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★16・壊れた聖女と弱い勇者

 ——ああ、死にたい。


 彼女の心と体はとっくに壊れていたが、深い意識でそう感じた。

 でももうすぐで死ねる。この体はもう少しで限界だ。



「このモンスターめ! マルレーネとか言ってたが、正体は現せ!」

「モンスターのくせに、メッチャ弱いぞ! オレ達の気が済むまでいたぶってやる!」



 彼女を信者達がただひたすらに、剣や棍棒で傷つけていく。


 ああ、やっとこの苦しみから解放出来る。


 そう思った瞬間。

 彼女はどこか遠くまで引っ張られるような感覚になった。


 緊急脱出用の魔石。転移先はこの場所にいた以前のところ。

 つまり彼女——マルレーネは、大聖堂に来る前の場所。王宮のエリオット達のもとに戻ってきていたのだ。


 ◆ ◆


 勇者エリオットが部屋でくつろいでいると、いきなりモンスターが出現した。


「あははははははは! 死ねる死ねる! やっと死ねる!」

「モンスターっ? ここは王宮だぞ? どうしてこんなところにいるんだ!」

「エリオット離れてくれ。これくらい、私が倒せる。エリオットの手をわずらわせる必要はないだろう」


 と女戦士サラが前に出て、剣を抜こうとした。


 しかしそれよりも早く……。


「あれえ? もしかしてマルレーネ?」


 後ろで控えていた魔法使いフェリシーが声を上げた。


「マ、マルレーネ? フェリシーはなにを言ってるんだい」

「そんなわけなかろう! こんなモンスターがマルレーネなわけがない!」


 サラが怒っている。

 元々フェリシーの天然な発言を、サラは嫌いなようなのだ。


 こんなモンスターがマルレーネなわけがない。

 しかしエリオットはフェリシーの発言を受けて、よくよく服や装飾品を見ると、


「あれ? 確かにこの服……ネックレス……マルレーネのものだ」

「エリオットもなにを言ってるんだ……ん? 確かに……マルレーネのものといえば、マルレーネのものに見える。しかしそんなわけが……」

「いや、モンスターがこんな高級な布地を使った服を着るわけがないよ。ネックレスだって、僕が買ってあげたものだし……マルレーネ。君はマルレーネなのかい?」


 とエリオットは震える声でモンスターに話しかけた。


 すると。


「あはははははは! エリオット様はなにをおっしゃっているのですか! わたくしは間違いなく聖女マルレーネですわ!」


 胸に手を当てるモンスター……もといマルレーネ。


 ここで改めてエリオットは戸惑う。


「どうしてそんなボロボロの格好になっているんだい?」


 そう——今のマルレーネ、あれだけキレイだった金色の髪が真っ黒になっているし、顔もボコボコでオークみたいだ。

 しかしマルレーネの声であることは間違いない……と思うし、言われてみれば顔に面影を残しているようにも見えた。


「本当にマルレーネなのか? モンスターが擬態しているわけじゃないのか?」


 サラはジロジロとした視線をマルレーネに向ける。

 まだ疑っているみたいだ。


「でも……本当にマルレーネだよ! 私、鑑定スキルを使ってみたら、名前がマルレーネになってるよ! 何故だか、ステータスは低いけど……間違いないよ!」


 フェリシーが手を上げて、ピョンピョンと跳びはねた。


「フェリシー、それは本当かい?」

「うんっ! ってかエリオット君も鑑定スキル持っているよね? どうして使わないの?」

「——! ひ、久しぶりだから使い方を忘れたんだ」

「そっかー! ごめん、変なこと聞いて」


 無論、エリオットは【みんな俺より弱くなる】の呪いで弱くなっているので、鑑定スキルを失ってしまっているだけだ。

 どうして、失ったのか?

 アルフが鑑定スキルを持っていないからだ。

 だが、未だに自分の身になにが起こっているか分からないエリオットは、このことを知らなかった。


「あははははは! みなさまはなにをおっしゃっているのでしょうか!」


 狂ったように笑いながら、マルレーネは続ける。


「こんなに美しい人間が、わたくしの他にいるわけないじゃないですか! どうして分からないのですか!」


 美しい……?

