1・勇者に幼馴染みを寝取られた
勇者によって魔王は倒され、世界は平和になった。
でも俺は負け組人生を送っていた。
◆ ◆
「ありがとう! ありがとう! ここまで来られたのは、みんなのおかげです!」
勇者の凱旋パレード。
王都の大通りを歩く勇者達に、みんなは祝福の拍手を送っていた。
「世界が平和になったのはあなたのおかげです!」
「ただ強いだけではなく人格も素晴らしい勇者様……抱いてっ!」
手を振る勇者エリオットに向かって、みんなが賞賛の言葉を贈っている。
エリオットの傍らには三人の女性が。
その女性達は幸せそうに——そして勝ち誇ったようにして、エリオットの傍に寄りそっている。
それもそうだ。
なんたって、女性達は勇者パーティーの一員なのだ。
「ありがとう! 本当にありがとう!」
エリオットはみんなに対して「ありがとう!」と連呼しながら、胸を張って歩く。
それを見て、エリオットを見ている王都の人間は好印象を抱くに違いない。
魔王を倒し、名実ともにエリオットは力・金・名誉・地位を手に入れた。
しかし俺だけが知っている。
そんなエリオットに裏の顔があることを。
◆ ◆
「汚い手で触るんじゃない! このノロマが!」
エリオットの拳が俺の頬に飛ぶ。
俺はそれを避けることも出来ず、ただ殴られ、壁に叩きつけられた。
「ホントに……あなたは本当に無能なのですわね」
「貴様、エリオットの足を引っ張るんじゃない!」
無様な俺を聖女マルレーネ、女戦士サラが軽蔑しているような視線を向けた。
マルレーネとサラは二人とも美しい女性だ。
だが、凱旋パレードの時に浮かべていた柔らかい笑みとは違って、今は悪魔のように顔を歪めている。
「だが……靴を履かせろ、と言ったのはエリオットの方じゃないか。触れないと、履かせにくいじゃないか」
「はっ! 口答えするつもりかい? 無能なお前に折角誰でも出来る仕事を与えているのに? ホント! 負け組無能は口の利き方も知らないのか!」
ドスッ。
未だ立ち上がることの出来ていない俺の腹に、エリオットの蹴りが当たる。
「ぐは……っ!」
腹の中から食ったものが逆流し、そのまま床にぶちまけてしまった。
「うわあ! なにこの男! わたくし達の部屋を汚くして……なにを考えているのですか!」
「慈悲深いエリオットに感謝する立場なのに、そのような汚物をぶちまけるとは!」
ゴホゴホと咳をする俺を誰も心配してくれない。
「おい、キレイにしろよ」
「……承知」
「ん? タオルなんか使うんじゃないよ。ちゃんと口で舐めるんだ」
そんなことを言われても、俺はエリオットに逆らうことが出来ない。
「うわ……本当に舐めていますわ……この負け犬」
「さすがの私も引くぞ。そんなにしてまで生きたいものなのか……こういう男にだけは、抱かれたくないものだな」
感情を殺すしかない。
だって、俺はこうしなければ生きていけないのだから。
そう——俺、アルフはこう見えても勇者エリオットのパーティーの一員である。
田舎村では『神童』と呼ばれている中、たまたま村に立ち寄ったエリオットにこう言われたのだ。
「一緒に魔王を倒す旅に出よう!」
って。
その時は嬉しかったさ。
エリオットは勇者として、イーディス神から神託を受けていることを知っていたのだから。
俺も勇者パーティーの一員として旅が出来る。
地位も名誉も手に入るだろうし……まさに勝ち組人生だ! って。
だが、それは間違いだった。
村の中では強かった俺であっても、エリオットには到底及ばなかった。
この世界にはスキルというものがあり、それによって特殊な技が使えたり、能力に補正がかかったりする。
例えば聖女マルレーネは【聖女の証】という回復魔法に関して、努力することによって伸びる倍率が100倍に設定されている。サラは【戦士の証】で力補正が100倍だ。
つまり俺みたいな——ちょっと人よりなんでも出来る器用貧乏が努力しようとも、彼女達より100倍努力しなければ追いつかないのだ。
エリオットなんてもっと凄い。
【勇者の証】というスキルはあらゆる能力によって1000倍の補正がかかるのだ。
これでは俺がいくら努力してもエリオットには勝てない。
何回か俺は自分の力不足を悟って、パーティーから抜けようとした。
しかしエリオットはそれを決して許してくれなかった。
優しさ?
