21・許されない夢
お嫁さんになること。
それがサラの夢だった。
ハハ、前にも言ったが笑い話だよな。
俺をあれだけいたぶってくれたサラが、一般的な幸せを得たいなんて!
こうしていると、あの時のことを思い出すな。
あれは勇者パーティーとして旅をしていた頃だ。
とある街で泊まった宿屋。
この頃から当然のことだったんだが、エリオット達はちゃんとした部屋に泊まり。
俺は廊下で寝かされることになった。
扉の向こうから、エリオットとサラの楽しげな声が聞こえてきた。
この声を聞かせたいがために、俺を外に放り出さず廊下で寝かせたんだろう。
「はあっ、はあっ……エリオット、私の夢を聞いてくれるか?」
息づかいの荒いサラ。
当たり前だが……ただ楽しくお喋りしていた、というわけではなさそうだ。
「私は……エリオットのお嫁さんになりたいんだ!」
「うんうん。良いよ。してあげる」
「ほ、本当かっ!」
「うん。それにしてもサラがそんな普通の幸せを望んでいたなんてね」
「戦士として力を磨くことも、もちろん大事だ。だが、その上で……私は普通の幸せをつかみたい」
サラの甘えたような声。
「普通の男と結婚し、普通の子どもを生む。そんな普通の幸せが私は欲しい」
「サラは可愛いなあ」
俺はサラのそんな言葉を聞いて、腸が煮えくりかえるような気持ちになっていた。
人をこれだけいたぶっておいて、自分達は普通の幸せをつかもうとする。
そんな権利もないはずなのに。
人生をボロボロにした俺のことなんて、放っておいて。
幸せになる。
そしていずれは俺のことすらも忘れてしまうんだろう。
想像したら、顔をかきむしりたくなるくらいに悔しくなった。
◆ ◆
しかし……こいつは今!
俺によってボコボコにやられて、顔面を血と涙で濡らしながら、剣を振るおうとしている!
「はあっ、はあっ……どうしてだ……? どうしてこんなに痛いんだ……痛い、痛い、痛い……」
もちろん、こいつの愛用の剣であったラグナロクはもうないので、模擬剣ではあるが。
「ハハハ! うるさいよ!」
何度も痛い痛いと叫いているが、俺は気にせずサラに近付いて殴り続けた。
こいつも回避しようとするのだ。
でも出来ない。
弱くなったこいつにとって、俺の拳は速すぎて見えないんだろう。
「ギ、ギブ——」
——アップ。
そうサラが口走ろうとした瞬間。
「はい、ダメー」
「んんんんんんんんっ!」
口を塞ぐために、喉を手で突いた。
サラは口を餌を乞う魚のように口をパクパクとさせた。
「んっ——あっ——」
「ハハハ! そうか! まだやるか! よし、かかってこい! その覚悟、見届けよう!」
「!」
俺は勇者エリオットの時と同じように、そこらへんから木の棒を拾い上げた。
そして鞭のようにして使い、ぺちぺちとサラを叩き続けた。
「んっ! んっ!」
サラの体にだんだん傷が多くなっていく。
「おいおい、サラ様……どうして反撃しないんだ? さっきは子どもにも負けていたし……」
「やっぱりサラ様は弱いのか? 愛人枠だったのか?」
「いや……オレはサラを信じるぜ! なんてたって、小さい頃からサラは知ってるんだからな!」
こんな劣勢の状況であっても、サラを応援してくれる者はいる。
しかしはじめた時と比べて、それは半分くらいになっているだろう。
「んっ! んっ!」
泣きながら、そして血を飛ばしながらもサラは懸命に模擬剣を振るおうとする。
その手を木の棒で叩き落としてやった。
「ん——」
「そろそろトドメを刺そうか」
俺も腕が疲れてきた。
尻餅を付き、手で制そうとするサラ。
そんな彼女に向かって、俺は容赦なく木の棒を振り落とした——。
◆ ◆
「アルフ? どうしてトドメを刺さなかった?」
椅子に縄でくくりつけられているサラを見て、イーディスが不満げに首をかしげた。
「復讐止めるの?」
「ハハハ! イーディスは面白いことを言うな! そんなわけないだろう!」
あまりにもおかしくなって、俺は高笑いをする。
あの一方的な決闘……いや、制裁が終わった後。
俺はサラを殺さず、街で泊まっている宿屋に連れてきたのだ。
ボロボロになっているサラを引きずる俺を見て、街の人達はなにも言わなかった。
いや……言えなかったのかもしれない。
「今までの俺の行動パターンを見て、イーディスはどう思う? 簡単に殺して、はい復讐終わり! って俺がすると思うか?」
「思わない。死ぬよりも辛い地獄を復讐の対象者に味わわせる……きっとアルフはそう考える」
「そうだね。イーディスはやっぱり賢いなあ」
「アルフほどじゃない」
イーディスの頭をわしゃわしゃ撫でてあげる。
「そういうわけだ、サラ」
「…………」
椅子に座るサラは、虚ろな目で俺を見ている。
「ちゃーんと喋れよ。喋れないとつまらないだろうが」
「痛い痛い痛い!」
サラの顔面を蹴ると、また「痛い痛い」と子どものように叫きはじめた。
椅子ごと床に倒れるサラ。
俺は彼女の髪を持って、顔を上げさせる。
「おい、弱い弱いサラ。俺よりも弱いサラ」
「私は……弱くない……」
先ほどの喉のダメージが完全に癒えてないんだろう。
なんとか喋れるくらいまで回復しているが、まだ声がかすれている。
「まだ戦意を失ってないとはな。頼もしいなあ。さすが勇者パーティーの女戦士サラだ」
「きょ、今日はたまたま調子が悪かっただけ……だ。明日になったら、貴様を八つ裂きにしてやる」
「ラグナロクはもうないのに?」
「返せ……」
「いいよ」
「え……」
一瞬、サラの目に希望の光が灯った。
「やっぱり止ーめた!」
と言って、サラの顔を床に何度も何度も叩きつけてやった。
ハハハ!
マルレーネの時も思ったが、一瞬希望を見せてやって堕とすのは楽しいなあ!
「話の続きをしよう。さっきの話は聞いていたよな、サラ?」
「……ああ。地獄を味わわせるとか……やれるもんなら、やってみろ……」
「地獄、っていうのはちょっと生ぬるいな。地獄以下の底辺をお前に今から味わわせてやる!」
「貴様……正気か? この街の住民は全員私の味方だ。今日のことがあっても、簡単には寝返らないだろう。貴様がどんなことをしても、私の評価は覆らない」
「ああ、そうそう! お前、気持ちよさそうだったな!」
住民から喝采を受けるサラは光悦とした表情をしていた。
サラにとって、人々から賞賛されるというのはこの上なく快感なのだろう。
俺にボロボロにやられたサラであっても「まだ、私にはたくさんの味方がいる」という思いがある。
だからこそ、希望を失ってないのだ。
「良いよな! みんなからちやほやされて! だからさ。お前に対する住民の評価、俺にくれよ!」
「えっ……?」
サラは「こいつはなにを言っているのだ?」というような顔。
俺はニイと口角を上げて、こう続ける。
「お前に対するその評価。ぜーんぶ、ぜーんぶ俺がもらってやるよ」