27・神の復讐(後編)
「いらっしゃいませ……チッ。なんだ。貧乏人のアルフか」
商館を訪れると、奴隷商人は俺を見るなり舌打ちをした。
勇者パーティーの俺の顔と名前くらいは、奴隷商人は覚えているんだろう。
「冷やかしなら帰りな。どうせ、奴隷なんか買う金なんか持ってないくせに。ホントッ……この面汚しが!」
「言いたいことはそれだけか?」
「ああん?」
凄む奴隷商人。
俺はそれを見ても、心が冷え切っていた。
「なあに、そんなに喧嘩腰になるなよ。今日はお前のために、良いものを持ってきた」
「良いもの?」
「ああ。よし、入ってきやがれ! この獣耳が!」
俺は商館の入り口に向かって、とある獣人族の女の子を呼ぶ。
「なっ……! そいつは!」
「街に逃げ出してたのを見つけてな。もしかしてこいつを探していたんじゃないのか?」
言わずもがな、商館に入ってきたのはイーディスである。
イーディスには首輪を付けていた。そこらへんのゴミ箱で見つけたガラクタである。
「そうだ! いきなり眩しい光がパアッって目の前を襲ったと思ったら、こいつがいなくなってよ……玩具が一体なくなったから、また補充しようかと思っていたが、見つけてくれたなら好都合だ」
ニヤリと奴隷商人は口元を歪ませた。
イーディスの話を聞くに、こいつはイーディスのことを『タダ飯喰らい』と呼び、疎んでいた。
いなくなってくれた方がいいはずなのに、イーディスを見つけて喜悦の笑みを浮かべるとは。
「クズで有名なアルフもこんなことで役に立つとはな。ほれ、これが褒美だ」
と奴隷商人は銅貨を一枚、俺に投げ捨ててくる。
「これだけか?」
「ああ? なんか文句あんのか? ただでさえ、雑用係でクズのお前にこれだけの褒美をやったんだ。もっと感謝して欲しいところだな」
ニヤニヤと不快な笑みを浮かべる奴隷商人。
「なあなあ、お前」
「なんだ? やろうってのか? こう見えて、昔のオレは冒険者だったんだぞ。Cランクまで到達したことがある。お前みたいなクズに負けるはずがないんだがな」
「そうか」
と俺はそこらへんの近くにあった剣を手に取る。
血の臭いがべったりと染みついている。
こいつがイーディスや——その友達のフランという少女以外にも、奴隷をいたぶっていたことは明白だ。
あまり上等な商館じゃなかったみたいだな。
「ふんっ。剣を手に取ったな? これで正当防衛成立だ。くらえ——ファイアー・バースト!」
…………。
周囲の空気が冷めていくような感覚。
当然だが、なにも起こらない。
「な、何故だ! 何故、魔法が発動しない!」
「そんなのは決まっている」
俺がそんな中級魔法なんて使えないからだ。
俺は手始めに、奴隷商人に剣を振るって鼻を削いだ。
「痛えええええええええ!」
「擦らせるつもりだったんだけどな。すまんすまん。ちょっと外したみたいだ」
鼻がなくなって、そこから血を噴出させる奴隷商人。
「イーディス」
「うん」
うきうきとした様子のイーディス。
俺はイーディスと一緒に奴隷商人をとある部屋まで持っていった。
奴隷部屋である。
「離せ! 離しやがれ!」
商人は必死に抵抗していたが、弱くなっているこいつと俺達とでは赤子と大人のようなもの。
「ここがイーディスのいた奴隷部屋か?」
コクリとイーディスが首を縦に動かした。
部屋の中に入ると、つーんと鼻を差すような臭いを感じた。
壁や床のいたるところが血で汚れている。
狭くて暗い部屋で、奴隷を拘束するための鎖が用意されている。
不衛生なところだ。
よくこんなところでイーディスは生きてられたな……と胸が憎悪でいっぱいになる。
「なにしやがんだ! お前……オレにこんなことをしてタダで済むと思ってんのか?」
「悔しかったら、一発くらい俺を殴ってみやがれ」
挑発してみるが、奴隷商人の遅いパンチなんて、目を瞑ってでも避けられそうな気がした。
暴れる——とはいっても、両手をばたつかせてるレベルにしか思えなかったが——奴隷商人の両手足を、鎖で結ぶ。
両手足を鎖によって壁と結ばれ、大の字になって立つ商人を見ると滑稽だった。
「お前……なにをするつもりだ?」
「それはこいつが決めることだ」
と俺はイーディスの頭に手を置いた。
「…………」
口を閉じて、じーっと商人を見るイーディス。
そんなイーディスに俺は問いかける。
「イーディス。こいつをどうしたい?」
「……じっくりと殺したい。死にたいと叫び続けて、声が枯れてきた頃に殺したい。こいつにフランと同じ苦しみを味わわせたい」
即答だった。
「そっか」
そうだ、復讐に容赦はいらない。
復讐はなにも生まない?
