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ストーリーテラーの遺し物  作者: 水無川
第1章 少女の夢見た世界の始動
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第4話 風と少女のファーストコンタクト


 公園での出来事の翌日。昼になろうという時間に、ひよりは目を覚ました。


「ふぁ……、はっ!ご、ごめん小父さん!……ん?ああ、小父さんいないんだっけそういえば」


 慌ててベッドから抜け出し部屋を飛び出そうとしたところで、寝る前に、仕事があるから街の紹介は週末まで待ってくれるかい、と言われたことを思い出す。誰に見られているわけでもないが、自分の行動が恥ずかしいらしい少女は、頬を掻きながら時計を見上げた。


「もうこんな時間……!半日も潰してるとかもったいないことしてる」


 寝直す時間でないどころか、これから食べるご飯が朝食ではなく昼食になってしまう時刻であることに驚き、溜め息を吐く。

 優しい小父ならばこの事を話しても引越したばかりだからしょうがない、と笑ってくれるだろう。しかし、ひよりはだらだらとした生活をすることは好まない性質だった。また迷子になる気はないため外に出る気はないが、先に送っていた荷物の整理ぐらいは今日中に終わらせたい。

 未開封の段ボール箱を開けて、パジャマから動きやすい服装に着替えた少女は、元の使用者が残していった勉強机やタンスの側に箱が積まれた室内を振り返り困ったような顔をしてから部屋をあとにした。




──────




「…………」


 トースターが焼き上げたパンの美味しそうな小麦色をイチゴジャムの赤色で塗りつぶしながら、ひよりはぼんやりと昨日のことを思い出していた。


「迷子、になって……昔に読んでもらった本の中みたいな光景を見せられて。そんで、非現実的な嵐とかがあって謎の男と女の二人組に守られた、んだよね多分……」


 光の玉が浮かんで喋っていた時点で非現実的なのだが、それは棚上げにしたまま思考に沈んでいく。

 ひより達を中心に局所的に吹き荒れた風は、巨大なものがぶつかり合う重低音が途切れた後、ある程度してから勝手に止まった。その前に一緒に居た栗色の髪の少女は嵐の中をしっかりとした足取りで歩いて出て行ってしまったが、ひよりは空気の流れに弾かれ追いかけることが出来なかった。中に取り残された彼女には二人の行き先はよくわからない。

 実家がある地域よりもよほど広い街の中、狙って見つけ出すのは困難だ。説明してほしいことはいくらでもあるが、こればかりは努力でどうにかなる話ではない。昨日の只事ではない出来事もまた幼い頃の夢と同じように、朧げになっていくのだろうか。


「ちょっと、赤いの垂れてるわよ」

「……?」


 モヤモヤとした感情に支配されて落ち込みかけていたひよりに、不意に横から声が掛けられた。


「あれ、誰が……って、うわわわ危ない!」

「だから言ったじゃない」


 小父が一人暮らししているはずの家で、誰かの声が届いた。それに気付いてぼんやりと床に向けていた目線を上げたひよりは、いつの間にか手の中で傾いて床に流れていきそうになっているジャムに気付き、急いでパンを口に咥える。

 慌てて食事を進める彼女を見ながら、注意を促す声の主は呆れた声をあげていた。


「……よしごちそうさまでした!」

「貴女、食べるの早いわね……」

「それほどでもないけど」


 勢い良く食べ進め手を合わせたところで、横から驚きの言葉が溢れる。それに返事をしながら目を向けたひよりは漸く声の主の正体を知ることになった。


「……緑色?」

「昨日ぶりね」

「…………ええええええええっ!?」


 顔の横で浮かぶ緑色の光の玉、昨日の公園で出会った存在が目の前に居る。それに気付いた少女の絶叫が、静かな住宅に響いた。




────




「落ち着いた?」

「ふー……落ち着いた」

「ふふ、ならよかった」


 深呼吸を一つして平常心を取り戻したひよりは、顔の前で揺れる緑の光を頬を緩ませながらじっと見つめていた。

 ここまで来たら流石に白昼夢、目の錯覚はあり得ないのではないか。さらに言えば、ここに昨日の出来事の関係者がいるのならばあの二人に会うことも可能なのではないだろうか。

 つい先程、諦めようとしたことに光が射した気がして、自然と笑みが浮かぶ。


「ね、その……名前、はあるの?」

「私?私はマルト。昨日もあの子達の会話の中に出てはいたけれど……聞こえてなかったかしら」

「多分聞こえてなかったかな」

「そう、なら聞かれるより先に名乗るべきだったわね。ごめんなさい」

「ええっ、いいのいいの!そういうの気にしない!」

「なら良かった」


 マルトと名乗った光の玉と当たり障りのない会話をする。言葉の一つ一つに上品さを漂わせるマルトにドキドキしながら、ひよりはそわそわと身体を揺らし目を輝かせていた。

 それに気付いたマルトは、ひよりが尋ねやすいように声を掛ける。


「なにか聞きたいことがある?」

「えっ、もちろん色々……!」


 前のめりになりながら、誘い水にのり質問をしようとする少女の姿にマルトは微笑ましいものを見たかのように小さな笑い声を零す。それにガツガツと食いつこうとする自分の姿に気付いたのか、ひよりは頬を赤くしながら咳払いをし、居住まいを正そうとした。

 それをマルトは言葉で制する。


「ああ、いいのよ気にしなくて。年相応な姿は見てて嬉しいものよ」

「そ、そう……?」

「ええ、もちろん。ふふっ、貴女の聞きたいこともなんとなくはわかるし、いい加減勿体ぶってないで教えてあげましょうか。変に引き延ばすのは意地悪よね」

「う、うん?教えてくれるなら是非ともお願いします!」


 マルトの作るペースに知らぬ間に呑まれながら、それに気付かないひよりは抱いてる疑問への答えを心待ちにして手を胸の前で組みながら緑の光を見上げる。

 その純粋で疑い一つない瞳に、嬉しそうに球体の光を強めながら、マルトの講義は始まった。



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