はじまり はじまり
【学園生活と家業】
ここは現代の日本。
王真賀市立 王真賀高等学校の校舎内
1年C組の教室で、国語の授業が行われていた。
時は六月中旬、春に入学した学生も学園になれた頃であり、教室内では25名の生徒達が教師の黒板に書く内用をノートへと写していた。
普通の授業風景だが、一人だけ机にうずくまり
気持ちよく昼寝をする男子生徒が居たのだ。
黒板前で教鞭を振るう教師は、その男子生徒の方へと向かい
「橘健也っ!授業中だぞっ!起きるんだ」
と言って丸めた教科書で机を叩いて起こそうとする。
「うぅ~ん、あぁ~っ?。先生、いま何時ッスか?」
バンッ!と叩かれた机の打音を聞いて、起こされた男子生徒は背伸びをしながら応えた。
まだ眠気の覚めない瞼をだらしなく擦り、目を覚ましていく。
男子生徒を起こした教師は丸めた教科書を開きながら応える。
「入学してから居眠りで起こされるの何回目だ。普通ならビックリするのに動じないなんて、お前が一年生で一番、肝が太い生徒だよ」
教師は溜め息混じりに呆れた様子である。
「あざっす、俺ちょっとのことじゃビビんないんで嬉しいッスね」
「褒めてないっ!」
「あいたっ!!」
男子生徒は閉じた教科書で頭を叩かれてしまう。
すると授業中、静寂に包まれていた教室内に爆笑の歓声が巻き起こっていた。
『アハははっ!橘、今日もコントしてんのかよ』
『1日1回はコレを見ないとね』
授業中に起こされた男子生徒こと、
橘健也は教室の同級生たちから馬鹿にされているようだが、彼が居るからこそ入学したての緊張感が解けたムードメーカーの様な存在であった。
そんな橘健也の見た目は、着用する学生服が内側の生地に白虎の刺繍が施された短ランを上着にし、下はスケーターと呼ばれるワタリ35cm スソ25cmの少し太めの学生ズボンを履いている。
早い話が、典型的な違反制服を着た不良少年である。
そんな時代遅れな不良の格好をする彼だが、一年C組のクラス内で、再度伝えるがムードメーカーだ。
キーーン コーーン
カーーン コーーン
キーーン コーーン カーーン コーーン♪
教室内に授業の終業チャイムが鳴り響いていく
「よし、橘が起きた所で六時限目の授業は終わりだ」
教師がそう言うと、生徒一同は起立し礼をして授業が終了する。
王真賀高校は六時限目の授業が終わると、終わりのHRまで学校中の掃除をするのが生徒達の日課である。
掃除の時間は各教室ごとにチームに振り分けられ10分間だけ行われている。
掃除の間、橘健也は一階ベランダを担当している筈だが、柱の影に隠れて上手くサボっているのだ。
他の生徒達は協力しながら決められたら場所を掃除していくが、サボリ中の橘健也は独りで木製木柄の長い自由箒を片手に持ち、便所座りの体勢で柱にもたれ掛かってスマートフォンに触れていた。
サボっているがその表情は少々、気難しさがある。
ラインと言うスマートフォンで発展した連絡用アプリの画面を開く健也。
気難しい表情になったのは、このアプリでやり取りをする相手が原因だった。
ドラ
{わりぃっ!学校帰りに『わかば』と大人のチーズかまぼこ買ってきて!