は? なんだ、それ。そんなもので友達を殺されたイーディスの気が晴れるというのだろうか。
そんなものは、加害者の言い訳でしかないのだ。
「おっ、良いものを見つけたぞ」
復讐に良い道具はないものか、と商館を彷徨っていると、とあるものを見つけた。
壺に入ったそれを商人の前に掲げる。
「なっ……! それは! あの殺した獣耳に使ったものと一緒じゃねえか!」
「おっ、それは良いことを聞いた。良かったなあ、イーディス。これでフランって子の仇が取れるぞ」
「うん……!」
表情に乏しいイーディスであったが、俺の言葉を聞いて顔を嬉しそうな色に染めた。
——俺が持ってきたのはパラサイトインセクト、と呼ばれるモンスターの一種である。
とても小さく、力も持たないためスライムといったモンスターよりも、簡単に狩られてしまうだろう。
だが、こいつには大きな特徴があった。
それは……。
「こいつは人間の肉を好み、じわじわと体を喰っていき、やがて内蔵や骨も喰らい尽くされる。よく拷問なんかに使われる虫だ」
本来ならば、大した強さも持たないモンスター。
しかし拘束して抵抗出来ない相手に、このモンスターを頭からぶちまけたらどうなるだろうか?
「や、止めろ……!」
今から行われる残酷なショーに、商人の顔を真っ青になる。
「生きながらにして、じわじわと肉を喰らい尽くされていく。さらにパラサイトインセクトの体液は、相手が気絶しないようにする効力もある。そんな無駄な機能もあるからこそ、最弱といっても過言ではないモンスターなんだが……今の場面だったら、最適だ」
「意識がありながら、喰われていく自分を見ることになるの?」
「そうだ」
「フランも……」
そう。
商人は言っていた。
『あの殺した獣耳に使ったものと一緒じゃねえか』と。
どれだけフランが苦しんだだろうか?
それを想像して、イーディスは胸が苦しくなっているんだろう。
「大丈夫だ。イーディス」
俺は彼女を元気づけるようにして、続ける。
「フラン以上の苦痛をこいつに与えてやろう。一匹ずつパラサイトインセクトを体に引っ付けていこう。そして両手足が喰われてしまった頃に解放して、そのまま別の商館に売り払おう。とびっきりの変態貴族用の奴隷としてな。こいつの苦しみはずっと続く」
「…………」
「どうだ? イーディスはどう思う?」
もしかして復讐をためらっているのだろうか?
だが、俯いていたイーディスはバッと顔を上げ、
「うん。とっても素敵」
と声を弾ませた。
ハハハ! それでこそ俺の求めていた神だ!
「ゆ、許してくれ!」
商人が命乞いをする。
そんな彼に向かって、俺はこう続けた。
「イーディスやフランがそう言って、許したことが貴様にはあったか?」
悲鳴が商館に響き渡る。
早くこのクソみたいな街から出て、マルレーネ復讐のために大聖堂に向かわなければ。
しかしこもう少しこの心地よい音楽に身を委ねよう。
イーディスの復讐が済むまで——。
◆ ◆
こんなことをしても、フランは生き返らない。
だけど死んでしまったフランはこれできっと笑顔で天国に迎えるだろう。
他の商館に売り払った後、すーっと胸がすっきりするように感じた。
「どうだ、イーディス。復讐の味は」
「最高」
生きることを決めた。
いつか神界に舞い戻ってやる。
帰って、こんなクソみたいな人間界に堕とした神々に復讐するのだ。
(そうしないと……おかしくなってしまいそうだから)
この時。
イーディスは善良な神の仮面を外し、邪神としてアルフと共に歩んでいくことを決めた。
次からは幼馴染編です。