滅鬼降臨
すると人語を話す猫が先生の方へと近寄ってくる。
「あんた、ケン坊の先生だっけ?。ちょいと悪いけど記憶飛ばさせてもらうぜ」
人語を話す猫は先生の前に立ち、顔に向けて両方の前足でパンパンッと叩き出したのだ。
パンパンッ、パンパンッ、叩くと同時に肉球の間からモヤモヤと白い煙りが立つ目の前。
「なんか・・・眠くなってきたぞ・・・・・・」
煙を吸った先生は、そのまま夢の中へと旅立っていく。
「どうでい。オレ様、必殺アイテム妖怪けむりの威力は」
猫ことドラ吉は『妖怪けむり』と言う道具を用いていた。
この道具は、駄菓子屋やコンビニで売られている擦ると煙が出てくる不思議な玩具を独自に改良したもの。
「先生さんは廊下でネンネしてもらうぜ」
山下先生の着るシャツの襟袖に噛み付いたドラ吉は、そのまま先生を引っ張って廊下へ移動させてあげた。
「さあ、厄祓い再開だっ!」
『ふざけるな化け猫っ!流れを止めくさりおってからに・・・グゥルルルルッ!』
「オレ様へのツッコミしてる場合か?。お前さんの方には、痛いツッコミが入るぜ」
『なんだとっ!うごっ!』
魍魎がドラ吉へ対し、口開く隙に数珠を巻いた拳の一撃が振りかざされていく。直突きで殴る拳の一撃、触れた魍魎の身体を消し去ろうとする。
父から渡された退魔用数珠の効果は、拳へ巻くことにより厄の妖気を祓う事が出来る。
使い方として戦闘中、近接攻撃を加えるのに適しており、普通に拳だけで殴ると厄の妖気が纏わりついてしまう。
数珠が有れば厄を持った相手に対し、妖気を祓いながら確実な損傷を与えれるようになる。
『小僧め、儂に拳を与えていい気になるなよ』
悪紫霊狐が身に力を込めると、教室内に転がる机や椅子を宙に浮かせ出した。
それで宙に浮いた椅子と机を健也に目掛け投擲する。
「奴さん、そこら辺の物を武器に使いだしたぜ。避けるか、ケン坊?」
「避けない、ぜんぶ燃やしてやるっ!」
そう呟いた健也は、数珠を巻いた右手の拳を握り締めだした。
力を込めて握る手を開くと同時に、掌から蒼き炎が発火し激しく手首まで炎が帯びていった。
蒼き炎を帯びた掌を再び握り締め、拳を握るとその後に投擲されてきた椅子や机を殴りつけ燃やしてゆくのだ。
敵になりうる者への頭上目掛け飛び交う筈の道具は、蒼い炎に包まれ瞬間的に燃え上がり消し炭となっていった。
悪紫霊狐は冷や汗を垂らし、悔しそうに口を噛みしめて言った。
『まっまさか、その炎は鬼火、小僧もしやお前は鬼の子か……?』
「半分正解で半分間違いだ。このガキは人間と鬼の間から生まれた半妖。コイツはな悪紫霊狐、半妖って身でありながら厄祓い師を目指してんだ」
健也の代わりにドラ吉が得意気な表情をしながら、質疑応答していく。
「普通なら半妖って奴は理性を失い、てめぇら厄と同じ妖魔になっちまうが、コイツの場合はちょっと卑怯だ」
ドラ吉が質疑応答する傍ら、魍魎と対峙する健也は無言のまま静かに紫布地の長袋に左の手をかけた。
長袋の中から紅い紐で巻かれた柄を掴み、ゆっくり引き抜いていくと中から鉄製の六角棒が姿を現す。
姿を現した六角棒は長さが四尺(120cm)程あり、健也はその棒を左手を軸に魍魎へ向けて構えたのだ。
『その金棒は、くぬぬぬぬっ貴様ら……』
我が身へ向け構えられた六角棒。
