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「ちょ、ちょっと?! カザンサン?」
ちょっとどころではなく俺は動揺していた。
カザンは両腕を俺の首に回すように絡ませ、それこそ飛びかかるような体制で俺に密着している。平らだと過小評価していた彼女の胸だったが、しっかりと俺の鎖骨付近に当たって存在を主張していた。彼女は顔をほおずりするように交差させていたので、どんな顔をしているのか分からないが、それはこちらの顔も見られていないという事で、それはわずかだが救いだった。
正直ヤバイ。
俺のようなオトシゴロの男子高校生に対して、全身を重ね合わせるように抱き着くという行為はタイヘンに刺激が強すぎる。高校三年ともなれば慣れてるやつはいるんだろうが、俺はそうじゃない。この話はやめよう。
「お、お、お、落ち着いてくれ」
落ち着かなくちゃいけないのは俺の方だ。
まぁでも、俺は出来る限り冷静を装って、首に絡みついたカザンの腕を慎重に引きはがす。あれだけ勢いよく飛びついてきた物だから意外と言えば意外だったのだけど、彼女からはあまり抵抗を感じることなく簡単に引き離すことができた。
引き離した彼女の顔を見ると、不満があらわになっていたが。
「そんなに抵抗しなくてもいいじゃん」
「ふつう抵抗するわ。と言うかいきなり飛びつかれて驚かないはずがないだろ」
「あ、わかった! キセキ照れてるんでしょ~。わたしとキセキの仲なんだから照れる事ないのに~」
『わたしとキセキの仲』ってのは一体なんなんだろう。十分ほど前は初対面だったはずだ、それがその短時間で平気で抱き合うような間柄になったと? 今日の夜には結婚でもしてるんじゃないだろうか。
「話が全然見えないんだが……」
「ん? まぁここに来たばっかりなんだから当たり前なんじゃないの?」
「いや、なんていうか。この世界の俺ってどういう立ち位置なんだ?」
「キセキはキセキでしょ? とりあえずタイヨウの所に連れてって紹介したほうがよさそうだね!」
「……」
一つ確実に手に入れた情報がある。
それはカザンと話していても何一つまともな情報が得られないという事だ。
目の前の少女はなんだか浮世離れしていて、そもそもカザン本人が常識といった物を知らないんじゃないかというふしまである。質問を受けた時に、その解釈を相手の世界の定義に合わせるのではなく、自分の定義の中に納めたまま返しているような。自分だけの世界を構築していて、それを世界に侵食させているような。
とにかく、彼女と延々と話しているよりは、他の人間に会って話した方が良いのは間違いなさそうだ。願わくば、この世界の一般的な人間が彼女のようなハイテンションでないように。
「そのタイヨウってのは人なんだよな? 俺もその人に会った方が良い気がしてきたんだ」
「うんうん! じゃぁ早速、社のほうに向かおうか。ちょっと薪を持ってくるから待っててね」
カザンがすたすたと歩いた方に目をやると、一メートルくらいの幅の荷車に木片だけが大量に載せてあるのが見えた。恐らく、彼女はこの林の中に素振りをするためだけではなく、薪を調達するためにも来たのだろう。薪を使用する――その行為が普通だとすると、ひょっとすると俺の居た世界とは文化がかなり違うのかもしれない。
「荷車は俺が押すよ」
「そーお?! でもキセキは力持ちだもんね、やっぱりキセキがいてくれると助かるよ! ありがとう!」
なんだか必要以上に感謝されている気がする。
ゲームで例えるなら、出会った瞬間に好感度が最大値になっているみたいなものだ。これがゲームだったらまずバグを疑う。
カザンに付いて行く間、無言なのもしょうがないので、俺はダメ元でいくつか質問をしてみることにした。
「そういえば、社ってのはどんな場所なんだ?」
「わたしが住んでいるところだよ」
「カザン。俺はこの国に来たばかりで、この国に付いてあまり詳しくないんだ。それを踏まえて社がどんな場所なのか俺に分かりやすく説明してくれないかな」
「うん、これからはキセキの住む所でもあるね!」
「ありがとう、よく分かったよ」
分からないという事が。
これは実際に見てみるしかないだろう。そもそも、自分の特異な状況を考えると、質問で全てを理解したような気になるのはかなり危険な行為かもしれない。それどころか、この混沌とした状況をさらなる混乱に陥れている可能性だってある。
「あれっ」
斜め前を歩いているカザンが、何かに気が付いて突然立ち止まった。俺の視界は薪でふさがれていたので、そこから少し横にずれて彼女と同じ方向を見る。
そこには、大木が横たわっていた。
横たわって道をふさいでいる。