第1話 少女は既に舞台の上に
幼い頃、大切にしていた本があった。
お父さんがどこからか持ってきた、小さな手には少し大きかった一冊の夢物語。
輝く光の玉に力を貸して貰って、人々は火を灯し風に乗る。水は宙に浮いて草木が絵を描いていた。そんな不思議な、魔法みたいな世界。
色彩豊かな挿絵に目を輝かせ、話の続きを読んでといつもせがんでいた。
だけれど時の流れは残酷で、思い出せるものは部分的になってしまった。
彩られた世界は確かにあったと言い切ることができるのに、詳しい内容は掠れていて分からない。読んでくれたお父さんやお母さんに尋ねてみても、忘れ去ってしまったようで覚えてくれてはいなかった。
捨ててしまったのか、誰かにあげてしまったのか。探しても見つからないそれは、実は記憶の混同が生んだ幻なのかもしれない。
でも、それでも。
あたしの中に遺り続けている物語は真実だと、信じていた──
蝉の鳴く駅前に、ボストンバッグを肩から掛けた少女が降り立つ。健康的な小麦色の肌は太陽が照らされて、じわじわと汗を滲ませていた。
「ここが、これから暮らす街かー……」
長い髪を無造作に一本でまとめた彼女は、片手に持った数回読んだだけのパンフレットを丸めてゴミ箱に投げ入れる。
自信に満ちた顔を輝かせ、やる気に満ちた眼差しを道の先に向けた少女は、迷いのない足取りで歩き出す。
そしてその数分後。
「小父さん、ひより……橘ひよりです。うん、着いたの。着いたんだけど。ここ、どこ……?」
人のいない寂れた公園のベンチに座り込んだひよりは、落ち込んだ声で電話をする──いわゆる迷子になっていた。
はじめまして、水無川と申します。初めてのなろう連載です。読んでくださりありがとうございます!
遅筆なため更新はゆっくりになると思いますが、構想は出来上がっているためきちんと完走できるよう頑張りたいと思います。