六角棒に【滅鬼棒】と彫られた名前を見て、ただ、ただ、歯軋りをし怯むしか無い状況となる。
「なっ、卑怯な小僧だろ?。見習い厄祓い師の橘健也は、滅鬼の力を受け継がれてんだ。
てめぇらが一番、よ~く知ってる鬼の名前だ。降参すんなら今のうちだぞ。今、降参して闇に還れば見逃してやる」
『ぐぅぬぬぬぬっ』
滅鬼の名を聞いて、怯みながら後退りをしていく悪紫霊狐は選択肢を与えられていた。
厄と言えど元を辿れば人間の手で呼び出された悪妖であり、無闇に祓うよりかは元居た世界へ還るのが良いと思わせようとする祓う側からの最後の優しさ。
『こんな小僧相手に怯んでたまるか!』
だが悪紫霊狐は、戦う事を選択した。
感情を荒ぶらせた悪紫霊狐は、大きく息を吸って身体を肥大させていく。
腐敗した狐の身体から毛髪が逆立っていき、みるみるうちに体長が2m弱に伸び、筋肉を増強させた後ろ脚で二足に立っていったのだ。
筋肉の増強で前脚も同じように肥大させていくと、それは屈強な身体付きへとなっている。
『ウガアアアアッ!!』
血走った瞳を浮かべながら健也へと殴りかかる悪紫霊狐の姿、岩のように大きくさせた剛拳で相手の身体を吹き飛ばそうとするのであった。
だが、健也はその剛拳を六角棒を振るって軽く捌いてしまう。
一生懸命に邪気纏う剛拳を振りかざすが、悪紫霊狐の動きは健也に見抜かれており攻撃の衝撃は全て六角棒へ流れるのだ。
『儂の拳を軽々と受けよってからに!』
「パンチが大振り過ぎんだよ厄狐。大振り過ぎて、喧嘩になんねえな」
大振りで単調なだけの攻撃に対し健也は、呆れた表情をしていく。
教室の床に六角棒の先端を着け、余った右手で頭をポリポリと掻きながらだ。
「喧嘩ってのはな、こうするんだよっ!」
健也は床をカンッと鳴らし六角棒を持ち替えると、其処から攻撃を繰り出していく。
六角棒の先端で突くような動作を見せると、相手は半歩下がり退いていく。
半歩退いた足には力が無い事が分かっているので、今度はそこに目掛け踏み込むように足蹴りをし転ばせるのだ。
転ばせて体勢がよろけると、締めに顔面部へ向けて肘打ちを加えた。
健也の繰り出した肘打ちは、悪紫霊狐の顔面中心をとらえ鼻を潰すのであった。
「人間相手なら此処で終わらせっけど、厄相手ならこうだ」
六角棒を縦に振りかざし追い打ちをかけていく。
相手が両の手で顔を押さえ込んだ所に、六角棒の直突きが腹へと入っていく。
『ごはっ!!』
六角棒の突きで悪紫霊狐は、口元から墨のように黒い液体、涎露を吐き出していた。
涎露、これは厄にとって人間で言う吐血と同じ意味がある。
「そろそろ終いにするぜ。自分の通う学校をこれ以上、荒らしたくないからな」
健也は六角棒を高く頭上へと振り上げて、最後の一撃を加えようとした。
だが、
『ふっふっふっ、やはり見習いだな小僧。儂が怯んだ隙にとどめを怠ってからに儂を殺める機会を失った』
「・・・・・・?」
健也は窮地に追い込まれた筈なのに、敵が何故か不気味に笑い出していく。
『お前は儂が逃げぬようにと思い、塩で結界を張ったみたいだが意味が無くなったな』
震える指で差したのは、昼間に四つ仕掛けた盛り塩の中の一カ所であった。
夕方の掃除時間、鳥居と凶の文字から西へ定めて置いた盛り塩が今見ると崩れていたのだ。
崩れた盛り塩の跡を見て健也は呟いた。
