第5話 マルト先生の講義、一時間目
「まずは、私達がなんなのか……についてかしら」
「早速!?」
「前提になる話なの」
机に置かれた、ティッシュを畳んで作った座布団イメージの白い四角形の上に、マルトは浮かんでいた。講義が始まる前に思いつきでそれを作り出したひよりは、二度畳んだだけのものを作ったことになぜか一仕事終えた顔をしている。
そんな彼女の表情を見て楽しそうにゆらゆらと揺れたマルトは、満足したのか話を始める。ひよりもそれに合わせて、椅子の上で居住まいを正した。
「私達は『玉響』と呼ばれているの」
「玉響?」
「そう。私は特に頓着がないからオーブとかでもいいのだけど」
「……オーブ?」
玉響と聞いた時は不思議そうに小首を傾げ鸚鵡返しに呟いただけのひよりが、オーブには眉間を寄せ目を細めた。なにか思い付いたのか前頭部を無造作に掴んで手を上下させる。彼女なりの思考ポーズであった。
見慣れない思考方法にマルトは心配そうに声を掛ける。
「大丈夫なの?その動き……」
「んー?大丈夫ー」
「そ、そう……」
生返事を返すひよりに対してマルトは少々引き気味だったのだが、意識を別の部分に集中させているため気付いていないようだ。生温い空気が一人と一体の間に流れていく。
「…………」
「うーん……」
そして二、三分ほどの微妙な時間の後、ひよりは手で膝を打ちながら目を開いた。
「思い出した!」
「ひゃっ!……な、なにを?」
「写真だよ!オーブといえば写真!」
「……?」
一人納得するひよりはスマートフォンを取り出すと、覚束ない動きで機械を操作していく。相変わらず初期設定のままの画面からブラウザアプリを探し出すと、インターネットに接続し『写真 オーブ』で画像検索したものをマルトに見せながら口を開いた。
「これ!この光の玉!」
「……あら、私達に似てる。……心霊現象?」
「ち、違うの。あたしは不思議な現象が好きなだけで心霊とか死んでる系は、その、うん……苦手で」
「そうなの?」
「そうなの!いや、それはともかく!もしかして、これのことなの……?!」
画面に大きく写った写真の上に書かれている文字を読み上げた事に対して、大きく首を振るひより。気まずそうに目を逸らした後、話を戻すと声を大きくしながら目を輝かせたが、マルトの反応はあまり色好くはなかった。
「私達はそう呼ばれているというだけで、詳しい理由を知っているわけではないのよ」
「あ、そう……なの?」
「ごめんなさいね、ひより」
見るからに意気消沈している少女に緑光は申し訳なさそうに謝る。追加でフォローを入れようかとも思ったが、何を言うべきかは分からないしなにより話が進まなくなるため、何も言わずにひよりが元に戻るまでただ黙って待っていた。
「うん、ごめん。勝手に期待して話止めちゃった」
「いいのよ。こっちこそ、教えてあげるなんて言っておきながら最初から知らないことでごめんなさいね」
「ん、お互い様ってことで流そっか」
「そうね」
内心でわだかまっているものはありそうだ。
緩く微笑んだひよりを見上げそう感じながらも、先程決めた通りに、マルトは説明を再開させた。
「玉響またはオーブと呼ばれる私達は、本来はただのエネルギー体だった。地水火風などの自然に関与する、というよりもそれらの現象を起こす際のエネルギーの塊といった方が正しいわね」
「エネルギー体……、……"本来"は?」
「ええ。本当はこうやって喋ったりもしない、人格に似たものを作ったりはしない存在だった」
マルトが小さく上方向に揺れると、ひよりの前髪を上げる風が吹く。窓を開けていない室内で起きるはずのない風に目を丸くした少女に、マルトは満足そうな息を吐き出した。
「何があったのかは私が発生するより前だから知らないけれど、そんなエネルギー体であるはずの私達はある時、感情を得たの」
「それは、誰かに聞いたの?」
「親玉みたいなのが居るのよ、私達にも」
「親玉……」
でかい玉なのかな、と小さく呟いたのを聞き逃さなかったマルトは漏れ出しそうになった笑いを抑える。それをひよりは気付かない。
マルトの講座は震える声で続けられる。
「そ、それでともかく……ここまでは分かった?」
「うん」
「なら次は……あなた達、人間には理解できないことを言うけれどとにかく聞いてね」
「? うん」
念押しをしたマルトに素直に返事をするひより。
少しばかり思案の間が空いた。
「……私達、玉響はこの世界の存在ではないの」
「……?」
「ガラスの裏表のような世界の裏側に居たはずだったのよ」