20・サラ、子どもと剣術ごっこをする
『あれ? サラ様って弱くね?』
その一言によって、周囲からぽつぽつと他の声も聞こえてきた。
「いや……そんなはずが……でもメチャクチャな動き方。さすがにそんなので魔王を倒せるとは思えない」
「もしかしてサラは勇者様に付いていっただけじゃないのか? 見てくれはいいんだ。愛人枠として……」
「雑用係にそんなボロボロにやられるんだ。しかも手加減されているようにも見える。サラ様はやっぱり弱い……?」
みんながサラに疑惑の目を向けている。
「そ、そんなわけないだろう!」
とサラは胸に手を慌てて、慌てて疑惑を否定する。
「私はこの街にいる頃から最強だっただろう? 誰もがこなせないクエストをバンバンこなしてきた! その実績はどう考えるんだっ?」
そんな訴えかけに、街の人達は口を閉じた。
まあこんな簡単にサラの評価が覆るとは思えない。
ならば復讐を続ける必要がある。
「なあなあ、君。ちょっと来てくれるかな?」
「ボク?」
俺は観衆の中にいた小さな子どもを呼びつける。
「どういうつもりだ! もしかして……その子を人質にするつもりか!」
サラが殺気立つ。
「人質? ハハハ! そんなお前等みたいなクズなことしねえよ! なあに。お前、メチャクチャな動き方とかしてるから、俺が剣技を教えてやろうと思ってな」
「き、貴様にだとっ? 貴様が私に剣等教えられるわけがなかろう! 貴様が教えられるのは、せいぜい靴の舐め方くらいだ!」
「そうなんだよな。俺がお前に剣を教えられるはずがない」
「は……? 貴様はさっきからなにを言ってるのだ。コロコロ言ってることが変わって……」
サラが目を丸くする。
「だから……さ」
そこで俺は連れてきた子どもの肩をポンと叩いた。
「この子に任せようかな……と思って」
「……なにを言ってるんだ……? そんないたいけな少年が、私に剣を教えられるはずないだろう」
「俺とお前じゃあまりにも剣技のレベル差がありすぎるからな。途中で殺してしまうかもしれないんだ。だったら剣の素人である少年に任せた方が、遙かに効率的だ」
「え、ボク……? ボクなんかがサラお姉ちゃんの相手になるわけないよ……」
その子どもは自信なさげに俯いた。
「大丈夫。それに君が街の中で、よく剣術ごっこをしていたことを知ってるぞ」
「えっ?」
「将来、冒険者になりたいんだよな。見てれば分かる。だったらサラに教えてもらえるのは良い機会じゃないか?」
もっとも教えるのは『子ども』の方かもしれないが。
すると子どもは俄然やる気を出して、
「うん……! 頑張ってみるよ!」
「ハハハ! 良かったじゃないか、サラ。良い師匠に恵まれて良かったなあ」
俺が挑発すると、サラが顔を真っ赤にして、
「わ、私を侮辱するな!」
と怒った。
「まあやってみなければ分からないだろう。おい、イーディス」
「うん」
イーディスがとことこと俺の近くまで寄ってきて、模擬剣を二本渡してくれた。
こういう筋書きになると読んで、前日に用意したのだ。
つまりここまで俺の計算通り。あまりにことがスムーズに進んでくれてるので、ほくそ笑んでしまう。
「よし、はじめるとするか。君、名前は?」
「レオ!」
「レオ君か。頑張りなよ。だって相手は街の英雄サラだ。サラをもし倒せたら、とんでもないことなんだからな。お母さんとお父さんにもいっぱい褒められるだろう」
「うん! 頑張る!」
レオ君が頷き、模擬剣を手にする。
お父さんとお母さんらしき人がやって来て、レオ君を連れ戻そうとしたが。
「まあ待て。良いだろう。折角だから、子どもの思い出作りを手伝ってあげようじゃないか。なあに、ちゃんと手加減はする」
とわざわざサラの方から制止してくれた。
勝手なヤツだ。
俺と戦う時は『手加減の出来ない女』と言ってただろう?
