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「おっかしいな~。来た時はこんな木倒れてなかったのに」
「根っこの方の土が緩くなってたんじゃないか? 何にせよ俺たちの上に倒れてこなくて良かったよ」
「わたしの上に倒れてきたら絶対によけれたけどね」
カザンはそう言うと、身軽に倒木の上に飛び乗ってこちらに振り返った。直径五十センチほどもある大木なので、それだけの高低差が付くと否が応でも彼女が俺を見下げる形になる。
まぁ、俺は別に自分が世界で一番優れているとか思ってはいないから、別に見下げられたからって不快な気分になるとかは無いけれど。
「うーん。わたしたちが通る分には乗り越えればいいけど、この状態じゃ荷車を動かせないね。そうだ! キセキならどかせるんじゃない?」
無理だ!
そう即答しそうになった。
ただ頭ごなしに否定するのもなんだか悪いので、理由も付けて子供を諭すように断る事にした。
「こんな大木を動かすのは誰にもできないよ。せめてもう少し小さいサイズに切り崩すか、大型の機械とかを持ってこないと」
「そうなの?」
「そうなんだよ」
なぜカザンはそんな純粋な瞳で俺を見つめてくるのだろうか。どうやら彼女の中で俺は超人か何かに認定されているらしい。
「そうなんだ、じゃぁ今から切るよ」
「え?」
カザンの目はマジだった。
最初に俺に質問した時も本気でどうにか出来ると思っていたし、根っこさえどうにかなればと言った俺の発言も本気で信じている。いやいや、人間には限界というものが存在するのだ。彼女が次の行動を起こす前に俺はカザンを止めようとした。
したのだが――それはあまりに一瞬だった。
木刀を持つカザンの左手が極彩色に光ったかと思うと、その左手を刀の鞘に見立てるようにして、カザンは居合を放った。『花斬』と、彼女はそう呟いていたと思う。その瞬間、木刀から放たれた極彩色の斬撃が花が開花するように倒木の二カ所に集まり、その位置を美しく垂直に切断した。これで、道の幅と同じ二、三メートルの巨大な丸太が出来上がったというわけだ。
それは幻想的な風景で、現実離れした現象だった。
木刀では木を切ることなど不可能だ。
仮に真剣だったとしても、これだけの直径を持つ物を完全に切断するのは困難極まるだろう。
そして、例えば木をたやすく切断できる刀があったとして、斬撃を飛ばすことなど出来るだろうか――ましてやその斬撃を、花が舞うように自在に操るなど……。
「い、今のが魔法なのか?」
「んーん。魔法じゃなくて技術だよ、魔力を使った体術っていうのが一番近いけどね」
「まじかよ……」
それが――この世界の――法則か。
なるほど確かに『異』世界というわけだ。これでは俺の常識などあってないような物じゃないか。
「小さくしたよっ! これで動かせる?」
彼女の『小さい』の定義は三メートルほどもある直径五十センチの丸太らしい。どうせなら粉みじんに切り刻んで欲しい所だ。だが――まぁこのサイズになれば何とか動かすことは出来るんじゃないだろうか。持ち上げることは無理でも、円柱の形をしているのだから、転がすことくらいなら出来る気がする。
動かせるかもと言ってしまった手前、やる前から無理だと決めつけるのも悪いので、俺は押すだけ押してみることにした。腰を少し落として、両手を持ち上げるように丸太の下部分に添える。
そして。
ああ、そして――
丸太が前方に吹き飛んだ。
「えっ」
目の前で起きたあまりの出来事に俺は呆然とする。いや、起きたのではなく俺が『起こした』のだろう。そういえばこの世界に来る前、あの女神なのか天使なのかよくわからない女が言っていた気がする、『あなたは比類なき力を授かるでしょう』と。
どうやら俺の身体能力は超絶強化されているらしかった。