★31・みじめな勇者
「うわあああああああ!」
平野で交戦中。
エリオットは剣を片手に、相手から逃げ回っていた。
「エリオット様! 逃げずに戦ってください!」
「嫌だあああああ! 僕は帰るんだあああああああ!」
涙で顔を塗らしながら走り回っているエリオットは、まさしく子どものよう。
とはいっても、走る速度が非常に遅くて、歩いているようにしか見えなかったが。
「勇者エリオット……?」
「あれが噂に聞く男なのか!」
「それにしては、あまりに動きがお粗末すぎるような……」
戦争に参加している相手の騎士達も、エリオットのあまりの惨めさに戸惑いを隠せない。
一方。
「あはははははは! 血がいっぱいですわ! 赤い血! わたくし、赤が一番大好きなのですわ!」
「ひゃひゃひゃ。私はエリオットと結婚するんだ。エリオットに傷を付けるものが、私が殺してあげよう」
おかしくなった聖女と女戦士は、戦いの最中ながら変な笑い声を上げていた。
「どうしたの、みんな! サラも! みんな戦おうよ!」
フェリシーが必死にみんなに呼びかける。
彼女だけがどうやらマシのようだった。
逃げ回る勇者、おかしくなった聖女と女戦士。
そんな状況を騎士団長は戦いながら見て、こう思った。
(やはり——なにかがおかしい)
と。
◆ ◆
こんな戦い真っ平ごめんだった。
こんな物騒なところに来たくなかった。
もしかしたら調子が元に戻っているかもしれない。
そう思って来たが、やっぱり無駄だった。
聖剣を握ろうと思っても、重くて振るえないし、今まで使っていた上級魔法も使えなくなっている。
そこらへんのなんのヘンテツもない騎士が、エリオットの目には化け物にも見えた。
(やっぱりおかしいおかしいおかしいおかしい! 魔王を見た時も、こんなことは感じなかったのに!)
泣きながら、走っていると、
「エリオットぉぉおおおおお! 覚悟ぉぉぉおおおおおお!」
と前から一人の騎士がエリオットに斬りかかってきた。
「ひっ……」
驚いたエリオットは、そのまま転倒してしまう。
それが幸運だった。相手の剣が頭の上で空を斬ったのだ。
「ひっ、ひっ、ひっ!」
尻餅を付きながら、後ずさりする。
なにかないか?
なにか利用出来るものはないのか!
(僕は勇者なんだ! この世界で一番偉いんだ! 僕の犠牲になるようなヤツは……)
視線を彷徨わせていると、王都側の騎士が目に入った。
「おいっ!」
エリオットは騎士の足をつかみ、こう続ける。
「戦えよ! 僕が困っているんだぞ! さっさと僕のために戦って死ねよ!」
「えっ……エリオット様……?」
騎士が信じられないものを見た、といった感じでエリオットに顔を向ける。
惨めな行動であったが、背に腹は代えてられない。
「早く早く早く! いけよ! 僕のために戦え! 僕のために死ね! お前達、負け組はそうしていればいいんだ!」
「エリオット様……一体、なにをおっしゃっているんですか?」
「うるさい!」
エリオットはよろよろと立ち上がり、戦場一帯に響き渡らんばかりの大声で叫んだ。
「僕は勇者なんだ! 選ばれた者なんだ! だから僕は生きなければならない! どれだけ負け組連中が苦しんでいようが、知ったこっちゃない! 僕のために死ね! それが君達、負け組の使命なんだ!」
命の危険に瀕してなのか。
それとも、今までため込んできたものが噴出したのか。
エリオットは心の内を全てぶちまける。
「あははははは! そうですわ! みんな、わたくし達のために死んでしまえばいいのですわ!」
「ひゃひゃひゃ。やはりエリオットは聡明だな。早く貴様等もエリオットを助けんか。所詮、貴様等は私達に利用されるしか能がない人間なのだ」
近くにいたマルレーネとサラも賛同する。
そうだ!
その通りだ!
(僕は……他の凡人どもとは違うんだ! 凡人は僕達のような選ばれた人間のために死ねばいいんだよおおおおおおお!)
感情を爆発させたエリオットは、そのまま騎士の体を押した。
「おい! 早く戦えよ! せめて僕の壁にでもなってくれ。負け組ちゃん♪」
ハハハ!
みんな僕のために利用されればいいんだ!
それこそが、お前等負け組の利用価値だろう!
エリオットが天に向かって、高笑いを続けていると、
「勇者様……見損ないましたぞ」
騎士団長の声が聞こえた。
それは周囲からも同等であった。
敵味方関係なしに、戦争に参加している騎士——魔法使い——治癒士。
ありとあらゆる者達が口を開く。
「勇者様ってこんなに惨めだったのか?」
「オレ、魔王を倒した勇者様を尊敬していたよ。オレもこんな人になりたい、って思っていたのに」
「魔王を倒したのはまぐれだったのか? そもそも魔王を倒したのは、もっと別の人間で……こいつは手柄を横取りしただけ、ってのか?」
あまりの勇者エリオットの変貌ぷりに、戦争が一時中断し、軽蔑するような視線を一斉に向けたのだ。
「おい! お前等? なにか文句あるのか? かかってくるか? 僕は勇者なんだぞ! な、なんだその目は! おい、フェリシー。お前もそう思うだろう?」
エリオットが救いを求めるように、フェリシーの方を見た。
「……そ、そうだねっ」
すると彼女はぎこちない笑顔を浮かべたのだった。
◆ ◆
それから、勇者エリオットを無視する形で戦争は続けられ、王都側の勝利で終わった。
(それはいいのだが……)
と王宮に帰ってきた騎士団長は思う。
——あれはいつから、あんなポンコツになってしまったんだ?
いや、最初からポンコツだったということなのか?
そういえば『勇者は強い』ということは聞かされていたが、具体的に戦いの様子を今まで見たことがなかった。
ただ「地下迷宮の最奥に辿り着いた」とか「ドラゴンを一人で倒した」とか、そういう噂を耳にして、知らず知らずのうちに強いと思い込んでしまっただけなのかもしれない。
「私から話があります」
だからこそ。
騎士団長は王様と大臣の前に立ち、胸を張ってこう言い放った。
「勇者エリオットの追放を——進言いたします」