 ツッコミどころは多々あったが、今は状況を把握することが肝心だ。


「でもマルレーネ。ちょっと見えなかったけど、どこに行ってたんだ?」

「フランバル大聖堂ですわ! あれ? でもわたくし、なんでまだ生きているんでしょう? 死にたいのに?」


 マルレーネいわく。

 悪魔審判をしている最中、悪魔が暴走してしまい()()()()傷を負ってしまったと。

 そして大聖堂に残っていた転移の魔法石で、再びこちらに戻ってきたみたいだ。


「でもどうして回復魔法を使わないんだい? これくらいの傷だったら、マルレーネだったら治せるだろう?」

「回復魔法……? どうして、わたくしがそれを使わないといけないのですか? だって! もう完璧に傷は癒えているのですから!」


 もちろん、エリオットの目には未だマルレーネはボロボロである。


「エリオット……」


 サラが声を潜めた。


「ああ……どうしようか。マルレーネであることは間違いないみたいだし……」


 なにが起こったか分からないが、おそらくその悪魔のせいでマルレーネは混乱しているのかもしれない。

 しばらくしたら治るだろう。そう思いたい。


 それにマルレーネのなんでも癒す回復魔法は非常に貴重であった。

 アルフみたいに追放させるとは話が違う。


「分かったよ……じゃあマルレーネ。今日はゆっくり休みなよ」

「あはははははは! 休みます休みます休みます!」

「マルレーネっ?」


 焦点の定まっていないマルレーネが、制御を失った操り人形のようにして床に倒れた。

 そのことに心配するよりも前に、エリオットは彼女に恐怖を覚えた。



 しばらくして——。

 大聖堂で暴動が起き、どうやらマルレーネはそれに巻き込まれたことを彼等は知るのであった。




 ……それから翌日、エリオット達は地下迷宮に出掛けたわけだが。


「痛ぁぁぁああああああい!」

「どうしたのだ、エリオット! スライム相手にどうして手こずっている!」

「エリオット君、カッコ悪すぎだよ! 暴漢にやられた傷がまだ治ってないの?」


 エリオットはスライム一体にすら苦戦するようになっていた。


 スライムが体当たりをして、エリオットが壁まで吹っ飛ばされる。

 衝撃で肋骨ろっこつの何本か折れてしまったかもしれない。


「く、はっ……! んぐっ!」


 息をするにも激痛が走る。

 言葉を発することも出来ない。


 こうしている間にも、スライムが襲いかかってくる。

 間一髪のところでサラがスライムを一閃し、ことなきを得たが。


「はあっ、はあっ……た、頼む……マルレーネ。早く治してくれ……」

「分かりましたわ!」


 オークみたいな顔をした女に、エリオットはすがった。


 そうだ。

 いくら調子が悪かったとしても、こちらには聖女マルレーネがいる。

 どんなに傷を負ったとしても、回復魔法で治してしまえばいいのだ——。


 だが。


「ヒール! ヒール! ヒール! ヒール! ヒール! ヒール!」


 とマルレーネが何度唱えても、エリオットの傷は癒える気配がなかった。


「マルレーネ……は、早く……使ってくれ」

「使いましたわ! これでエリオット様の傷も完治です!」


 マルレーネが腰に手を当て、胸を張った。

 しかし治ってない。これだけは言える。


 徐々に痛みのせいで意識が遠くなっていき、エリオットは目を瞑った。


 ◆ ◆

 

 結局意識を失ったエリオットを、サラとフェリシーが抱えて王宮まで戻ってきた。

 王宮に控えていた他の治癒士のおかげで、エリオットの傷は治った。


 そしてエリオットはベッドに寝かされ、傍らにはサラが椅子に座っている。


「エリオット。大丈夫か?」


 サラが優しく語りかける。


「ああ……心配かけたね」

「何度も言うが、最近のエリオットはおかしい。もしかして悩み事でもあるのではないか?」

「……! そんなことないよ!」


 エリオットが誤魔化すようにしてサラから視線を外した。


「それに……マルレーネもだ。どうして回復魔法が発動しなかったんだ?」

「……調子が悪いんじゃない?」

「調子が悪いにも程がありすぎるだろう。なあ、エリオット」


 ここでサラは極めて邪悪な笑みを浮かべ、


「回復魔法も使えない、あんなモンスターみたいな顔をしたマルレーネ。パーティーから追放しないか?」

「……それは本気で言ってるのかい?」」

「ああ、本気だ。あんなのいらないだろう。それにイーディス教の不正かなにかがバレて、崩壊したというのは聞いただろう?」

「うん。だからマルレーネは死にかけみたいになってたみたいだね……」

「今のところは、エリオットが信者達を押さえているから、大丈夫だ。だが、いつ私達にも被害が出るか分からない。今のうちに追放しておくのが良いと思うんだが……」


 サラは表面上は優しくさとすようにして、エリオットに説明したが、


「それはダメだ。マルレーネの回復魔法は貴重だ。それにきっとすぐに元に戻るよ」

「……分かった」


 エリオットがそう言うなら、それ以上サラはなにも言えない。



 ——もっとも、弱くなったエリオットにとって、彼女の回復魔法がなくなることは致命的である、という思惑があるのだが。

 マルレーネが弱くなっていることもエリオットは知らないし、サラは彼が優しいから追放しないのだと思った。



(チッ……折角、マルレーネがいなくなるチャンスだったのに……)


 内心舌打ちをするサラ。


 マルレーネがいなくなれば、エリオットが私()()のものになるかもしれない。

 そうすればエリオットを独り占めして、ゆくゆくは結婚し子どもを作る。

 その後は辺境の地にでも行って、ゆっくり暮らせばいいのだ。


(マルレーネ……絶対あいつはパーティーから追放する……)


 エリオットを献身的に看病しながら、サラはそう決意するのであった。

勇者はあれで復讐が終わったわけではありません。

アルフが言った通り「挨拶がてら」なので、勇者への復讐はまた用意するつもりです。

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