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「君の話は荒唐無稽さ、空前絶後の話と言い換えてもいいかもしれないね。でも僕は君の話を信じる事にしよう。今まで前例がないからとか、現実的にあり得ないからとか、そういった事はそれとして置いておいて、君が嘘をついているようには見えないという理由で君の言っている事を信じるよ」
魔法が存在するらしい世界だから、どんな非現実的な現象でも引き起こせる可能性があるんじゃないかと考えていたが、どうやらこの世界にも決まり事のような物はあるらしい。よりにもよって『現実的にあり得ない』とか言われてしまった。
だけど、まぁ信じてもらえるというのは喜ぶべき事なんだろう。
「で、君の言っている事を信じた上で君に手を貸そうとするわけだが、僕は君に行く先を指し示すことは出来そうにないんだ。君の踏み入れた次元の穴は、きっと前人未到の領域だったんだろう。その女性についても、仮に神様かなにかだったとしても確かめようがないからね。ほら、神様っていうのは僕たちの心の中には存在するけど、その姿を見せる事は本当に少ないだろう?」
タイヨウの言っている事はおおよそ理解できた。
つまり、俺が元いた世界と同様に、この世界でも異世界の存在というのは一般的に受け入れられない概念らしい。都市伝説だとかその程度のあやふやな口伝に残っている程度の微かな概念なのだろう。俺が普通に高校生活を送っていた時に、ある日突然知りもしない異様な風貌の人物から、元の世界に戻りたいと相談を受けたらどうするか、という話だ。
もしそんな事態に陥ったら――俺はきっと信じる事はできないだろう。それでもその人物のために最善を尽くすのは正しいし、正しいからには俺は全力を尽くすのだろうけど。
その点を踏まえると、信じた上で俺を助けようとしてくれるタイヨウという人物は、見た目の冷静さによらず中々に情に厚い人物なのかもしれない。
「確かに今までの話を聞いた限りじゃ、俺が帰る方法なんて無いみたいですね」
「君はあまり動揺しないんだな……。故郷に帰れないとわかったら、普通はもう少し失望してもいいと思うけど」
「まぁ、絶対に帰りたい理由も無いですし。それに、絶対に帰れないと決まったわけじゃないですから」
そうだ。
確かにこの世界には帰る方法なんて無いのかもしれないけど、でも帰る方法が無いという事でもない。来ることができたのだから帰れてもおかしくない、それは言葉にしてみれば幼稚な言い訳のようにも聞こえるけど、根拠はある。
俺をこの世界に送り込んだ張本人、あの謎の女ならこの世界とあちらの世界をつなげることができる、そしてそれは反対方向にだって可能なはずだ。
つまり――
「君は頼まれた通りに人を助け続けるつもりなのかい? それで元の場所に戻してもらうと」
「まぁそんな所になりますね、人を助けるのは自分の性分みたいな物ですし、頼まれようが頼まれまいがやっていた事です」
「ふぅん、そうかそうか」
感情が表に出にくいだけで、持ち合わせていないわけじゃないらしい。タイヨウがそうやって頷いた時、彼は少しだけ機嫌が良さそうだった。
「あぁ、そう言えばまだ自己紹介をしていなかったね。僕は阿部太陽。この社の管理人みたいなものと……他にも多少雑用をしている。そしてだ――」
タイヨウが続ける。
「君は社の一員になりたまえ」
「は?」
「はいは~い。わたしもそれに賛成!」
ここで初めてカザンが会話に割り込んできた。彼女にしては我慢できた方なんじゃないだろうか。
「ちょっと待ってください! 俺には社ってのが何なのかも分かりませんし、この国についても分からない状態でハイとは言えませんよ」
「まぁ君の言う事ももっともだ。だけどよく考えてみてくれ、君には今住む場所も金もないだろう?」
「確かにそうですけど……」
「それにこの世界について知るには、話を聞くよりも実際に見た方が早い」
何が言いたいのだろうか。
確かに、建物を見たりする方が文化について理解しやすいし、魔法も実際に見た方がどんなものか分かりやすいかもしれないけど。
「しばらくの間、君はカザンと一緒に行動させよう。わからないことが出てくればその都度カザンに聞けばいいし、ここに住んでいればそう困った事にもならないだろうからね。それに、もし出ていくというならいつ出ていってくれても構わないし、社うんぬんも今は忘れてくれて構わないよ」
「い、いいんですか? そこまでしてもらって……」
「まぁこちらにもこちらの理由があるからね。とりあえずカザンと一緒に町の方を見に行くといいよ」
「りょーかいっ!」
元気よく俺の代わりに返事をしたのはカザンだった。俺はいまだに悩んでいるというのに。まぁ悩んでも、この世界について何一つわからない俺に、タイヨウの申し出を断る理由が思いつくはずもないか。
そうして俺はカザンに引きずられるようにして町に繰り出す事になった。