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道端の障害物をどかした後、延々と代わり映えの無い竹林を歩き続けた俺たちは、ようやくそれらしい場所に出た。
「とーちゃく! ようこそキセキ、ここが社だよ」
カザンがずっと社と呼んでいた場所は、その言葉通り社――つまり神社の類だった。
まぁ俺には建築関係の知識も宗教関係の知識もないし、その手の専門家が見ればまるで違うとでも文句を言うのかもしれない。異なる世界で全く同じ文化が存在するってのも無理のある話だし。だけど、少なくとも俺みたいな素人に言わせてもらえば、目の前に広がる空間は神社に似ている。
そりゃ形は若干違うみたいだけど、閑散した雰囲気や静かな林の中にあるところとかは典型的な神社って感じだ。幾つかあるらしい建物も、曲線のある屋根を持った木造の建築で、日本で見るようなそれと大きく違わない。
「タイヨウが居るのはこっちだね」
そう言うと、カザンは周りに見える建物の中でもひときわ大きい建物に入っていった。他の建物は多分宗教的な施設なのだろう、人が住むにはやや小さい気がしなくもない。
「タイヨウっていうのはここの責任者なのか?」
「そんな感じ、それ以外にも王様から色々まかされてるらしいけど」
この国には王がいるのか……。というか、王様から色々任されてるってもしかしなくても相当偉い人なんじゃないだろうか。
それは俺の立場からすれば良いのか悪いのか判断に困るところではあるけれど。
「その人とカザンはどういう関係なんだ?」
「ほとんど家族みたいなものかな、それか恩人?」
それは本人もよく分かっていないようで、一言では表せないような関係なんだろうと予想が付いた。でも恩人と言うからには、カザンも困っていた事があるという事なんだろうか。それこそ想像がつかない。
タイヨウと呼ばれた人物に付いて考えを巡らせ、俺が少しだけ委縮してしまったその瞬間、カザンは目の前の扉を勢いよく開けた。
「帰ってきたよー! 後、タイヨウに合わせたい人がいるんだけど」
そこには、一人の男がいた。
年齢は二十代後半といったところだろうか。カザンとの話で偉い人物を創造していたので、その見た目は持っていた印象よりかなり若く感じる。
着ている服は落ち着いた色合いの動きやすそうな和服なのだが、服の所々に儀式めいた模様が施されており、カザンが着ている服と同様に宗教めいた何かを感じさせた。
だが、何より特徴的なのは、その男からは今一感情の起伏といった物が感じられない事だ。カザンとはまるっきり正反対とでも言おうか、彼の冷静さや静寂さは、あらゆる意味でこの社と呼ばれる場所にふさわしいと思った。
その男はカザンが扉を開けるまで、なにやら書斎のような部屋で椅子に座りながら作業をしていたようだが、カザンに気が付くと手に持っていた書類を机の上に置いた。そしてその平坦とした瞳で俺の方を見る。
「おかえりカザン。隣の彼はいったい誰だい?」
「なんと竹林の方で見つけたんだよ! 名前はね――」
「キセキです。上神奇跡」
ここでカザンに全ての説明を任せてしまうのは楽だったが、カザンが滞りなく全てを説明できるとは思えなかったし、説明されている本人が黙っているままというのも印象が悪い気がしたので、俺は自ら会話する事にした。
ただ、タイヨウと言われた男が他人に対して印象という物を持つのかどうかは、心の底から疑問だったけど。
「キセキ――か」
幸い、奇跡的な名前と言われる事はなかった。
「竹林に入ったらしいけど、いったいどういうつもりで入ったんだい? 事故だとかなにか理由があるならこちらとしても責め立てるつもりは無いのだけど」
責め立てる? 最初カザンと出会った時も竹林に入るのは命知らずとか言っていたけれど、竹林に入るのはタブーなんだろうか。
「いや、それが俺にもよく分からないんですけど――」
俺はとりあえず全てを包み隠さず説明する事にした。違う世界に居た事も、正体不明の女性に出会ったことも、不可思議な穴を通ってこの世界に来たことも全て。
俺が全て話し終わった時のタイヨウの反応は、カザンに話した時とは全く異なっていた。もちろん抱き着かれるだなんて思っていたわけじゃないし、男に抱き着かれる趣味も無い。それに、その反応は俺が話したような内容に対してはどこまでも正当な物だったと思う。
タイヨウは、怪訝な表情をした。
そして、言う。
「違う世界だなんて――随分と突拍子もない事をいうんだね」
「突拍子もない、ですか?」
「うん、そう。異世界が存在するなんて話も、異世界から人が来るなんて話も僕は聞いたことが無い。ましてや異世界に行く、君の場合は戻る方法なんて確立されていない。だから――『君はきっと元の世界には帰れない』」