「そうか、先生がさっき崩してしまったんだな。まあいいや、これのお陰で命が助かったもんな」
「まあいいや、じゃねえよケン坊。こうなった結界が解けちまう。結界が解けると、コイツは闇を求めて外に出るぜ」
そう答えるドラ吉の言葉通りに悪紫霊狐は、西口から外の中庭まで一旦逃げてしまった。
「その方がいい。俺は教室で暴れたくない、あっちだと力を解放できるからな」
「ふむ、そう言うなら今の内にコレを渡しとくするか」
ドラ吉は背に背負った唐草模様の風呂敷の中から、一枚の仮面を取り出して健也の手に授けた。
手渡すのは木彫り製の仮面、鬼の顔を模した禍々しく恐ろしい表情の顔をしている。
「ありがとうなドラ吉、ちょっとばかり本気だすぜ」
健也とドラ吉は敵を追って教室から出て行く。
二人して教室から出ると場所は、王真賀高校の中庭へと移る。
見取り図の説明になるが王真賀高校の中庭は、三階建て教室校舎と対する職員室及び会議室が含まれる校舎に挟まれており、その中央に煉瓦で建てられたら四角形の池が存在する。
中庭の全長は約100mもあり、その距離内から逃げた厄を探さねばならない。
「けっこう長い中庭だな。だが、ヤツは出現した教室から余り離れることは出来ないぞ」
ドラ吉はそう説明した。
健也はドラ吉に言った。
「どこに居るか分かるか?」
滅鬼棒を両手に構えながら言うと
「それを今から調べてやる」
ドラ吉は自身のこげ茶色い鼻先をスンスンさせ、敵の匂いを探り出した。
猫本来の嗅覚は人間の数万から数十万倍あるとされており、犬程ではないにせよ人間の嗅覚を遙かに凌駕する力がある。
ドラ吉の場合は、猫又の力を活かして敵の持つ妖力を元に匂いで何処に居るかが判断できるのだ。
「奴さん遠くに行ってないが、オレ様らの見えない所に居るな。むむっ、だんだん近付いてくるぞ!」
鼻に入ってくる匂いの矛先に顔を向けると、それは自分達が立つ頭上であった。
「ケン坊っ!上から来るぞ、注意しろっ!」
見上げた中庭の頭上からは、教室校舎の屋上から飛び降りてくる悪紫霊狐の姿。
その姿は教室に居た頃よりも更に肥大化し、強力な妖気を身に付けていた。
身体中に青紫色の炎を激しく蠢めかせながら、折れた歯の並ぶ口元を大きく開けて健也とドラ吉を二人諸とも喰らおうとする。
「野郎っ、月の光でパワーアップしやがったぞ!」
「ならわかった、ドラ吉は俺から離れていろ」
首を反らして頭上を見上げていく健也は、ドラ吉から渡された鬼の面を手にしていた。
「言われなくても、オレ様は離れるぜっ!」
鬼の面を手にする健也を見たドラ吉は、健也の足下から『さっ 』とバネを活かした跳躍をし離れてゆくのだ。
ドラ吉が健也から離れたのは意味があった。
彼が鬼の面を手にした時、それは即ち鬼の力を解放する準備であることを。
「・・・・・・」
健也は切れ長の瞳を閉じ、無言のままで鬼の面を顔に嵌めた。
鬼の面が顔を覆うと蒼き色をした地獄の業火が健也の姿を包んでゆく。
蒼白い炎は身体を焼くのではなく、健也の姿に変化をもたらすのだ。
健也の変化は額から一本の鋭利で刀の刃ような白い角が生え、顔に被った鬼の面は木製の物から青い鋼の物へと変わり目の部分は琥珀色に輝く猛獣の瞳へとなる。
業火は次第に首、肩、腕、胴体、足の順に鬼火の色と同じ鋼の鎧甲冑へと変化を遂げていく。