サラが弱いことに衝撃を受けた観衆は、そんなことを覚えていないみたいだ。
「今度こそはじめるぞ。レオ君、ゴーだ」
「ていやー!」
レオ君が剣を振りかぶって、サラに近付いていく。
速くない。
というかもしこのままダンジョンなんかに放り込んでしまったら、モンスターに一瞬で喰われてしまうだろう。
それくらいの速さだった。
しかし……。
「むっ……速いっ? 子どもの動きではない?」
サラは剣を構えながら、明らかにレオ君の動きに戸惑っていた。
「てぃやー!」
レオ君が剣を振り下ろす。
それをサラは同じ模擬剣で受け止めようとするが。
「うわああああああああ!」
レオ君はサラの剣を吹っ飛ばした。
サラの手から剣がこぼれ落ちて、地面に転がる。
「な、なんというパワーだ……」
「ハハハ! お前が力なさすぎなんだよ!」
たかが子どもの一振りに対して、サラの顔は汗がびっしょりになっている。
サラは慌てて剣を手に取ろうとしたが、
「てぃ」
伸ばす手にレオ君の振り下ろす剣が当たった。
「痛あああああああああい!」
他からはペシンと当たったようにしか見えなかっただろう。
しかしサラは痛さに耐えかねて、泣きながら転がり回ったのだ。
「痛い痛い痛い! どういうことだ! 私は……痛みに強いはずだったのに……」
「サラお姉ちゃん、大丈夫?」
「ひっ!」
レオ君が心配してサラを覗き込む。
だが、サラは——レオ君がモンスターにでも見えたんだろうか——ビクンッと体を震わせ、尻餅を付かせたまま離れていった。
「く、来るな!」
「どうして、サラお姉ちゃん!」
「う、うぅ……もうこれ以上痛い目には遭いたくない!」
レオ君に対して、サラは膝を抱えてぶるぶると震えだした。
その様子を観衆は見て、
「おいおい……相手は子どもなんだぞ?」
「それに手にちょっと模擬剣が当たっただけに見えた。それなのにあの痛がり方って……」
「やっぱりサラ様って弱いんじゃ?」
ひそひそと会話をはじめた。
「ハハハ! 最高だ!」
俺はそれを見て、高笑いをする。
相手は剣術の素人……しかも子どもなのに、ボコボコにやられて手も足も出なくなるとは!
「やっぱりお前、弱いよ。子どもにだって、こんだけ負けるんだから」
「私が……弱い……?」
「ああ。だってそうだろう?」
レオ君に「ありがとう」と言って、模擬剣を返してもらった。
このままレオ君にサラをもっとイジめてもらおうとも考えたが、さすがにただの子どもだしそこまで出来ないだろう。
するとレオ君は嬉しそうな顔をして、家族のもとへと帰っていった。
街の英雄だったサラと剣(模擬とはいえ)を交わらせたんだ。
そんな顔になるのも分からなくもない。
もっとも……弱いサラ相手だから、大した思い出にならないかもしれないが。
「私は弱くない……! 私は剣術の天才なんだ!」
「お前が天才? だったら俺とかレオ君は神か?」
イーディスがいるので悪い気がしながらも、サラを怒らせるために俺は続けた。
「お前は弱い。弱すぎる。子どもにも負ける弱いサラ。きっとエリオットもお前の戦闘能力だけじゃなくて、見た目に惚れただけなんだ。お前は使い捨て。エリオットは弱いお前よりも、マルレーネとフェリシーの方が好きで……」
「違う違う違う! わああああああ!」
サラが血と涙で顔を塗らしながら、立ち上がって剣を振るってきた。
「ふんっ」
それを俺は手刀で叩き、ガラ空きの顔面にデコピンをくらわしてやった。
「うわあああああ! 痛い痛い痛い!」
「ああ、ごめんごめん。俺、手加減するの苦手だからさ。だけど真剣勝負だから仕方ないよね。お前がそう言ったんだから」
子どものように叫き、地面に転がっているサラ。
それを俺とイーディスは愉快に感じ、一方観衆の間には明らかな動揺が走っていた。