★29・サラもおかしくなる
「最近の勇者殿はおかしくないか?」
ここは王宮のとある会議室。
そこに王様、大臣、騎士団長といったメンツが集められ、話し合いをしていた。
議題は『勇者エリオットについて』だ。
「おかしい? 私は……あまり勇者様と関わり合いがないので、分かりませんな」
大臣が騎士団長の方に目をやって、
「騎士団長殿はどう思う?」
「私もです。前、たまたまモンスターと戦っている勇者様の動きを見たのですが、それはそれはひどいものでした」
「ひどい? なにがだ?」
「本人は走っているつもりなんでしょうけど、実際は歩いているようにしか見えませんでした」
「達人級の動きなのでは? 戦いを極めると、歩いているようにしか見えなくなるという……ことはないのか?」
大臣が尋ねるが、騎士団長は黙って首を振った。
「ふむ……」
それを見て、王様は難しそうな顔をして腕を組んだ。
「今回、勇者殿のおかしさについて証言してくれる者を呼んだ。その者の話も聞いて判断して欲しい。よし、入っていいぞ」
「失礼します」
王様がうながすと、外から一人の男が入ってきた。
「王都、冒険者ギルドのマスターである」
「私のような男が、このような場に来るとは恐縮です」
ギルドマスターとはほとんど名ばかりで、実態は事務仕事が多い王宮からの雇われ人に過ぎない。
ギルドマスターは肩を狭くして、三人の前で話をはじめた。
「勇者殿はギルドを通して、モンスター討伐の依頼を多く受けてくれます。それは嬉しいことです。ただ……」
「ただ?」
一瞬、戸惑ったような表情を見せるギルドマスターであったが、一度唾を飲み込んでから続ける。
「何故かいつもボロボロになって、帰ってくるのです」
「それは戦いが激しかったからなのでは?」
「いえ、地下迷宮の低層……つまり一階層や、二階層になるのですが、そこに行ってくるクエストでも、何故かボロボロなのです。本来、魔王が倒された世にとって、強力なモンスターは存在しません。しかも勇者様は魔王を倒した張本人。どうしてあんなボロボロになって返ってくるのか……私では説明出来ません」
とギルドマスターは手の平を上を向けて、肩をすくめた。
「ふむ。私が『勇者殿がおかしい』と思ったのも、このギルドマスターの報告があってのことなのだ」
「しかしギルドマスター殿。勇者様はクエストを成功はさせているのでしょう? だったら、そこまで心配しなくてもよいのでは?」
唯一、この中で勇者のおかしさを目の辺りにしたことがない大臣が、質問を重ねる。
「スライム討伐とかですよ?」
「なぬ? スライム討伐? スライムといったら、あのスライムであるか?」
「ええ。あの一番弱いモンスターともいわれているスライムです」
「うむ……」
それを聞いて、大臣はなにも喋れなくなってしまった。
「一体勇者殿になにが起こっているのだろうか?」
王様が改めて、みなに問いかける。
「王様。私に少し考えがあります」
騎士団長が手を挙げて、発言する。
「それはなんだ?」
「ええ。隣国と小競り合いが発生しているのを、王様はご存じでしょう?」
「うむ、もちろんじゃ」
魔王なき後の世界においても、人々は争いを止めなかった。
いや、魔王がいなくなってからの方が、人間同士の争いが酷くなったとも言えるだろう。
今回の小競り合いも、元々魔王領地であった土地をどちらの国のものとするか……についての話し合いが決壊したせいである。
「こちらの勝利は揺るぎないものかと思います。軍勢は隣国と二倍の差があると考えられます」
「当たり前じゃ。王都は世界の中心。戦争の分野においても、一番でなければならぬ」
「ですが……万が一ですよ。万が一、あちらの兵数を見誤っていたら? 万が一、あちらに一騎当千の戦士がいたら? この争いは今後の覇権を考えると負けてはなりません。なので保険として、勇者様に同伴していただきたいのです」
「ということは、なにか? 騎士団長はそこで勇者様の実力を見極めたい。そう考えるのじゃな」
王様の問いかけに、騎士団長は首肯する。
「うむ、分かった。儂が許可する」
「ありがとうございます。では早速、私から勇者殿に話をしましょう」
「いや——儂も行く。相手は世界の英雄でもある勇者殿だ。失礼があってはいけぬからのう」
「重ね重ねお礼申し上げます」
こうして話し合いが閉幕した。
