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ストーリーテラーの遺し物  作者: 水無川
第1章 少女の夢見た世界の始動
7/21

第7話 マルト先生の講義、三時間目


「おはよう小父さん」

「はい、おはよう。今日は早起きだねひよりちゃん」

「い、いつもはこのぐらいの時間に起きてるからね!?」


 朝から元気に声をあげるひよりの横で、緑の光が浮いていた。

 遊ぶように自由に動き回るその光に視線を奪われそうになる少女を、不思議そうな顔で見つめた小父は、自分の中でなにか結論を出したのか破顔一笑しながら電話台の下から一冊の本を取り出す。表紙には『小学生にも分かる街の地図』と書いていた。


「不安なら持って行っていいよ」

「どこからそういう考えが出てきたのー!ちがーう!」


 二人の様子を眺めていたマルトの上品な笑い声に被さるように、ひよりの叫びが家の中に広がった。




────




 ひとしきり笑われその状況に耐えながら朝食を食べたひよりは、小父が仕事に行ったことを確認してマルトに声を掛けた。


「もー、気になっちゃうから必要以上に動き回らないでよマルト」

「あら、ごめんなさい。そんなに私に興味がある?」

「あるよ?」

「……そ、そう」


 からかいを混ぜた問い掛けをストレートに返されたマルトが、一定だった上下浮遊のペースをわずかに崩す。少女がそれに気付いた気配はないが、内心で恥じていたのか光球は咳払いをした後に話題を変えることにした。


「しかし、貴女の小父さんも案外気にしないわね。まだ女子高生の貴女が新天地に来て急に友達ができたなんて言って不審に思うそぶりも見せないなんて」

「確かにその説明は適当過ぎたとは思うけど……納得してくれたからいいの!それに心配はしてくれてたし」

「それはそうだけど……、うーん」


 これから外出を予定しているマルトとひよりは、小父の対応についての会話を続ける。少女は食い下がるマルトを納得させようと必死であった。


「小父さんはあくまで住む場所を提供してくれてる人だよ。血が繋がってるわけでもないし……良い人だけど、過干渉とか過保護になるのは多分違う」

「そんなもの、なのかしらね。……あのほのぼのとした態度を考えると、そこまで気にしてないような気もしてくるけれど」

「ほのぼの、は……してるね……」


 言い合う中で小父の和んだ雰囲気を思い出し、揃って苦笑する一人と一体。出会ってまだ数日だというのに、酷い扱いであった。

 マルトは一度笑ったことで気が抜けたのか、それ以上は小父の距離感に対しては口を出さなくなる。

 ほっと一安心と胸をなでおろしながら、まずなぜこんな口論のようなものをし始めたのかを考えて、昨夜のことを思い出していた。






『ひよりちゃん?入って大丈夫かい?』

『ひゃいっ!?だ、大丈夫!』

『あ、ちょっとひより……!』


 マルトの講義を中断して掃除を始めたひより達は、アルバムを見つけたりしていく中で随分とテンションを上げたようで、帰ってきた小父の声に気付かないほどに盛り上がっていた。

 一方の小父は、一人だけにしては騒がしいひよりを疑問に感じたようだ。帰宅の挨拶も兼ねて部屋を訪ね許可を得たところでとびらを開ける。

 二人と一体、それぞれの視線が室内で交わった。


『ただいま。……一人、だよね?』

『あ、うん……?』

『だよね。いや、一人にしては結構、お話してたみたいだから』

 

 不思議そうに首を傾げる小父から、マルトへと目線を移したひよりは、先程までふよふよと漂っていた緑の光が微動だにしていないことに気付いた。どうしたのかと声をかけようとしたところで「今は話しかけないでー!」と懇願されたので口を噤むことにする。

 そして、二つの視線の間で考え始めたひよりは、部屋に入ってきてから一言さえマルトについて小父が言及していないことに気付いた。


『もしかして見えてないし聞こえてない……』

『なにが?』

『あ、いやなんでも』


 思考を裏付けるような反応の小父に確信したひよりは、そっと机のそばまで近寄り無造作に置いていたスマートフォンを手に取る。

 この場を切り抜けるため、そして小父が帰ってくるより前に決めたある事柄のために、一芝居打つことにした。


『あの、友達と電話してたんだ』

『友達?引越し前の学校の子か』

『ううん、こっちにいる子』

『……あれ?こっちに知り合いが?』


 手の中にあるスマートフォンを適当に弄りながら、先程まで電話をしていた風を装う。

 それに納得しかけていた小父だったが、次の言葉に再度首を傾げた。

 ──ひより達、橘家がこの街に来たことはないはず。過去に友人が引っ越した可能性はあるが、そんな偶然は簡単に起こるのだろうか。

 眉間に皺を刻み疑問を抱く小父を見上げながら、ひよりは慣れない芝居に緊張し分泌される唾を飲み込みながら次の言葉を繰り出した。


『初日に迷子になった公園で会った子、なんだ』

『それ昨日だよね……?』

『結構長いこと居たでしょ?その子も高校生だったから、盛り上がっちゃって。カフェ入ってていいよって言われてたけど、入らなかったのもその子が居たからだよー』

『そう、なんだ?』


 祈里、紫月と呼ばれていた二人を思い浮かべて、本当に高校生かわからないままに情報をでっち上げる。マルトがなんの反応もしないので、高校生で間違いないのだろう。そう思いながら、納得していない顔の小父を勢いで押すために更に話を重ねた。