ついでに、ねこパンチ増刊号もな}
健也
{じぶんで買いに行けっ!俺はそれどころじゃない。
厄の発生元を学校で見つけたから、今から清めをするんだよ}
ドラ
{ああ、それか。それなら現場の四方に塩を撒いて、奴さんが外へ出て行かないようにしろ
矢文通りの厄なら、塩だけでじゅうぶんだ}
健也
{今から撒きに行く、東西南北 四方鬼門を押さえとくんだな?}
ドラ
{そうだそうだ、で、わかばと大人のチーズかまぼこは絶対に忘れんなよっ!}
健也は相手から催促されるメッセージを見て、返信もせずにスマートフォンをズボンのポケットへしまった。
「あいつふざけやがって、適当に返事しやがった」
そう愚痴をこぼしながら、健也が立ち入ったのは異様な光景になっている隣の教室、1年B組。
荒れた1年B組の教室
その教室の扉には警察が捜査の時に使う規制線が張られており、鈍器で叩かれたように割れる硝子窓から見える荒れた教室内の様子がわかる。
教室内も学校机と複雑に脚の曲がった学校椅子が乱雑に転がっており、足場には硝子片が飛び散っていた。
この荒れた教室の事は当初、在校生による悪戯だと思われていたが、荒らされた規模が人の手による物だとは考えにくいと決断された。
理由については
一
荒らされたのは、この場だけであり他の教室を荒らしていない
二
人間の力では到底、曲げる事が不可能な脚の曲がり方をした学校椅子の存在
三
教室の窓硝子の割れ方が真ん中に一点だけ集中し、其処から教室内中央へ引き寄せられるように破片が割れている
四
教室内中央は床へ[凶]とスプレー缶で文字が書かれており、文字の周りに人間の血痕が数滴ほど垂らされている
凶の文字より4cm上部には鳥居の絵が描いてあった
そして、健也は出入り口に張られた規制線を手を使い避けてから、荒れた教室内へと入っていく。
床へ無数に散らばる砕けた硝子を静かに靴で踏みながら、[凶]の文字が書かれた床まで歩むのだ。
「誰かが、コックリさんをやったんだな。まだ微かに厄の気配がする……」
床に描かれた鳥居の絵に健也は、指先でなぞるように触れていた。
触れた指先を鳥居から離した健也は、教室の四隅に盛り塩を始めた。
黒板前を北の方向にし、反対側の掲示板前を南に設定。
鳥居と凶の文字が書かれた位置から左右を東西にし、配置を決めた所で短ランの内ポケットから塩を取り出していく。
その塩は紙袋に入れられた家庭用食塩で、どこの家庭でも手に入る普通の塩だ。
自分で定めた東西南北の位置へ健也は、塩を床へ三角錐の形にして盛っていった。
この行為は、後々に効果を発揮するようであり、現段階では何も起きないようである。
「……清め完了っと」
健也が掲示板前(南の方向)に最後の盛り塩を終えた所で、立ち上がっていくと
「こらっ!橘、この教室は立ち入り禁止だから入るんじゃない!」
と教師に怒られてしまう。
「山下先生、すいませんッス」
山下先生と名を呼んだ人物は国語の授業中に健也を起こした先生のことである。
悪気は無いにせよ、立ち入り禁止区域に入っていたので自分の比を認めて健也は山下先生に謝罪をした。
「この教室はな橘、新聞部とオカルト研究会が口寄せ式コックリさんなるモノをしてこうなったらしい。
お祓いをしてもらわないと怒ったコックリさんが毎晩、暴れてしまうんだ。だから、非常に危ない場所だから早く廊下に出て来い」
山下先生は教室内に立つ健也に手招きをして、中から出てくるよう催促をはじめた。
手招きをする山下先生に対し、健也はこう応えた。
「先生、それなら大丈夫ッスよ。俺、家が寺なんでこんくらいなら簡単に祓えます」
「橘、確かに君の家は厄祓いで有名なお寺さんだ。けどな、俺は教師として可愛い生徒を危険な目に合わせられない。
それにこの教室のお祓いは、学校側が既に阿倍野グループにお願いしてある。
だから早く、教室から出て来るんだ」
先生の口から出てくる『阿倍野グループ』と言う企業の固有名詞を聞いた健也は、眉をひそめたが溜め息を吐いたあと教室から出て行った。
「それで良いぞ橘、見掛けは不良だがけっこう物分かりは良い奴だな」
「先生、阿倍野グループの奴はいつ頃、来てくれるんすか?」
