろうが!」


 大股で二人のもとへ近付く。

 エリオットは腰から下げていた剣を抜き、刀身を向ける。


 しかし二人は全く臆する様子はなく、


「エリオット様? なにをおっしゃっているんですか。これは幸運を呼ぶチョウチョですわ! 見るだけで最高の幸運が訪れると言われていますの!」

「エリオット、そんなバカなことを言ってないで結婚式の日取りについて話すぞ。いつがいい? 出来るだけ早い方がいいよな。明日とかはどうだ?」


 エリオットの憤怒に二人は気付いている様子なく、ただ一方的に話し続ける。

 そんな変わり果てた二人の姿を見て、さらにエリオットは激昂げっこうした。


「うるさいうるさいうるさい!」

「キャッ!」

「グバッ!」


 勢いに任せて拳を振るうと、二人の頬にめり込み壁に叩きつけられた。



 ——本来、弱くなったエリオットではそんなことをしただけで、幼女の平手くらいのダメージしか与えられないだろう。

 しかし今回、マルレーネとサラも『みんな俺より弱く』なってしまっているのだ。

 だからこそダメージが通るわけだが——まだアルフのやったことに気付いていないエリオットには、頭になかった。



「はあっ、はあっ……黙る気になったか?」

「ああ! 幸運を呼ぶチョウチョを踏みつけてしまいましたわ。でも安心してくださいませ。チョウチョならいーっぱいいますから!」

「エリオット、私が悪かった。許してくれ、うぐっうぐっ」

「……はあ」


 溜息を吐く。

 マルレーネは変わった素振りを見せないし、サラはブルブルと震えて嗚咽を漏らしている。

 さっき殴ったせいで、ボコボコになった二人の顔がさらにオークみたいになっている。


 殴っても気が晴れない。

 それどころかさらに不快になっただけだ。


「フェリシー……こいつ等はどうなってしまったんだよ」


 気分転換にベッドに腰掛けていたフェリシーに声をかけた。


「えっ? 私に話、振っちゃうの?」


 きょとんとした顔で、フェリシーを目を丸くする。


「フェリシー以外に誰がいるんだ? 僕はもう君しか頼れる人はいないんだ」


 ゆっくりとした足取りでフェリシーのもとに向かい、両腕で抱きつこうとした。


「キャッ! 臭……ちょ、ちょっと!」


 だが、そんなエリオットの両腕がフェリシーに払いのけられる。


「フェリシー……?」

「あっ、ごめんごめん! 急に来るものだから、反射的に手が出ちゃったよ。アハッ」


 フェリシーはごまかすようにして頬をかいて、視線を逸らした。


 なんださっきのは?

 どうして僕を拒むんだ!


 頭に血が昇って、フェリシーに問い詰めようとすると、



「失礼しますぞ。勇者殿」



 と部屋に騎士団長がずかずかと入ってきた。


「どうしたんだ、騎士団長。ノックもなしに。君の行動は不敬罪に——」


 エリオットは言葉を紡ごうとした。

 しかし止まってしまう。


 何故なら。

 入ってきたのは騎士団長一人だけではなく、他の兵士達もぞろぞろと入ってきたからだ。


 さらに一番最後に入ってきたのは、


「お、王様っ?」


 思わず素っ頓狂とんきょうな声を上げてしまうエリオット。


 一体なにしにきたんだ?

 異質な雰囲気に、エリオットの背筋も自然と伸びる。


「今回は勇者殿——いやエリオットに言いたいことがあってな」

「僕に?」

「うむ」


 と騎士団長は持ってきていた紙をバッと広げ、高々とこう告げたのであった。



「元勇者エリオットの王都からの追放を、ここに宣言する!」



「……は?」


 あまりに突拍子もない出来事に、エリオットの思考が止まってしまった。


 そんな彼に対して、騎士団長は話を続ける。


「我々の話し合いの結果、エリオットは王都に対して『詐欺』を働き、国民達に多大なる不信感を抱かせた、と判断した」

「ど、どどどいういうことだっ? お前の方こそ僕に一体なにを言う? は、反逆罪だ! そうですよね、王様!」

「——それは私も同じ事だ」


 王様がヒゲを撫でながら言う。

 エリオットを汚いものを見るような目で見下している。


「そもそもエリオットよ、お主は本当に魔王を倒したのか?」

「なにを言うんですか! 倒したじゃないですか! あんなに立派な凱旋パレードもやって、一体なにを言い出すんですか?」

「よくよく考えたのじゃが、お主が倒したという証拠がない」

「……は?」

「なにか証拠でもあるのか? 魔王を倒した」


 なにもない。

 というかそんなもの考えたこともなかった。

 魔王を倒して、平和になった。

 その事実だけで十分じゃないか、と。


 それに今までエリオットがもたらした功績によって、王様や騎士団長は彼に絶対なる信頼を抱いていた。

 エリオットが「魔王を倒した」と言ったら、盲目的に信じてしまうくらいに、だ。


「でも事実魔王を倒して平和になりました! このことはどう説明を付けるつもりですか!」


 エリオットは必死に反論する。

 だが、それに対して王様達は予定していたのか、


「一つ考えたのじゃが……お主の仲間にアルフという男がいたな」


 と即答した。


「はい。あの雑用係のアルフですが……」

「あのアルフは今どこにおる?」

「ア、アルフですか?」


 そんなもの、パーティーを追放してしまったから今どこにいるか分からない。

 サラの生まれ故郷にいたらしいが……もうどこかに行ってしまってる可能性もある。

 それに伝えたところで、なんになるというのだ?


「アルフは……僕達のパーティーを抜けました。アルフだけ戦闘能力を持ちません。なので僕達のレベルに付いていけなくなり、罪悪感を抱いた……と考えられます。そんなこと考えなくていいのに」


 エリオットはすらすらと口から嘘を吐いた。


「アルフだけ戦闘能力を持たない? もしかしたら、それはお主の嘘だったのではないか?」

「……は?」

「アルフについては、色々と情報を聞いておる。なんでもお主の勇者パーティーを抜けてから、各地で活躍しているそうではないか。腐敗した教会を弾劾だんがいしたヒーロー。ストローツという街でも、モンスターをたくさん倒して人々に安穏をもたらした。さらに最近では残党の魔族達を退治しているらしいぞ?」

「ア、アルフが?」


 ありえない。

 アルフは弱い。エリオットは強い。

 それは決して()()されないはずだったのに。


 本当になにが起こっているんだ?


 エリオットが愕然としていると、


「とにかくもう決まったことのなのじゃ」

「納得したか? エリオット」


 王様と騎士団長が声を揃える。

 そして最後は王様が手で払うようにして、


「エリオット。王都からの追放を宣言する。本当なら処刑するところであるが、こちらも確固たる証拠はないからな。この辺りで許しておいてやる!」


 と城内に響き渡るような声で告げた。


 エリオットは手足の震えが止まらず、吐き気と頭痛が止まらなくなっていた。

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