06 初老の翁と壮年男
04話の前のお話です。
領主視点。
ガルツ王国が領地、リヒテンマイアー領。
その地を治める者は巨万の富を得る事が出来ると噂され、また実際に幾人もの貴族達が干渉しようと手を伸ばしては大貴族達に叩き潰される程に重要な土地である。
そして『その』領主の館の応接間にて唖然とする初老の男がここに一人。
その名はガザット・フォン・リヒテンマイアー男爵。
そしてこの唖然としている者こそこの地の領主であり、様々な経験を経ている強者である。
しかしそんな彼ですら予想もしえない事と言うのも稀にある。
今回がその『稀』になるとは考えても居なかったのだが。
「今、なんと仰られました……?」
「ですから、言った通りです」
そんな事とは露知らず相対するは正面に座った壮年と言って差し支えない者の『横に居る』少年。
壮年の男の方は苦笑気味に成り行きを見守っているようで、その笑みには悪戯が成功した者特有の感情が浮かび上がっていた。
笑顔で告げる少年の父親を若干睨み付けながらも領主としての彼は頭を巡らせ始める。
今のは一体なんだと思いながら。
「本当に今言った事、それそのままだと仰られるのですか?」
「ええ、言った通りです」
再度確認を取るも返答は同じ。
その態度に更に混迷を深めさせられた彼はどうにか取り繕おうと敢えて隙を見せる事にする。
「私も年を取りましてな、耳が遠くなったのかと思いまして」
「では、もう一度言いましょう」
しかしそれらの行為と言葉も一切効かず、慇懃無礼に誠実に、再度放たれる言葉。
「『領主殿に儲け話を持って来ました』」
これを歴戦の商人が言うのであればまだ警戒も出来よう。
しかし言った者が十に届くか届かない程度の子供であり、尚且つ前置き無しだったのが効いた。
気分を落ち着かせる為に一度ソファーに凭れかかり、天井の木板を見て息を吐く。
姿勢を戻せば腹を抱えて笑うまいと耐える知り合いの姿とキョトンとしている子供の姿。
まずは知り合いに事情を聞く為に重たい口を開ける。
もう口調も取り繕えんな、と思いながら。
「……おい、レイン。コイツは一体なんなんだ?本当にお前の息子か?」
「ああ、そうだよガザット。面白いだろう?」
レイン・フォン・ラインボルト。
前大戦の戦友であり、ラインボルト家の現家長でもある男。
貴族としての立ち回りも出来る者として隊では重宝された後、偽名を使って入隊していたとバラされしばらくの間大騒ぎとなった原因を作った男である。
その当時から何処か飄々とした雰囲気を出しており茶目っ気も持ち合わせていた男だったがその子供もまた常識であれば異常だと言える行動をしてくるのは何故なんだと言いたい。
「本人に自覚はあるのか?」
「セン自身は『前世持ち』だからこうなったって言ってるけどね」
「噂が当てになってしまうのは困り物だな。詳しくは?」
「なんでも異界の知識があるそうだよ。お陰で貴族らしくない子になっちゃった」
「お前がそれを言うのか!?」
はははは、と軽やかに受け流されつつ「まあ話ぐらいは聞いてあげてよ」と言われてしまえば聞くしか無いだろう。たとえ小声で付け加えられた「酒代」と言う言葉に記憶が呼び起されたからでは無い。
「それで坊主。何を売りに来た?」
「情報を」
「ふむ」
居住まいを正し、問い聞けば返って来たのは簡潔な物。
それを聞きしばし思考を巡らせるが出て来たのは最近話題に上がって来たラインボルト家が興している商会の事ぐらいだろうか。
確か噂では知識人が新商品を生み出している……。
知識人?
「レイン」
「なんだい?」
「お前の家は商会を興せる程の品はあったか?」
「無かったよ」
「そうか……」
『無かったよ』と言う一言で以てガザット・フォン・リヒテンマイアーは事情を察した。
そして同時に真面目な彼は嘆息する。
今までこの知り合いが持って来た案件はどれもが無理難題の後に儲けが出る物であったからだ。
「それで一体何を持って来た?セン・フォン・ラインボルト」
「機織り機の改良と新しい防寒具の二点。それととある愛玩物の『発想』を売りに来ました」
「こちらが得る物は?」
「解りやすいのは仕事が増える、とだけは。こちらからの投資もありますが」
「不確実だな」
「異界の知識と言うのも不便な物でして。曖昧な物も多く」
困り顔のまま言葉をすぼませる少年に対して何と言えば良いのか判断を迷いつつも言われた情報を整理しリスクとリターンを考え、そして決断する。
ただ最後に聞いておかねばならない事は聞いておく。
「おいライン。本当に大丈夫か?」
「そう言いながらも口が笑ってるよザガット」
「その言い間違いはいつまでも治らんのか?」
「ははは、ごめんごめん。ガザット男爵殿」
『布』の特産地、リヒテンマイアー領。
他領とは比べ物にならない程の質と量を持ち、高級布の生命線とも言える地には得られる利権の大きさに釣られ多種多様な干渉がなされるも領主の尽力により実を結ぶ事は無く、また大貴族達もそれを守る為に動いていた。
しかしある時から変化が起こりだす。
産出される布の量が増え、質が上がったのだ。
それを知った他の者は更に布の値段が上がるかと思えば値段はあまり変わらず、代わりにと言わんばかりにある物が多量に市場に流され始める。
動物を愛らしくデフォルメし、それを布と綿で形作ったもの。
商品名は誰が名付けたか縫い包みから取って「ぬいぐるみ」と言われる様になっていた。