そんなわけない。エリオットは俺を自分を引き立たせる『雑用係』として利用したかったのだ。
「パーティーを抜ける? そんなこと言ったら、世界中のギルドや教会に『アルフを出禁にしろ』と通達してやる!」
この世界でギルドや教会に立ち入ることが出来なかったら、まともに生活することも出来ない。
ゆえに俺は今まで我慢してエリオットに付いていった。
バカにされようとも。
いくら努力しても、追いつけない……それどころか開いていくエリオットとの実力差に絶望しながらも。
同じパーティーなのに、同じ部屋に泊まらせてくれなくても。
魔王戦では酷かった。
まず俺が特攻し、魔王の動きを止めたのだ。
無論、俺はなんらスキルの恩恵も受けていない一般人。魔王に勝てるわけもない。
何度も何度も死ぬような痛みを受けた。
そのたびにマルレーネが回復した。
もう死にたい……と思っても、マルレーネに回復される俺を、エリオット達は笑っていた。
そして……笑い疲れたのだろう。
エリオットは重い腰を上げ、一発で魔王を仕留めたのだ。
それほど、エリオットの力は絶対的だ。
そして——魔王を倒しても、俺だけ凱旋パレードに参加させてもらえなかった。
当たり前だ。みんなにとって、俺は勇者パーティーの『雑用係』と認識されているからだ。
俺がパーティーを抜けたがっている実情も知らず、勝手に付いてきているだけの恥知らず……と思っている。
そしてそれを受け入れる優しいエリオット……という図だ。
何度自害しようと考えたが——俺は直前のところで思いとどまっていた。
何故なら……。
「フェリシー!」
俺がエリオット達に嬲られている中、部屋にフェリシーが入ってきた。
フェリシーは勇者パーティーの魔法使いで、俺の幼馴染みでもある。
エリオットがあの田舎村で誘ったのは俺……そしてフェリシーだったのだ。
「アルフ君……」
フェリシーが目を細める。心配してくれてるのだろうか?
フェリシーは俺と違って、エリオットのパーティーの一員として受け入れられている。
虐げられている俺に対して、
『ちょ、ちょっと! エリオット君! 止めなよ!』
とよく止めに入ってくれたものだ。
今日もエリオットの行いを咎めるため、フェリシーがやってきた。
そんな頭がお花畑なことを考えていた。
フェリシーは俺の方を見て、
「アルフ君……汚い。あんまり勇者様に迷惑かけちゃダメだよ?」
と言った。
「えっ……?」
世界が反転する。
エリオットはフェリシーの横に立ち、彼女の肩を抱いた。
「ど、どうして……フェリシー……」
「そうだ、その顔だ! その絶望した顔……それが僕を満足させるんだ!」
俺がフェリシーに手を伸ばすと、彼女は怯えたようにしてエリオットに寄りそった。
「結局、彼女も女だったということさ。フェリシーだけはなかなか僕に媚びなかったけど、やっとどちらが男として上なのか分かった……ってことさ」
「おい、フェリシー……嘘だよな? 昔、結婚を誓ったことを覚えてるか? 子どもの頃のことだけど……俺はずっと覚えてる……」
そうだ。
子どもの頃、フェリシーの花で作った指輪をプレゼントして、俺は彼女に告白したのだ。
『大人になったら結婚してください……俺、強い男になるから!』
って。
するとフェリシーは手を後ろに回して、
『うん! もちろんだよ!』
と花のような笑顔で承諾してくれたのだ。
俺はあの頃のことをずっと覚えている。
すがるようにしてフェリシーに触れようとすると、
「キャッ! 触らないでよ!」
フェリシーの蹴りが飛んできて、腹にめり込む。
「ど、どうして……?」
信じられない……。
唯一の味方だったフェリシーが?
どんなに俺が惨めでも、彼女だけが認めてくれている……。
そう思っていたからこそ、ここまでやってこれたのに。
何故……。
「私、目が覚めたんだ。アルフ君みたいな負け組より、エリオット君みたいな勝ち組と一緒にいた方が幸せって。だから……もう私に話しかけないでね! 負け組が移るから!」
パリン。
心の中でなにかが割れたような音が聞こえた。
「ふんっ。もう部屋から出て行け。僕は彼女達を愛でなければならないんだ」
そうエリオットが言うと、女達はぽっと頬を赤らめ、足と足の間で手をはさんだ。
「はい。これ今日の給料。これだったら、パン一切れくらいなら買えるだろ?」
エリオットから銅貨一枚が投げ捨てられる。
「それで……はい、マルレーネ、サラ、そしてフェリシー。お小遣いだよ」
「「「ありがとうございます!」」」
女達の胸の谷間に、白金貨が一枚はさまれる。
それ一枚で一年は裕福に暮らせるといわれるものだ。
彼女達はそれを受け取り、エリオットに体を密着させた。
「……なに見てるんだい? 早く出て行くんだ。負け組と同じ空気をこれ以上吸いたくないんだ」
「エリオット様の言う通りですわ。負け組はビービー泣きながら、冷たい地面で寝ておきなさい」
「エリオットは最高の男だ。それに比べ貴様は……」
「エリオット君……今まで気付かなかったんだけど、とっても優しいんだよ! しかも君と違ってイケメンでお金持ちで……」
みんなが俺を見下してくる。
床に転がっていた銅貨を拾い上げる。
悔しいが……これがなければ、生きていけないのだ。
「あっ、そうそう」
部屋を立ち去ろうとする時、エリオットは俺の背中に向けてこう言った。
「フェリシーって……服を着てたら分かりにくいけど、実は胸が大きいって知ってた?」
目から涙が溢れてきたが、逃げるようにしてエリオット達の前から去った。