『それで、明日、街を軽く案内してくれることになって!』

『そのための電話かい?』

『そうそう!』

『最近の子は、色々と早いね……』

『そんなもんだよ高校生なんてー』


 へらへらと笑いながら、なんでもないことのような顔をしておく。

 ひよりにとっての本題は、翌日の外出にあった。マルトに誘われ、昨日の出来事の説明を現場でしてもらうことになっていたのだ。そのため、居もしない架空の引っ越した友人を作り上げてボロを出し本題までいけないことよりも、違和感のある説明だろうと勢いで乗り切られる新しい友人を作り出すことにした。

 内心のドキドキを隠しながら見上げるひよりを見る小父は、違う世代の子供のことは分からないな、と呟いた。


『確かに、おじさんが案内できるのはもうちょっと後だしね……先にしてくれる相手がいるのはひよりちゃんにとってもいいことだろうけど……』

『うんうん、そうそう』

『だけど、変な人ではないって断言できる?君のご両親から頼まれてる身としては、そこだけは確認しなくちゃいけない』


 一緒に居たのはたった数時間程度だが、それでもわかるほど緩い空気をまとっていた小父が真剣な顔をしてひよりを見つめていた。

 それにでっち上げの話で場を乗り切りろうとしていたことに罪悪感がないわけではなかったが、少女は自分の決めたことに対して真っ直ぐだった。笑顔で頷いて、無駄に自信の溢れた声で返事をする。


『変な"人"じゃないよ!』


 硬直していたマルトが、背後で堪えきれないと言わんばかりの勢いで吹き出していた。






──────




 一昨日ぶりに来た公園は、相変わらず人がいなかった。


「ここってあんまり人来ないとこなの?」

「もっとでかくて新しい公園が少し離れたとこに出来たのよ。あとはここの周辺は子供が居る家が少ないから、かしらね」


 マルトの説明を聞きながら、初日に座った椅子へと腰掛ける。あの日、景色が割れたり突風が円を作って吹き荒れたり、炎が揺らめいたいたこと痕跡一つない様子にマルトがいなければ夢だと勘違いしてしまいそうだった。

 ひよりの頭上を陣取ったマルトは、早速一昨日のことを話し始めた。


「一昨日の戦いは、赤目(あかめ)という存在を倒すためにやったことなの」

「その、赤目ってなに?」

「赤目は……名前は見た目通りに目が赤いからで、存在としては……あまり良くないエネルギーの塊ってとこかしら」

「?」


 昨日も言っていた赤目について、疑問を抱くひよりに分かりやすいように言葉を選びながらマルトは説明していく。


「私と一緒で、なんで生まれたのかは全くわからないのだけれど……。赤目も裏側の世界の存在なの」

「裏側の……」

「そう。それで、人間にはどうにも玉響や赤目が見えている人と見えてない人がいるようなの」

「あたしと小父さん、みたいに?」


 ひよりの問いにマルトは頷くように揺れた。


「ええ。……赤目は見えている人の心に影響するみたいで、誰かの負の感情があまりに高まるとそれに呼応するように裏と表の間にある壁を壊してこちらにやってくるの」

「来ちゃダメなの?」

「なにもしないなら来てもいいとは思うわ。ただ、……感情もまたエネルギーということね、赤目にとっての活動の原動力になっている人間の願いを無意識に叶えようとする。生まれてすぐは破壊という形でしか対応できないみたいだから、その間にエネルギーを発散させてしまえばなんとかなるけれど」

「……そう、なんだ」


 目を閉じて、ひよりはまた目蓋の裏に焼き付いた光景を思い出していた。

 鮮烈な印象を与える、大きくて鮮やか過ぎるあの赤色の目が悪い感情から生まれたものだという。ならば対峙する炎はなんなのだろうか。色味は全く違うが、同じように赤い光だ。

 ひよりの考えを察したのか、マルトは次の話に移る。


「紫月……あの炎の子は、赤目と戦ってくれているの。タチの悪い奴に絡まれたせいで、しなくてもいい苦労をさせてしまっている……優しい子よ」

「タチの悪い奴……?」

「…………一緒に居た女の子は祈里。戦いには参加しないけれど、その代わりに巻き込まれそうな人の避難誘導をしている。見知らぬ人は苦手なのにね」

「マルト……?」


 悲しいことを思い出したかのように、沈んだ声になっていくマルトにどう声を掛けたらいいのかわらないひよりは、ただ名前を呼んで、どちらが頭か分からない光の玉を撫でようとする。

 しかしその前に、マルトはひよりの頭上から降りて少女の目の前でいつものようにゆらゆらと漂い始めた。まるで先ほどの暗い声など無かったことにしたいかのようだった。

 そして、数秒の沈黙の後。マルトは固い声でひよりに何かを伝えようとした。


「あのね、ひより。お願いがあるの」

「……なに?」

「貴女にも一緒に──」


 しかしその言葉は、言い終わる前に中断させられた。


「マルト!やっと見つかった。一日帰ってこないと思ったら急に連絡してくるなんて、どうしたの……あれ?」

「……マルト。その子は、昨日の」


 公園の入り口付近で、ひよりをみて固まる二人と隣で浮遊する赤い光が一つ。

 あの日、出会った三人と二体がまた同じ場所で再会を果たした瞬間だった。



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