「う~ん、忙しいみたいだから一週間後くらいだな。
校長先生が言うには、日本最高のお祓い屋さんだが、連日スケジュールが一杯だって仰ってたぞ」
「そうすっか、早くお祓い来てくれると良いッスね……」
「そうだな早く教室を元にしないと、せっかくの青春学園生活が台無しだもんな」
健也と山下先生は二人で廊下を歩みながら1年C組にまで戻っていった。
自分達の教室に戻ると、クラスの皆が帰りのホームルーム(HR)が始まるのを待っている。
「みんな待たせたな。今から帰りのホームルームを始める。ささっ、橘も席に着いて着いて」
終業のホームルーム、山下先生は受け持つ1年C組の生徒達25名に翌日からの予定と勉学時限を説明していく。
他にも不審者情報や道徳的行動とは何かを教えていき、退校の挨拶前に皆へこう告げた。
「今日は、俺が当直を担当する。皆も知っての通りだが、隣のB組で事件が起きたから部活をする子は夜の7時までには必ず帰るように。
じゃあ、今日は此処まで皆、さようなら」
帰りのホームルームが終わり、1年C組の1日が終わる。
他の生徒たちはそれぞれ、帰る者もいれば部活動に励む者も居て多種多様なホームルーム後のスケジュールが待っている。
健也の場合は、学校が終わると帰る側の生徒であるのだが、彼の場合は家に帰ってから家業の時間が始まるのだ。
校舎から出る途中、色んな生徒から挨拶されたり遊びに誘われたりもするが健也は
「ごめんごめんっ。俺、帰ってからやることがいっぱい有るんだ」
と言い誘いを断ってゆく。
声を掛けてきた者に対し返事をする時は爽やかなやんちゃ坊主の笑顔で応えていく。
だが、背を見せてからズボン右のポケットに右手を入れて、左腕を垂らしながらスタスタと帰るその表情は真剣な眼差しを夕陽に向けていた。
健也が学業を終え、学校から徒歩十五分かけて辿り着いたのは
【厄除け王真賀大師 獄門寺】
木製の古い縦表札に寺の名前が書かれた寺院であった。
仁王像が立つ門を潜ると境内に入り参道を歩む、それは健也が自宅に着いたのだ。
健也の自宅は寺院を兼任しており、普段は境内の方丈と呼ばれる建物で生活をしている。
「ただいま」
方丈入り口の扉を開けて中に入ると
「お帰りなさい、健ちゃん」
「おうっ、帰ってきたかケン坊っ!」
と健也の事を待っていた者が一人と一匹であった。
「健ちゃん、今日の学校はどうだったの?」
そう優しい声で玄関から上がる健也の頭を撫でるのは、健也の母である橘瑞希。
橘瑞希は黒生地に花柄の刺繍を施した着物を着ており、足には白き足袋を履いている。
息子に似た切れ長の瞳をし、近所でも評判の和服が似合う大和撫子と呼ばれる程の美人。
黒く直毛に伸びた長い髪を夜会巻きで整髪し、結いた髪を鼈甲のかんざしで中挿ししている。
「おうおう、ケン坊。オレ様のわかばとチーズかまぼこはどうした?」
玄関から上がってきた健也の足下をすり寄りながら、威勢の良い言動をするのは飼い猫もとい猫又の橘ドラ吉。
尾が二本生えた猫又ではあるが本来は短い毛並みを持つ雉トラ猫である。
すり寄ってくるドラ吉に健也が応える。
「ほらよ、お前のわかばとチーズかまぼこだ。ねこパンチは売られてなかったからジャンプを買ってきた」
そう言いながらコンビニ袋から、煙草のわかばと大人のチーズかまぼこを取り出してドラ吉に与えていく。
目当ての物を手に入れたドラ吉は
「おーおっ、これだコレ」
と喜びながらチーズかまぼこの封を開け、フィルムで包まれた棒状のかまぼこを前足で摘まむ。
前足の人間で言う指先から爪を出し、チーズかまぼこのフィルムを器用に裂いてかまぼこを剥いていく。
口を開け牙を見せてムシャムシャ 、ムシャムシャと満悦の表情を浮かべながら食すのだ。
チーズかまぼこを食べた後、わかばと言う煙草にも封を開け、煙草を口に咥え爪を擦り合わせた火種を点けていく。
「かまぼこの後にわかばを吸うのが、最高っなんだよな。おいケン坊っ、先にジャンプ貸せよ」
「図々し過ぎるぞふざけんな、俺が先に読んでから貸してやる」
「なっなんだとぉ、オレ様が先に読むんだよ」
少年と猫又は目線を合わせて火花をバチバチと散らすのであった。