勇者エリオットに対して、みんなが疑問を抱いている。
その疑問が具現化したような、暗い暗い会議であった。
◆ ◆
「え? 僕も戦争に参加して欲しいだって?」
エリオットが部屋でくつろいでいると、いきなり王様と騎士団長が入ってきた。
一体なにごとかと思い腰を上げると、いきなりそんな突拍子もないことをお願いされたのだ。
「はい。ヴァルハラ平野で現在も行われている戦争——それに勇者殿のお力も貸してもらいたいのです」
と騎士団長は続けた。
それから説明を受けたが、そもそもからして王都側絶対有利の条件ではじまった戦争らしい。
そして現在の戦況としても、非常に優位に進められていると。
「それなのに……どうして僕の力が必要なんだい?」
「戦争はなにが起こるか分からないからです。それに勇者殿の力を、他の騎士達にも見せたい。勇者殿から学び取ることは非常に多いですから」
「勇者エリオットよ。なんとか頼めぬか? この度の戦争に力を貸してくれぬか?」
王様からも頼まれてしまった。
そうなってしまっては、いくら勇者エリオットとしても首を横には振れない。
「では謹んでお受けしましょう。僕の力でよかったら」
「ありがとうございます……! 勇者殿が来てくれれば、この戦争も楽勝ですな!」
「エリオットよ。この戦争が終われば、褒美も用意しておるから、なんとか頑張っておくれ」
そう言い残して、騎士団長と王様は部屋から出て行こうとした。
「そうそう、勇者殿」
最後、騎士団長は扉のところで振り返って、
「期待していますぞ」
と意味ありげな視線を送ってきた。
扉が閉められ、部屋にはエリオット一人だけが残される。
「ど、どどどどどどうしよう!」
二人がいなくなり、エリオットは慌てふためいた。
あれから、エリオットの力は戻っていない。
相変わらずワイバーンどころか、スライム相手ともろくに戦うことが出来ないのだ。
それでもマルレーネやフェリシーの力もあれば、なんとか誤魔化すことが出来ると思うが——。
「あははははははは! エリオット様、見てください! チョウチョですわ!」
「エリオット君。大事な話してたみたいだったけど……なんだった?」
マルレーネとフェリシーが部屋に入ってきた。
マルレーネの右手にはチョウチョが持たれている。
しかしよく見ると死骸だ。どうしてマルレーネはそんなものを持って、目を輝かせているのだろう。
(マルレーネも戻ってきてから、おかしくなっている。回復魔法も何故だか使えなくなっているみたいだし……サラは帰郷すると言って、出て行ったきりだし)
マルレーネは論外。サラはいつ戻ってくるかよく分からない。
そうなってしまえば、まともな戦力としてはフェリシーしかいなくなる。
フェリシー一人で誤魔化しがきくだろうか?
いや、怖い。フェリシーはモンスター相手との戦いなら慣れているが、対人間は不慣れだ。
そうなってくると、パーティーに入る前から傭兵として戦争にも参加したことがあるサラが適任なのだが。
「仕方ない。折角の里帰り中に申し訳ないけど、サラを呼び戻そうか。転移の魔法石かなにかはあるかい——」
エリオットがそう言いかけた時であった。
「ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ」
奇っ怪な笑い声とともに、一人の女性がエリオットの部屋に入ってきたのだ。
それを見て、エリオットは目を明るくする。
「サラ! やっと戻ってきてくれたんだね! 話がある。さっき王様と騎士団長が来て、隣国との戦争に——」
サラの様子を見て、エリオットの言葉が詰まる。
……なにかがおかしい?
「サラ……?」
呼びかけても、サラは「ひゃひゃひゃ」というような笑い声を上げるのみだ。
そして。
「エリオット! 私にはもう君しかいない! 早く! 早く今すぐ抱いてくれ!」
と駆け寄り、エリオットを強く抱きしめたのだ。
「サラっ? なにが起こったんだい?」
「エリオット! エリオット! エリオット! ぐふっ……もう離さない。こうなったら、死ぬまで私と一緒だ。マルレーネとフェリシーも追放しよう。そうだ。君は私と二人が一番いい。それがいいに決まっている」
耳元で囁くサラの声を聞くと、エリオットは鳥肌が立った。
ここでエリオットは気付く。
——サラもおかしくなってる?