変化の締めは、滅鬼棒の頭文字に斬の刻印が加わり棒は六角形から、太く大きな円錐の形になったのだ。
━滅 鬼 降 臨━
健也は宿る鬼の力を解き、鎧甲冑から輪切りになった火の粉の衝撃波を出し頭上から迫る悪紫霊狐を払いのけた。
『ギッャオンッッ!?』
5メートル位の位置まで飛ばされてしまい、驚いた様子で鬼の方へと顔を向けるのだ。
自分が吹き飛ばされた場所を見ると鎧甲冑に仁王立ちの出で立ちで、斬滅鬼棒を片手に持つ鬼の姿が現れている。
その出で立ちは禍々しくも勇敢な印象を与え、かつて悪紫霊狐と同じ魑魅魍魎たちが恐れた者である。
蒼い色の鋼の鎧を身に包んだ鬼の視線は、悪紫霊狐へ向けていく。
苦しい顔をしながら後ろ脚で半歩引き下がる悪紫霊狐、対峙する鬼がどう動いてくるか観察するが、鬼は仁王立ちのまま視線を向けてくるだけであった。
其方が動かぬなら此方から攻めようと思考し、じりじり、じりじりと僅かに動きながら四本の脚に力を込めて鬼の方へ
『グオォンッ!』
と雄叫びの咆哮をあげ、悪紫霊狐は鬼へ跳び掛かっていく。
「一閃粉断」
跳び掛かった先の鬼が技名を叫ぶと、仁王立ちの状態から巨大な円錐形の金棒を両手に持ち構えてから頭上へと高く上げ、襲い掛かってくる魍魎へ縦に振りかざした。
鋭利に尖る金棒の先が魍魎の口先を捕らえると、その身体を縦に切り裂いてゆくと同時に金棒から鬼火の火の粉が弾かれていく。
『ごおぉぉぉぉっ……』
蒼き色をした火の粉が上がると縦に割れた魍魎の身体は、その身を焼かれながら黒い影を発し静かに姿を消してゆくのだった。
「あとで供養してやるからな、許せよ厄狐」
鬼は消えゆく魍魎に対し、詫び言葉を発しながら言った。
恐ろしい表情をする面の中から聞こえる言葉は、どことなく悲しさを漂わせているのだ。
人に呼び出されし怒りの厄狐
悪紫霊狐 厄祓い完了
静かに佇んだままの鬼は顔の面に指で触れ、解放させた能力を解いていった。
「楽勝だったな、ケン坊」
元の姿に戻った健也の足下へ、お供のドラ吉がすり寄ってくる。
すり寄った所で、その場にお座りをし健也と共に影となって消えゆく魍魎を見ていた。
「ああ、楽勝だったよドラ吉。けど、こいつは俺に祓われる瞬間、少しだけ泣いていた」
「まあ、元を辿れば人間がした悪戯で出て来ちまった厄だからな。
いくら悪妖とは言え、人間側の勝手で理不尽に祓われりゃあ辛いだろう」
「そうだよな。俺はたまに、いたたまれない気持ちになる」
「だから終わったら供養してやんだろ?ケン坊。
厄祓い師は、祓った厄を最後に供養してやんのが仕事だからな」
「……供養するか」
健也とドラ吉は中庭から1年B組の教室へ移動し、厄が出現した鳥居の絵の上で一本の線香に火を点け焚いていく。
紅い先の火種から静かに沸き立つ白い煙、次第に煙は灰へと変わり床に落ちる。
落ちた灰が鳥居の絵に当たると、絵は跡形もなく消えていった。
「終わりだな、早く帰って風呂に入ろうぜ。オレ様の、おけ毛が焦げ臭くて敵わないぜ」
「親父と母ちゃんも待ってるからな、帰るとすっか」
厄への供養が終わり、健也とドラ吉の二人は王真賀高校を跡にした。
帰る前に一応、眠る山下先生を職員室へ戻してあげてから三日月が輝く夜を空に、自分達の自宅・獄門寺を目指して…………。