毎週、発行される漫画雑誌の先読みを賭けての小競り合いである。
「健ちゃん、ドラちゃん、ジャンプで喧嘩はしないの!。そんなに早く読みたいなら、二人で仲良く読むのよ」
母親の瑞希が喧嘩の仲裁に入った。
仁王立ちで凛々しく静かに怒り立つ母の姿を見て
「あっ、やべえ」
「ママさん、二人で仲良く読みますんで勘弁して下せぇ」
健也とドラ吉は喧嘩をする前に大人しくなり、漫画雑誌を読み始める。
橘家の家庭内で逆らっていけないのが橘瑞希の存在であり、その事については家族皆がよく知っている。
普段は優しくて麗しい着物美人の母親ではあるが、怒らせると身の毛もよだつ制裁が待っているからだ。
制裁から逃れる為に健也とドラ吉は、表面上で仲良く漫画雑誌を読み始めた。
家族団欒で使う畳の敷かれた居間で二人寝転がりながらだ。
「あっコラ!ケン坊っ!、ゆらぎ荘の幽奈さんは最後に読めよっ!」
「うるせーっ!、俺は最初のページから読む派だ」
「お前は、まだまだガキだな。一番の楽しみは最期に取っとかないとジャンプの楽しみ方じゃないぜ」
「それは、お前が単に好きな漫画しか読まないからだろ?。俺はお前と違って、ぜんぶ読むんだよ!」
「この野郎っ!オレ様の楽しみ方を否定しやがったな!」
怒ったドラ吉は前足で雑誌のページをバンッ!と勢いよく叩いた。
すると、ビリッ!と前足の爪でページを破いてしまう。
「ああっ!?幽奈さんのお色気シーンが破れちまった!{破れ方がエロい}」
漫画を破いてしまったドラ吉は我に返って肩の力を落としていく。
ドラ吉、本人にとってお気に入りの漫画作品を破ってしまった事は結構な精神的ダメージを負うのだ。
「しょうもねえ持論もってるから、破くんだよバカ猫」
気を落とす者にお構いなく漫画の続きを読んでいく健也である。
彼はドラ吉が感情に任せて失敗するのを理解しており、読む漫画が破れた事など関係ないのだ。
「くそぅ、何も言い返せねぇよ」
大人しく漫画を読んでいく二人だった。
健也が学校から帰ってきて、時計の針が午後五時三十分を指す。
二人が漫画を読みながら寝転がる居間に瑞希がやってくる。
「お母さん、今から晩ご飯を作るから健ちゃんは、お勉強してね。今日の晩ご飯は、お父さんが帰ってきてからよ」
と言ってくる瑞希の手元には、木しゃもじが持たれていた。
料理中である母の姿を見た健也は
「わかったよ母ちゃん、今から僧房で勉強してくる」
起き上がりながらそう言い、居間から出て行く。
「ドラちゃんは、お勉強を教えてあげてちょうだい」
微笑みながらドラ吉にお願いする瑞希に対しドラ吉も
「わかりやした、ママさん。勉強はあっしに任せて下せぇ」
と健也の後について行くのだ。
僧坊と呼ばれる健也の部屋。
今から行われる勉強とは、学校の宿題ではなく『厄祓い師』としての勉強である。
たたみ四畳の室内。
此処は僧坊と言われる健也の部屋だ。
和室の狭い部屋ではあるが健也の自宅は寺院であり、住む部屋も修行の意味が課せられている。
木製の折り畳み式文机の前に紫色の座布団を敷き、正座で座る健也の姿。
そんな彼の前にドラ吉が二足歩行で近寄ってきた。
「ようしっ、今日は厄と魑魅魍魎について教える。使う資料は、妖怪ウ●ッチDVD第5巻の映像を流すぞ」
ドラ吉の前足には子ども向けアニメのDVDパッケージが持ってあった。
すると僧坊の引き戸が『すーっ』と静かに開き、瑞希が顔を覗かせる。
「ねえ、ドラちゃん……。今晩のおかずはドラちゃんの好きな柳葉魚だけど、そんなお勉強の教え方だったら、まっしぐらにしても良いのよ?」
口元は笑ってはいるが、目が笑ってはいない瑞希の姿が其処にはあった。
「ひえぇっ!どっどうか、ママさん。カリカリだけはご勘弁下せぇ……。シシャモは大好物ですんで、ぜひ食べたいです」
「わかれば良いのよ。ちゃんとお勉強してくれたら、柳葉魚いっぱい食べさせてあげるからね」
そう言い残し、瑞希は引き戸を閉めて去っていく。
「さてと、気を取り直して勉強するとするか。ケン坊っ、鳥山石燕の画図百鬼夜行を開くんだ」
鳥山石燕
画図百鬼夜行
その書物は、古より伝えられる魑魅魍魎を記した本である。