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ヒーロー

作者: コムギ

たまにふと、思い出す人が何人かいて、それは高校の時に¥1000借りたままになっている恭ちゃんだったり、急に連絡の取れなくなったゆうやくんだったり。その中にたっさんもいる。流谷達也だからたっさん。

たっちゃんではなくて、たっさんなのだ。


たっさんとは小学校3年生の時に初めて同じクラスになり、1学期が終わったら転校していった。だから交流した期間は短い。転校した後も何回か手紙をやりとりして自然消滅って感じだった。


たっさんがなぜたっちゃんではなく、たっさんなのかというと、たっさんが老け顔で、極めて落ち着いたおっさんみたいなキャラクターだったからだ。勉強はそれほど得意ではなかった。運動神経はどちらかというと鈍い。落ち着いているといっても性格はとても明るいし、時にははしゃぐこともあった。でもそのはしゃぎっぷりが何か子供っぽくない。当時の俺から見ると、それはまさにおっさんだった。


たっさんと初めて話をしたのは2年生の時。


ところで、俺は幼稚園の時にう○こを漏らしたことがある。なぜなら、当時公共の場にあるトイレはほとんど和式便器で、俺はその和式便器の使い方がわからなかったからだ。でも小学生ともなればその辺りは心得たもので、和式でも余裕でできる。ただ不思議な事に、学校でう○こをしたら、絶対に人にバレてはいけないという空気があった。もしバレたらみんなに言いふらされ、なぜかそれがとても恥ずかしい事だったのだ。不思議だ。人間なのだからそりゃう○こくらいするだろうに。まあでも仕方ないので、どうしても我慢できない時は人が来ないか入念にチェックして光の速さで終わらせるわけだけど、一度だけ、俺は神からとんでもない試練を与えられた。

その日、みんながドッジボールに興じている時にしれっと抜け出した俺はダッシュでトイレに向かい、一切の無駄がない動作で、迅速に用を足した。で、立ち上がり、便器をみて絶句した。龍が横たわっていた。茶色い、ツヤツヤの龍が、便器の端から端まで、一直線に。俺は何か恐ろしいものでも見たかのように慌ててレバーを押した。勢いよく水が流れる。流れは龍によって二つに割られ通り過ぎる。何度も水を流し続けた。龍は、相変わらずそこに鎮座していた。当時、齢7歳。絶望感で頭が真っ白になった。こんな事がみんなにバレたら、俺はもうこの学校で生きていく事はできない。絶対絶命だった。そして、ヒーローは現れた。


そのヒーローは口笛を吹きながらトイレに入ってきた。呆然と立ち尽くす俺を一瞥して、用を足し、手を洗い、ズボンで手を拭きながら声をかけてきた。


「どうしたん?」


頭真っ白の俺は答える事ができない。


「え…いや…あの…なんか…」


なんて言ったらいいかわからなかった。このピンチを凌ぐ方法を考えなければならない。その前にこいつには一刻も早く立ち去ってもらう必要がある。なのに、俺が絞り出した声は


「なんか…流れなくて…」


ヒーローはおもむろに俺が使った個室に入っていった。俺はそれを、あぁ終わったなぁ…なんて思いながらただ見ていた。するとヒーローから思わぬ言葉が返ってきた。


「あ〜〜大丈夫大丈夫」


ヒーローは掃除道具いれから便器を洗うスティック状のやつを取り出し、「こういうときはな〜こうやってぇ〜…」水が流れる音がして「よっしゃ、綺麗なった」便器を見ると、龍は綺麗さっぱりいなくなっていた。そのあとどんな会話をしたか覚えていない。

俺が頭真っ白になるほどどうしようもないと思っていた大事件をヒーローはこともなげにアッサリと解決してしまった。老け顔で小太りのヒーロー、たっさんを俺はかっこいいとおもった。


アイルトン セナ、マイケル ジョーダン、カズ、イチロー、俺にとってのヒーローはみんなカッコイイ。その中で異彩を放つカッコ悪くてカッコイイヒーロー、たっさん。彼は今どんな大人になっているのだろう。時々そんな事を考える。でも全然想像できない。なぜならヒーローってそういうものだから。俺の中でたっさんは今だに小学生のままなのだ。


男は必ずヒーローに憧れる。あのとき、俺は確かにたっさんに憧れた。勉強もスポーツも俺の方が出来たのに、たっさんには敵わないと、どこかで思っていた。

今までいろんな凄いやつに出会ったし、その中には神に愛されすぎだろって思うほど凄い奴もいた。でもそいつらもきっと、あの老け顔で小太りでヨレヨレのシャツに靴下を履かない、清潔感のないヒーローには敵わない。不思議だけれど、本当にそう思う。


俺はもうすっかり大人と言っていい年齢になってしまったけれど、どこかで行き詰まってしまった時、一人の小学生が現れて、「あ〜大丈夫大丈夫、こういうときはな〜こうやって〜〜」なんて事が本当に起きてしまうような気がして、俺はヒーローの存在に感謝する。




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